第九話
「すまなかった。辛い時、側に居れなくて……」
ファビオは何度も頭を下げるが、リジーは言葉を返さない。
するとリジーは立ち上がり、棚の引き出しから文箱を持ってきた。
「いつもいつも、あなたからの手紙を待っていたの。ジャックが亡くなるまで。でもね……」
リジーは文箱を開け、手紙を取り出す。
その手紙は封が閉じられたままだった。
「手紙は届いていたわ。三年ほど前からね。食堂に。でも怖くて開けられなかった。もしかしたら、離縁を求められてる手紙かもって……」
「そんな事!」
「ええ、話を聞いたから分かったけど、ほらこれ、あなたの字じゃないでしょ」
と差し出された一通の手紙は、ファビオが体が動かせない時に、病院の職員が書いたものだ。
「それは……」
「うん。手紙が書けなかった時のものよね」
「ああ」
「私はあなたのお付き合いされてる女性からだと思ったのよ」
「違う!」
ファビオは立ち上がろうとしてバランスを崩し、床に倒れ込んだ。リジーは駆け寄り、ファビオの身体を支える。
「……違うんだ」
ファビオは顔を伏せ、リジーの腕を掴んだ。
どれだけ辛い思いをさせたのだと目を合わせることはできなかった。
「もう一度、やり直せないか」
「……」
「愛してるんだ。ずっと」
「……」
「答えてくれ」
リジーはファビオを支え立ち上がらせると、寝室へ連れて行った。
「リジー?」
「とりあえず休んで」
「返事が欲しいんだ」
するとリジーは文箱を指差し、
「私はあなたからの手紙を読むわ。今すぐ返事はできない。それだけの年数があったから。今更って気持ちもある。あなたが何を考え帰ってきたのか、私は知りたいの。返事はそれから」
と言った。
「分かった」
「休んで」
「ありがとう」
リジーは寝室の明かりを落とし、リビングの椅子に腰を下ろした。
文箱から手紙を出したが、まだ読む気になれず、封を開けることができない。
意を決して手紙に手を伸ばしたところで、寝室からファビオの寝息が聞こえた。それは十数年ぶりに聞く人の寝息だった。
一番古い日付のものから開けていく。ファビオがジャックの死を知った最初の手紙だった。
字は処々滲み、震えていた。泣きながら書いたのが伺える。
『今すぐ帰る』
『すまない』
『待っていてくれ』
続く手紙も同じ内容。涙の跡はなくなったが、急いでいたのだろう。なぐり書きのようだ。何とか読めるが、宛先不明で行方不明な手紙もあるだろう。
ファビオの様子が浮かび、グズッと鼻をすする。
『今どうしてる?』
『体調はどうだ?』
『愛してる』
少し冷静になってきたのだろうか。リジーを気にかける言葉が出てきた。そして少し涙の跡があった。
ジャックにはもう会えないと悟ったのか。
あれほど欲していた愛の言葉に胸の痛みを覚える。
『もう少しだ』
『やっと会える』
『君は怒っているだろう』
『だが一緒にいたい。一緒にジャックに花を手向けたい』
諦めと許しを請う言葉が増えた。
「怒っていないわ。ただ寂しくて、虚しかったのよ」リジーは独り言ちた。
涙を拭い、次の手紙を手に取る。それは唯一ファビオの字ではないものだ。
ファビオは病院の職員が書いたと言ったが……。
今になって忘れていたあの言葉が頭に響く。
『冒険者なんてそんなものよ』
ここまで綴られた手紙は、リジーとジャックへの愛に溢れたものだったが、もしそれが嘘だったら?
リジーの手が止まる。
時間が過ぎる。手を伸ばしては引っ込める。何度繰り返したか。
リジーはふーっと息を吐き出した。そしてグッと口を引き締め、ファビオの字ではない手紙の封を開けた。
最初はファビオが病院に運ばれた経緯、病状だった。
『重傷ではなく、重体でした』
神殿から派遣された聖女により、峠は越えたものの、意識が戻らない状態が三カ月続いたと。
意識が戻り、最初の発声が手紙を書いてほしいだったと。
これからリハビリが始まり時間は長くかかるだろう。どうか待っていてあげてほしいと。
『あなたと息子さんの名を呼んでいます。ずっと』
諦めていた。両親もジャックもいなくなって、ファビオはリジーを忘れ楽しく暮らしているのだろう。
これからは自分一人で生きていく。そう思って今まで暮らしてきたが、
「あなたはこんなにも辛い思いをして帰ってきてくれたのね」
リジーは嗚咽が止まらない。
そして最後の手紙を読む。
『もうすぐ着く』
『すまなかった』
『もう二度と離れない』
『愛してる』
杖をつきながらこの家にたどり着くまで、どれだけ身体を酷使してきたか。
気づけば、陽は昇り部屋を照らしていた。
ギシっと寝室から音が聴こえた。どうやらファビオは起きたらしい。杖の音とともに姿を現した。
「……リジー」
不安な顔をしてファビオはリジーを見つめた。
リジーもファビオを見つめ返した。
そして、
「おかえりなさい、ファビオ」
そう言ってリジーは笑った。




