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番外編・友達作ろう作戦02 舞踏会へ行こう

 ラージャ伯爵家の舞踏会当日、エド様に急用が入ってしまった。ミナが欠席しようか迷っていると、シリが名案を出してくれた。


「兄上のカール様に、パートナーをお願いしてはいかがでしょう?」


 そうだった。兄は順調に出世の階段を登っているらしく、アストリアの王都に駐在武官として来ている。急いで使いをやって、遊び歩いている兄を公邸に呼び戻した。


「人聞きの悪い。遊んでないから。で?何の用?」


「一緒に舞踏会に出てよ。エド様がノルディ家の残党だか何だかで忙しいの」


 有無を言わさず、兄にパルマ騎士団の正装を着せる。もっさりした髪はシリが格好良く整えたが、いかんせん、髭がむさ苦しい。


「俺も残党狩りが良かった。金になるし」


「これ以上荒稼ぎしたら、アストリア騎士に恨まれるよ。やっぱり髭剃って」


「えー?嫌だよ。童顔は舐められるから」


 などとごねられたが、最終的に「美人を紹介する」という条件で髭を剃らせた。ミナ自身の支度を終えたら、ギリギリになってしまったが、何とか出発することができた。『友達を作ろう作戦』第二弾、開始である。



          ◇



 ラージャ伯爵家も大豪邸であった。昼のように輝くシャンデリアの下、紳士淑女が踊っている。ミナと兄がそこに入ってゆくと、どよめきが起こった。


(?)


 不思議に思っていたら、招待してくれたマハ嬢が近づいてきた。生き生きとした榛色の瞳に、黒の巻き毛が魅力的な女性だ。茶会で会った時より豪華な装いで、たっぷりのレースが愛らしい。


 ミナは(愛嬌系だ!)と思った。


「ようこそ、ミナ様。素敵なパートナーを紹介してくださいませ」


「ご招待、ありがとうございます。兄です」


「初めまして。カール・ウィスタリアと申します。後で一曲、踊っていただけますか?可愛らしいお嬢さん」


 初めて兄の他所行き顔を見て、ミナは少し引いた。


「マハ・ラージャです。ぜひ!」


 マハ嬢は笑顔で頷いたが、


「あ、でも、アストリア・ワルツはご存知?パルマには、まだ伝わってないかしら?」


 と、小首を傾げた。ホールで踊る人達を見れば、確かに知らないステップである。


「これが最近の流行りなんですか?」


 ミナが尋ねると、マハ嬢は眉を下げた。


「ごめんなさい。後で昔の曲もやりますね。それまで、お料理やお酒をお楽しみになって」


 主催者側は忙しいのだろう。彼女は行ってしまった。残された兄妹は酒を飲みながら踊りを見ていた。少しアップテンポで、手を繋いだり離したり、男女の位置が目まぐるしく入れ替わる。


「兄上。どう?」


「これ覚えないと、あの美人と踊れないんだろ?…よし、覚えた」


 通しで一回見た後、二人はホールに進み出た。そして完璧なアストリア・ワルツを踊ってみせた。


「!?」


 マハ嬢が目を見開いている。天然理想流の極意、“一目瞭然”だ。複雑な型は、師匠から一度しか見せてもらえない。見た動きを瞬時に記憶し、再現できるのが上級者であり、ウィスタリア兄妹はその域に達しているのだ。


 曲は終わらず、繰り返される。『いつまで続くんだ?』と思っているうちに、テンポがどんどん速くなってきた。ただでさえ複雑なステップは、もはや近接戦と化している。兄の掌底打ちを相殺し、足払いを躱す。間合いを詰めては離れ、背後を取られぬよう回転する。気の抜けない勝負は延々と続いた。


