第八話
ファビオはずっと冒険者としてソロ活動をしていた。孤児で育ったファビオは人を苦手としていて、誘われてもパーティーに入ることはなかった。
自分一人で暮らしていけるだけの稼ぎはあったし、パーティーに入る必要性がなかった。
リジーのいる街にたどり着いた時、ダンジョンの中で危なっかしい冒険者を助けた。
そのおっさんは、度胸があるのか、グイグイ進む割にあきらかな罠に気づかない。ガハハと笑いながら突っ込む様に呆れながらも放っておけず、つい付き合ってしまった。
おっさんが助けてくれたお礼に奢ると、リジーの食堂へ連れて行かれた。人と食事をするのは苦手なのだが、何故かそこは心地良く過ごせた。
今考えれば一目惚れしたのだろう。リジーの屈託のない笑顔に。
ファビオは食堂に通い詰め、リジーに自分の予定を話すようになっていた。
するとリジーが、「おかえり」と迎えてくれるようになった。
ファビオには初めての経験だった。
孤児のファビオは、「おかえり」など言われたことがなかった。胸の中が熱くなるのを感じた。
周りに冷やかされ、思わず求婚したものの、リジーは喜んで受け入れてくれた。
リジーとの生活は幸せそのものだった。
だが、ダンジョンが攻略されたことにより、妊娠中のリジーを置いて、他の街へ行くことになった。
これから生まれる子の為に、稼げる時に稼いでおきたい。そう説得して旅立った。
ジャックが生まれた時は言葉にできない。
体の底から沸き立つ喜び。涙と震えが止まらなかった。
もっと稼がないと!とファビオは自分を鼓舞した。
それが間違っていたのかもしれない。
パーティーに入ったファビオは、リジーのいる街から更に遠く、どんどん遠くへ進んだ。依頼を受け、魔物を倒し、ダンジョンに潜る。ソロの時と違って、入る金も多い。無我夢中に依頼をこなした。
それはパーティーのメンバーも同じだった。かけがえのない人がいる。その為に戦う。志を同じに突き進んだ。たまの休みには、自分の家族の自慢をした。
いつか戦い終えた時、家族と一緒に会おうと、そんな約束もしていた。
ただ、手紙を書く時に冷やかすのはやめてほしかったが……。
それを壊した女がいた。
ダンジョンで助けた女だった。
パーティーに裏切られ捨てられたと語った女は、治癒を得意とした光魔法の持ち主で、仲間に治癒を施したものの、魔力が尽きた為、荷物も取られ置き去りにされたそうだ。
ファビオ達に治癒能力を持つものがいなかったのもあり、女をパーティーに迎え入れた。
男五人のパーティーに女が一人。少しずつバランスが崩れていく。
女は健気にパーティーに尽くした。泣き言は言わず、必死に男五人に付いてくるし、野宿になっても文句は言わない。
愛する妻と離れて長い男達が、心を持っていかれるのは仕方のないことだろう。
それでもファビオは一途にリジーを想っていた。
「ファビオ、また奥さんに手紙書いてるの?」
「ああ」
「私が出してきてあげるわ。皆にも頼まれてるの」
「……そうか。じゃあ頼むよ」
「任せて!」
女はファビオからリジー宛の手紙を預かり、バッグにしまって走っていった。
ファビオは仲間ほど女に気持ちを許してなかった。人を苦手としていたファビオは、底知れぬ不気味さを女に感じていた。
リジーという最上級の妻を持っているからと考えたが、事実、ファビオの感は当たっていた。
ファビオの書いた手紙は、女によって捨てられていた。
パーティー内はギクシャクしていく。
女の荷物を誰が持つかで喧嘩する。
女の手を誰が引くかで喧嘩する。
女と誰が寝るかで喧嘩する。
女はその様を愉悦の笑みで見ていた。
あれほど愛おしく家族のことを語っていた仲間はいない。
ファビオはパーティーを抜けた。仲間はファビオを責め引き留めたが、「志を共にできない者とは戦えない」と去った。その後パーティーがどうなったかは知らない。知りたくもない。
それは偶然だった。
パーティーを離れ、リジーのいる街へ帰るからと手紙を出そうと立ち寄ったギルドで、リジーからの手紙を受け取った。
それはもうくしゃくしゃになっていた。あちこちのギルドに回ったらしい。日付は七年も経っていた。
懐かしいリジーの字に思いを寄せ、開封するが、
そこに書かれていたのは、両親と息子の死だった。
「……ジャック!」
ファビオはその場に跪き震え、ボタボタと流れる涙は手紙と床を濡らした。
可愛い愛息子の死。最後に会ったのはいつだったか。それさえ覚束ない。それほど冒険者業に邁進していたのか。稼ぐことに夢中になり家族を疎かにした事に、ファビオようやく気づいた。
リジーは今どうしてるのか。たった一人で……。
「すまない……。すまない、リジー」
ファビオは随分遠くまで来てしまった。ここからリジーのいる街まで最低一年はかかる。
それでも帰る以外の選択肢はない。
ファビオは路銀を稼ぎながら、只管にリジーを目指した。
街では必ず手紙を出す。返事は待たない。直ぐ様乗合馬車に乗り、次の街へ行き、依頼を受け、金が手に入ればまた移動する。それを繰り返したファビオは、二年掛かりで、リジーの街から五つ向こうの街までたどり着いた。
ここからは三カ月で着く!と焦りからなのか、ファビオは実力不足のパーティーを選び、ダンジョンへ入ってしまった。
ファビオ自身も無茶な移動を繰り返してきたせいで体力も落ちていた。
ファビオ達は魔物に襲われ、通りかかったパーティーに助けられた。前衛を務めていたファビオの怪我が一番酷く、片足は失われ、背中には大きな爪痕が残った。
意識が戻ったのは奇跡だと言われた。
三ヶ月ほど生死を彷徨ったらしい。
「三カ月!?」
ファビオは起き上がろうとしたが、身体は動かなかった。長い事寝たきりになっていた身体はやせ細り、筋肉は落ち、あれほど鍛えた腕や足はまるで枯れ木のよう。その上、身体のバランスが悪い。左足の膝から下が無かった。
「手紙を……。手紙を書いてください!」
ここまで来てどうして……。
背中の傷は後は残ったものの聖魔法で癒えたが、欠損部分までは及ばない。また痩せこけた身体も自分の力で取り戻すしかない。
帰りたい一心でリハビリに励み、それでも退院できるまで半年かかった。
冒険者を廃業したことで、僅かだが慰労金が出た。これなら街で働かなくともリジーの所へ行けると、馬車に乗り込んだ。
傷は癒えても痛みは残り、片足の無い身体を支えるために余計な筋肉を使い、疲労が蓄積される。
青白い顔をしているファビオは、何度も乗合馬車の乗客に大丈夫か聞かれた。
リジーの辛さを思えば、なんてことない。
「……リジー、どうか待っていて」
リジーの街へたどり着き、食堂に行ったが、そこには誰もいなかった。
神殿に行き、リジーの居場所を聞き、ようやく会うことができたのだ。
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