第二十一話
エルルとエネアは婚約した。
エルルの父は「本当にいいのか」と尋ねたが、「まあ、約束してたので」と答えた。
「約束?」
「偶然会えたら考えると」
「そ、そうか」
父は引き出しに仕舞ってあった求婚の手紙を出し、返事をするぞと言った。
「お願いします」とエルルは父に頭を下げた。
「やっとくっついたのね〜」
「長かったわね〜」
「そう?」
彼の為人を確かめるには必要な時間だったと思うけどと言えば、貴族なんだから家との関係とか条件の方が優先されるものよと、シェリーとエレノアに言われた。
エルルとエネアは子爵家同士。身分の隔たりもない。もしかしてこれも女神様のお導きなのかとエルルは思った。
それにしても……。
「ねえ、エネア、くっつき過ぎじゃない?」
「くっつき過ぎじゃないよ。剣の訓練の疲れをエルルの聖魔法で癒してもらってるんだ」
「私、魔法使ってないけど」
婚約前のエネアは横に座れば拳一つ分、立っていれば半歩離れていたのが、今は指一本分だし、一足分だ。
「早まったのかしら」と呟くエルルに、二人と向かい合って座るシェリーとエレノアは「あきらめが悪いわよ」とニヤニヤする。
「俺はエルルを護る聖騎士だからね」
「まだ正式じゃないでしょ」
エネアは婚約後、神殿へ駆け込んだようだ。今すぐ聖騎士として任命して欲しいと。だがまだ学生であるからという理由で断られた。しっかり学び実力をつけるようにと。そしてちゃんと聖騎士の試験を受けるようにと。
その代わり、聖女マリアの護衛を勤めるよう任命されたらしい。
と言っても、婚約者であり、クラスメイトなのだ。同じ様に移動し、同じ様に授業を受ける。たまに離れるのはエネアの剣の訓練の時だけ。
ただちょーっと距離感が……。
「良いじゃない、婚約者なんだから。羨ましいわ」
「羨ましい!?これが!?」
「四六時中一緒にいれるのだもの。溺愛されてるわね」
「……溺愛」
されているのは分かる。前世のラウルもそうだった。あの時と違うのは、ラウルがマリアを側に置き連れ回したけど、今はエネアがエルルの後をついてくる。そして、「もっと離れて!」とも言えるし、待てもできる。って、犬か!
ちなみにエネアは今、シェリーとエレノアと内緒話をしたいからと離れてもらっている。
「頼りがいもある。安心する。溺愛される。どこが不満なの?」
「不満なんてないのよ。あえて言うなら、不満がないことが不満なのよ」
「なにそれ、惚気?」
「惚気なんかじゃないわ。なんかこう、モヤモヤするのよ」
モヤモヤ?とシェリーとエレノアは首を傾げる。
「私、またやらかしそう……」
「やらかし?」
「前世で、溺愛が辛くて逃げ出したことがあるのよ」
「あらら」
「エネア様は昔からそういうタイプなのね」
エルルは頷いた。「溺愛が苦手なのかもしれないわ」と話を続ける。
「婚約前の方がちょうど良い距離感だったのよ。馬術の時も見守ってくれてたし。でも今は私が困らないよう先回りしてくれてる感じ」
「ありがたいじゃない」
「っそうだけど!違うのよ〜」
「エルルは自分の力で切り開きたいのよね」
「あ……そう!それ!」
「私は一人娘だから親に溺愛されているでしょ。何事も親が用意してくれた道を歩いてきたわ。でも、じゃあ親がいなくなったらどうするの?って考えたら怖くなった。だから自分に試練を与えようと思って、この学園を選んだの」
幼馴染のエルルも一緒だったから試練にならなかったけどね。とシェリーは笑った。
「でも、エネア様はエルルを助けちゃうわよね。それが生き甲斐そうだもの」
「エルルは対等になりたいのよ。身分や物理的なものじゃなく、精神的な部分で。違う?」
「……そうかもしれない」
リジーだった時、冒険者ファビオについて行けない自分に苛立った。
マリアだった時、商人ラウルの側で何もできない自分に苛立った。
二つの人生を送って経験値は高いつもりだったけれど、結局またゼロになるのねとエルルは苦笑した。
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