 兄の攻撃が掠め、ミナがヒヤリとした時、音楽が止んだ。


「…」


 兄妹は向き合って一礼する。気づくと、ホールの真ん中にはミナと兄しかいなかった。


「ブラヴォー!!」


 頭を上げた途端、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。楽団員は汗だくで倒れている。


「素晴らしい!あんな踊り、初めて見ました!」


「凄い!速すぎて目で追えなかった!」


 口々に褒める人達の中に、お茶会で知り合った令嬢達もいた。


「ミナ様。お兄様をご紹介ください!」


 と頬を赤らめている。彼女達にも兄の練度が分かったのかと思いきや、


「息が止まるほど美しい踊りでした!紫の瞳の、精霊王かと!」


 髭を剃った姿が好評であった。特にチェルシー・クリシュナ嬢(保管庫を教えてくれた人。その名の通り大軍師の娘)は、ハンカチで目元を押さえていた。


 何となく兄ばかりモテている気がするが、まあ、良いか。ミナは乱れた髪を直そうと、ラージャ家の侍女に化粧室の場所を尋ねた。すると親切にも、


「ドレスが少しほつれていますね。直しますから、お着替え部屋へどうぞ」


 と申し出てくれる。兄に『ちょっとトイレ』のハンドサインを送って、ミナは侍女についていった。そして瀟洒な小部屋でドレスを脱いで渡し、ついでに結い上げた髪も解いて、梳かしてもらった。


「では、お預かりします。少々お待ちください…外から鍵をかけますね」


「はい。よろしくお願いします」


 侍女は出て行った。残されたミナは下着姿で待ちながら、大きな家の侍女は違うなぁと感心していた。客人への配慮が素晴らしい。それにしても、アストリア人はあんなダンスが好きなんだ。酔狂だわ…久々に兄と真剣勝負をした疲れで、彼女は居眠りをしてしまった。



          ♣︎



 大広間に続く部屋に、ジュリアナとマハ、ベルが集まっていた。今度はマハが笑われる番であった。


「アッハッハ!『流行りのダンスも知らない田舎者』って揶揄うつもりだったんでしょう?残念ね!拍手喝采で」


 ジュリアナが無遠慮に言う。マハは唇を噛んだ。楽団に指示して、わざと音楽を早めてやったのに。兄という男も計算外だった。パルマの田舎騎士だと聞いてたのに、とんでもない美男子だ。『紫の精霊王』と娘達は大騒ぎである。


「…本番はこれからよ。ドレスを脱がせて小部屋に閉じ込めてある。そこに、助平のクズ野郎を誘き寄せれば…」


「うわぁ、破廉恥!よくそんな酷い事できるねぇ」


 ベルは大袈裟に驚く。善人ぶる友人を、マハは軽蔑の目で見た。


(嘘おっしゃい。一番酷いのはあんたでしょうが)


 ともあれ、今夜の計画はこうだ。ミナ・ウィスタリアに不貞を犯させ、それを衆人に晒す。


「半裸で男と居る所を、我々友人達が、偶然、見かけてしまう。王太子殿下の婚約者に手を出した下衆は、我が家の衛兵に捕えられる。今夜のお客様全員が、連行される男と、泣き崩れる大使令嬢を見物する」


「上手くいくかしら?」


 マハの計画を、ジュリアナは疑う。


「大事なのはタイミングよ。侍女が合図をしたら…」


 その時、ノックが聞こえた。許可をすると、慌てた様子の侍女が入ってくる。


「大変です!王太子殿下がお越しです!」


「何ですって?!」


 喜ぶべきか?婚約者の不貞を直接見れば、殿下は激怒するだろう。だが、まだ早い。マハはジュリアナとベルに言った。


「私が引き留めておくから、あなた達は会場に戻って。時が来たら呼ぶわ」



          ◆



 エドヴァルド王子はラージャ伯爵家の夜会に向かった。滅多に無いミナの頼みを、直前でキャンセルしてしまった。可哀想な事をした。たとえ一曲でも踊れたら…そう思って、馬車を急がせていた。


 会場に着くと、ラージャ家の娘が出迎えた。


「ようこそお越しくださいました、王太子殿下」


「急にすまんな。持て成しは不要だ。ミナを呼んでくれ」


「承知いたしました。只今、お化粧直しをなさっています。こちらでお待ちください」


 ラージャ嬢は王子を応接室に案内する。その途中で、黒髪のパルマ騎士に敬礼をされた。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます!」


