第六話
それでもファビオからの手紙は届いた。
ジャックは五歳になっていた。
あれから三年、ファビオは一度もこの街に帰ってきていない。
手紙には、
今〇〇に居る。
この手紙が届く頃には、また移動しているだろう。
まだ帰れない。すまない。
ジャックは元気か?健やかに育ててくれ。
三年で一通だけ。
そこに愛の言葉はなくなっていた。
三年前に冒険者ギルドで知り合った女性は、この街を出ていった。
「久しぶりに手紙が届いたのよ。今は違う街で他の女と暮らしているそうよ。だから俺のことは忘れてくれって。七年も待たされて……。
もっと早くに伝えてくれたら良かったのに。
もう私もおばちゃんよ。まったく、人生狂わされたわ。
もうこの街にいる必要はない。もっと仕事のある街へ行くわ。
こんな事言いたくないけど……、あなたも覚悟したほうがいいわよ」
ごめんなさいね、と女性は謝り、リジーに背を向けて去っていった。
『冒険者なんてそんなものよ』
あれからずっと、頭の中で繰り返される言葉。
リジーは自分も同じ様にファビオに捨てられるのだろうか。
いや、そんなことはないと首を振るが、否定できない。
だが少しずつ、少しずつだけど、覚悟をしなければならないと、そう思うようになった。
あれほど愛おしく抱きしめていた手紙には、もうリジーを気遣う言葉はないのだから……。
両親が流行病で倒れた。仕事柄、衛生面には気を使っていたが、客からうつったのか、二人同時に罹患した。
その頃のリジーは、愛息子ジャックを両親に預け、街外れの織り物工場で働いていた。運よくジャックは流行病に罹らず済んでいた。自分の部屋で遊ばせていた事が功を奏したらしい。そのまま部屋から出来るだけ出ないよう言い含め、リジーは高熱に苦しむ両親の看病をした。
周りも流行病に苦しみ、神殿に連れて行ってくれるような人はいない。
残念ながら、二人は手を握り合い旅立った。
最期まで仲の良い夫婦だった。
両親の遺体は神殿の裏の共同墓地に埋葬された。
「じいじとばあばは?」
「一緒に天国へ行ったのよ」
「帰ってくる?」
「帰ってこないわ」
祈りを捧げ、家にトボトボと帰る途中、ジャックは泣き出した。
「もう会えないの?」
「そうね、今世では会えないわ。でも次生まれ変わったらきっとどこかで会えるわ。それまで我慢できる?」
「……うん。でも寂しい」
「そうね、寂しいわ」
リジーはジャックを抱きしめた。
両親は愛情たっぷりと、リジーと一緒にジャックを育ててくれた。温かく心のこもった料理と同じように、至福の時間を与えてくれた。
思い出が二人の胸を締め付ける。二人で泣いた。
これからは二人で生きていく。この子をしっかり守ろう。
その時、フッとジャックの体の力が抜けた。
「……ジャック、あなた、熱い」
「……」
ジャックは答えない。その代わりに呼吸が荒くなる。
「ジャック!!」
リジーはジャックを抱き上げ、来た道を急いで戻る。
「ジャック!しっかりして!」
走りながら声をかける。ジャックの目は閉じたまま、肩で息をしている。
気づかなかった!一体いつから!
両親と接触しないようにはしていたが、二人の看病に忙しくする自分に気を使ったのか、具合が悪いなど言い出せなかったのか。
いや、原因なんてどうでもいい!
どうかこの子を助けて!!!
リジーは走る!走る!走る!
「……ジャック?」
リジーの腕の中で、ジャックは痙攣を起こす。
「ジャック!しっかりして!もう少し!もう少しだから!」
しかし、さっきまで激しくしていたジャックの肩は静かになり、胸の動きが止まった。
「……ジャック?……ジャック?」
リジーの足は震え始め、神殿まであと少しなのに一歩が出ない。
リジーの胸にジャックの鼓動も吐く息も感じられない。ただ身体は熱いまま。
リジーはジャックを抱いたまま座り込む。
「……ジャック?」
恐る恐るジャックの口元へ手を運ぶ。何の感触もない。
「い、いやーーーーーーっ!!!!!」
ジャックは両親の元へ逝った。
仲の良い家族だったのに、リジーだけを置いて……。
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