第二十話
「なんてこともあったわね〜」とエルルは馬の鼻先にニンジンを差し出す。
パクリ、ムシャムシャ
「いいコね」
エネアのアドバイスのおかげで、今ではオヤツもあげられるし、ブラシだってかけられる。
今日は初めて馬に乗る。大丈夫。少し緊張してるだけ。
「エルル、鞍をつけるよ」
「はい。お願いします」
エネアは手際よく金具を締めていく。
「出来たよ」
そう言って差し出された手に、エルルは頷き手を重ねた。
「きっと怖いか、感動するかのどちらかだよ」
さあ、ここを持ってと、鞍の手綱と前橋を握らせる。鐙に足を乗せ、せーのっと身体を持ち上げ、鞍にまたいだ。
「わあ!」
「怖いか?」
「いいえ!感動だわ!」
見慣れない角度からの景色は、遮るものが少なく壮観だった。
「ふふ。エネアのつむじが随分下にあるわ」
「はは。それなら大丈夫そうだね」
じゃあ少し歩いてみるかと、繋いであったロープをエネアが優しく引っ張ると、馬が歩き出した。
1メートル程上の世界は、空気が良く、風も心地よい。
自分はこんな気持ちの良い時間を逃してきたのか、と残念に思うくらい、馬上は爽やかな空間だった。
が、気持ちの良いのもここまで。
「腰とお尻と内股が痛〜い!」
馬から下りれば、待っていたのは地獄。腰は重いし、お尻と内股はズキズキしている。
「初心者は必ずそうなるね」
「先に言っておいてよ〜」
シェリーとエレノアも最初はエルルと同じ様に筋肉痛になったそうだ。ギクシャク動くエルルの姿に二人は大笑いしていた。力が抜けるようになったら楽になるわよと教えてくれたが、それまでどのくらい時間がかかるのか、またエルルは溜息をついた。
エルルと馬術は相性が悪いらしい。運動神経が悪いわけではないのに、この先も苦労したが、負けん気根性で何とか食らいついていた。
馬術ばかりに時間を取ることはできない。習得するべき課題は山程ある。
エルルは魔法と薬学に力を入れた。シェリーは一人娘なので領地経営に。エレノアは伯爵子息と婚約しているので、淑女教育に力を入れた。
子爵クラスは苦手な科目をお互いに教え合い切磋琢磨していく。
教師たちには稀に見る団結力だと評価されていた。
エルルは聖女になる。聖魔法を乱発して魔力が枯渇するような真似をしたくない。魔力制御を完璧にしたかった。
両手をかざして、小さな光を生み出す。それを大きくしたり小さくしたり、形を変えてみたり。
「綺麗だな」
「エネア。剣の訓練は?」
「終わったよ。エルルの光を感じたから見に来たんだ」
「また私の存在を感じられるの?」
「いいや。エルルが聖魔法を展開しているときかな。そっちに行けば気持ち良さそうだなぁって感覚。その先にエルルがいるって最近気づいた」
「そうなんだ。じゃあ、この学園で出会ったのも本当に偶然?」
「偶然だよ。本当に偶然。言ったよね。偶然会えたら一緒になるって」
「……。」
「偶然会えたよ。だから求婚の返事がほしい」
「何故そんなに私にこだわるの?エネアに相応しい人は他にもいると思うわ」
「いないよ。自分でも分からないけど、他の人を好きになるなんて考えられない。
リジーの時は一目でこの人だと思った。
マリアを探し出した時はやはりこの人だと思った。
エルルに偶然会えた時は運命の相手だと思えた」
自分の片割れを見つけて、満たされた感じだったよと、エネアは胸を押さえた。
「今のエルルは、リジーの時の明るさもマリアの時の強さも持っている。でも違うところもある。すごく積極的だし、コミュニケーション力も高い。例え泣いても立ち向かう。
そうだな、何ていうのかな。リジーとマリアでなくとも、俺はエルルに惹かれているんだ」
「今の私が好きだということ?」
「正直に言えば、求婚した時は、前世を引きずっていたよ。だって会えたんだ。偶然に。でも、一緒に過ごせば過ごす程エルルが好きになる。エルルは?」
「私は……、まだ分からない。でも、エネアがいるとホッとする。頼りにしている部分も多い。でもね、私は国中を周る聖女になりたい。前のようにあなたの側にはいれない。あなたを支える人間にはなれないの」
「俺はエルルに支えて欲しいなんて思ってないよ。今度は俺がついていく。俺は聖騎士になる。そしてエルルを護る聖騎士になるんだ」
「エネア」
「今世では逆になるね。俺が君を支える番だ。だから応えてほしい。一緒になってくれる?」
「……はい」
エルルはエネアの想いを受け止めた。
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