 見覚えのない顔だが、紫の目にピンと来た。


「カール?髭はどうした?」


「はい!殿下の代わりを務めるにあたり、妹に剃られました!」


「良いじゃないか。10は若く見えるぞ」


 カールは笑顔で顎を触った。


「では、駐在中は剃ります!あ、ミナですよね?トイレに行ったきり、戻ってきません。ちょっと探してきます」


 また迷ってるのか…。王子が頷くと、カールは走り去った。それから応接室で茶を出され、暫し待つ。一人になりたかったので、護衛も小姓もドアの外に下げた。


(疲れた…)


 ノルディ家の残党がしぶといのだ。王子が幽閉を解かれる直前、ペデス侯爵軍に叩かれて消えた筈なのに、未だにテロが絶えない。今日も王城襲撃未遂で朝から忙しかった。


(ああ。ミナの顔が見たい。婚儀はまだ先か…)


 目を閉じてつらつら考えていたら、カーテンの向こうに気配を感じた。


「誰だ?」


『妾じゃ』


 妖精だ。王子は眉間を揉んだ。


『どうした。舞踏会で曲者でも出たか?』


『おうよ。性悪女に下衆男が出た』


『何の事だ?なぜ隠れる?』


 不思議に思った王子は、カーテンに近づいた。妖精はくすくすと忍び笑いを漏らす。


『見ない方が良いと思うがの』


 思わせぶりな言葉を無視して、カーテンをサッと開ける。


「…!!」


 彼は固まった。何と、下着姿のミナがいる。咄嗟に自分の上着を脱ぎ、半裸の婚約者に着せかけた。


『何があった?!』


『身の程知らずの小娘どもが、罠を仕掛けたのだ。ほつれを直すなどとドレスを脱がせ、その部屋に下衆を放つ。頃合いを見て押し入れば、あっという間に不貞の出来上がりよ。おお怖。何という恐ろしい顔じゃ。落ち着け王子。下衆は両手脚を折ってやったからの』


 下ろした黒髪を掻き上げながら、妖精は艶に笑った。


『誰だ!その小娘とは!』


『もうすぐ来るぞ。それ、後は上手くやるが良い』


 と言って、妖精はソファに王子を押し倒した。そしてくるりと位置を入れ替えて、あたかも自分が押し倒されたような格好にする。同時に、ノックとラージャ嬢の声が聞こえた。


「失礼します!殿下!急いでお越しください!ミナ様が…!」


 ドアが開いて、数名の令嬢達が急ぎ足でなだれ込んでくる。彼女らが見たのは、上着を脱いだ王太子が、半裸の婚約者と口付ける場面だ。


(もう、どうとでもなれ)


 エドヴァルドは手で「下がれ」と命じた。ややあって、扉は閉められた。腕の中のミナは健やかに眠っている。彼女の貞操は守られたが、評判は最悪じゃないか。妖精め。絶対に面白がっている。しかし、お陰で『身の程知らずの小娘』が分かった。


(ラージャ嬢と、トキオ伯爵家の娘だった。あと一人は見えなかったが…必ず、この代償は払って貰うぞ)


 怒りを押し隠し、王子は部屋を出た。そして顔色の悪いラージャ嬢に笑顔で言った。


「ミナのドレスを直してくれたそうだな。ありがとう。では、彼女の支度を頼む」



          ◇



 目を覚ますと、侍女さんがミナの髪を結い終えた所だった。ドレスもきちんと着ている。


(マズい、すっかり寝こけてしまった!)


