第十九話
「西だ!」
いきなりマリアの存在がブワッと感じられた。ラウルは身重のマリアはそう遠くには行けないだろうと国内を探していた。
「マリアは行動力があるのだな」と独り言ちたが、同時に落胆した。ラウルが東の国へ行っていた時に西に向かうなど、そんなに嫌だったのかと……。
一緒になってからはいつも側にいたから存在を探る必要がなかった。マリアが消えて、久方ぶりに感覚を研ぎ澄ませてみてもマリアを感じない。ずっと感じていた存在が消えた。いや、消えたのではない。何かの力に邪魔されているような……。
何かとは何か……。分からない。
前と違い当てのないものだったが、見つけてみせる!とがむしゃらに探し歩いた。
それが急に前のように感じられた。違う。前よりも確実に。まるで矢印が指し示すように方向が分かる。今まで邪魔をしていた何かがなく、鮮明にマリアの存在を感じた。この感覚がなくならないうちにと、ラウルは西へ向かった。
辿り着いたのは西の国の修道院。門の前には修道女がおり、「早く!」と叫んでいる。その修道女は、ラウルを知っているようだった。
何故と疑問が湧いたが、修道女に案内されるがまま突き進んだ。
「早く!手を握ってあげて!」
そこではマリアが出産の真っ最中だった。ラウルは直ぐに駆け寄り、マリアの手を握った。
「……ラウル?来てくれたの?」
「ああ!マリア!!待たせてごめん!」
「……ううん。私が悪いの。一人で悩んで何も伝えなかったから。……っ!」
「マリア!!」
「産まれます!……男の子ですよ!」
修道院の質素な奥部屋に赤子の泣き声が響いた。
「ああ、マリア、ありがとう……」
「ラウル、迎えに来てくれてありがとう」
マリアの体調も回復し、息子ルカを外へ出しても良くなった頃、家族のいる国へ帰ることになった。
それまで二人はたくさんのことを話した。今まではラウルが話しマリアが聞き役だったが、今回は逆で、マリアが思っていた事をゆっくりゆっくり話すのをラウルが頷き聞いた。
「大切にされているのは嬉しかったのよ。側に居れることも。でも、何もしないことは辛かったの。我儘でごめんなさい」
「そんなことはない!孤児で育つ苦労は僕も知っていたから、何もせず休んでほしかった。側に居てくれればそれでいいと。僕の自己満足だったんだ」
「いいえ、その気持ちも伝わっていたわ。私がもっと言葉を尽くせば良かったのよ」
「マリア……」
「ありがとう、ラウル。私とルカを迎えに来てくれて。この子の首が座れば私も働けるわ。今度こそ、あなたの仕事を教えてもらって手伝いたい。それが私の幸せなのよ」
「分かった。今度こそ間違えない。ありがとう」
旅立ちの日、ラウルとマリアは修道女マリアを探した。出産の日以来、彼女を見かけることがなかった。親身になって相談に乗ってくれたことに一言お礼を言いたかった。
だが、
「マリアという名の修道女はこの修道院には居ないわ」
「「えっ!?」」
ラウルを修道院の中へ入れてくれたのも修道女マリアだったはず……。二人は目を丸くした。
「女神マリア様のお導きだったのかしらね」
修道女は、そう言って祈りを捧げた後、幸せになりなさい。と、二人を見送ってくれた。
馬車の中でマリアは大切にルカを抱いていた。
「大切な人をつくるのが怖かった。でもマリア様が心は残せると、教えてくださったの。だからもう怖くない。人と関わりを持つのは苦手だけど努力する。ルカにしっかりと私を残してあげたい。ラウル、協力してくれる?」
「もちろんさ!僕も反省したよ。ただ側にいるだけじゃダメだと。マリアを尊重してなかった。だからマリア様は、君の存在を隠したんだ。君が君らしく、本来の自分を取り戻すまで、僕を近づけなかったのかもしれない」
「そうなの?」
「多分ね」
マリア様はすごいなと、ラウルは笑う。マリアもつられて笑った。
「ねえ、マリア」
「何?」
「また辛い思いをさせちゃったけど、来世も一緒になってくれるかな」
「え、嫌です」
「え、え〜!?」
「あなたではない人と一緒になったらどうなるのか、興味があるし」
「ええーっ!?」
「……そうね、今度は探すのではなく、偶然出会ったら一緒になってもいいわ」
「……そ、それは難しい」
「そうね、マリア様に祈るしかないわね」
「マリア様!どうか!」
ラウルが必死に祈る姿に笑いが出た。
まだまだ先の話なのに。
まだまだこれから幸せが待っているのに。
まあ二人次第ね。と目を伏せ祈ったままのラウルの手に、マリアはそっと手を重ねた。
「あなたがいて私は幸せよ」
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