 慌てて礼を言い、部屋を出ようとしたら、エド様が入ってきた。キラキラした飾りがいっぱいついた夜会用の服を着ている。気怠げな色気も眩しくて、目が潰れそうだ。


「わあ!エド様?!」


「起きたか?ミナ。その紫のドレス、よく似合っているな」


 エド様は作り笑顔で婚約者を抱き寄せた。ミナは違和感を感じた。普段、ドレスなんて褒めないのに。侍女さん達は顔を赤くして目を逸らす。眠っている間に、何かあったのだ。しかし訊くタイミングを逃したまま、エド様のエスコートで舞踏会の会場へと戻った。


 会場に入ると、王太子殿下に挨拶をしようと人が群がって来る。ミナには兄がやって来た。


「どこ行ってたんだよ。長いトイレだな」


「ドレスを修繕してもらってたの。…ねえ、何かあった?」


 踊っている人もチラホラいるのだが、多くは何事か囁き合っている。心配で兄に尋ねたら、


「誰か大怪我したらしいぞ。酔って、ベランダから落ちたんだろ」


 と言われた。そこで、チェルシー嬢がモジモジと話しかけてきたので、兄はそちらに行ってしまう。またしてもカッコつけていて気色悪い。


(私は関係なさそう)


 ホッとしたミナは、エド様に友達を紹介しようと思った。でもセクシー系のジュリアナ嬢も、愛嬌系のマハ嬢も見当たらない。キョロキョロしているうちに、「最後の曲です」とアナウンスが入った。


「踊っていただけますか?愛しい人」


 エド様が変な言葉遣いで手を差し出す。曲が始まると、ミナは小声で尋ねた。


「これ、何のお芝居ですか?」


「私達の愛は、山よりも高く海よりも深い、だ」


 全然分からない。エド様は声を落とした。


「お前を狙う輩がいる。決して一人になるな。女にも油断するな。…やはり護衛が要るか」


「えー。無理ですよ。そんな余裕ありません」


 婚約中の経費は自腹、つまりウィスタリア家持ちなのである。謀反人を捕らえた報奨金から、ドレスやアクセサリーなどの諸経費と接待交際費を差し引いたら、ギリギリ持参金が残る程度だ。ちなみにシリはエド様の私費で雇われている。


「何とかする。それより、今日はすまなかった。約束していたのに」


「うわ。エド様が謝るなんて、雪が降るかも」


「夏に降るか。阿呆」


 いつものエド様が戻ってきた。ミナは、ようやく踊りを楽しむ余裕が出てきた。さすが美麗な王太子殿下、皆さんの注目の的である。それを独り占めなんて、夢みたい…そこで、はたと気づいた。


(あれ?アストリア・ワルツって、こんなにゆっくりだった?)



          ♣︎



 マハの計画は失敗した。『今、男が部屋に入りました』という報告を受け、その場に王太子殿下を連れて行こうとしたのに、なぜかミナ・ウィスタリアが殿下と応接室にいたのである。


「た、確かに、鍵をかけたんです!出られるはずが…」


「お黙り!」


 見張り役が言い訳するのを、マハの鞭が黙らせる。薄暗い小部屋は人払いをしてあるので、マハとその友人しかいない。あとはこの使えない侍女だけだ。


「実際に、あの泥棒猫は、殿下とイチャついてた!お前の手落ちだ!死ね!」


「ヒィーっ!お嬢様!お許しを!」


 気絶するまで打つ。それを眺めていたジュリアナとベルは、肩をすくめた。


「で?下衆男は口封じできるの?病院に送られたんでしょ?」


「両手脚の骨が粉々ですって。怖ーい。王家の影って、本当にいるのねぇ」


「うるさい!」


 無責任な友人達を、マハは一喝した。本当に隠密があの娘を護っているなら、下衆男を始末などしたら、真っ先にラージャ家が疑われる。


(見舞いと称して大金を掴ませ、後で消そう)


 それで何とか収拾できそうだ。しかし、ほとぼりが冷めるまでマハは動けない。彼女は友人を睨んだ。


「…次はあなたの番よ。ベル」


「ふふ。あんな濡れ場を見せられちゃってぇ。もう、消すしかないわぁ。あの女」


 ベルはふんわりと微笑んだ。垂れ気味の優しい目に物騒な光が浮かぶ。マハは鳥肌が立った。恐らく、ミナ・ウィスタリアは長くない。この国で一番、凶悪な女が動き始めたのだから。


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