第十八話
マリアは産み月を迎えていたが、ラウルが修道院に辿り着くことはなかった。ラウルが住む国からマリアの居る場所はそれ程遠くない。
国境沿いの街の修道院を選んだのは、帰る時に体の負担を少なくするためだった。
戻る気はあった。希ったのはラウルだけでない。マリアだってラウルに会いたかった。でも現実的でなかった。探してくれた。それがどれほど嬉しかったか……。
素直でないのが今世の性格。
そして、一人で生きてきたマリアに、あんなたくさんの家族ができたことに対する戸惑い。それを解消せぬまま、することもなく家でじっとしているは、とてつもなく辛かった。
飛び出したのは自分を取り戻すため。
だが、愛情あふれる家族がいるのだ。マリアの存在を認識できるラウルが来ないということは、マリアなど必要なくなったのだろうか。
「ゆっくりとマリアさんのペースに合わせてもらいたいと言えばよかったのよ」
悩みを聞いてくれた修道女が助言した。
「言わなきゃ分からないわ。その為に言葉があるのよ。当たり前の話だけれど、ここに来られる人はそれを忘れていることが多いの。一人で悩んで悩んで、余計な考えに辿り着く。言葉の少なさがすれ違いを生むの」
「……すれ違っているのでしょうか。もう違う道に行っているのかもしれません」
「ほらそれ! ね、それが余計な考えよ。誰もそんなこと言っていないでしょ。大切にされていたのでしょう?」
「大切に……されていました。され過ぎていました」
「そうなのね、それは伝えたの?」
「仕事をさせて欲しいとは言いました。でもさせてもらえなくて」
「そう。心配性な方なのね。あなたはそこであきらめたの?」
「……はい」
「ふふふ。あなたも相手を困らせたくなかったのね」
「そう……でしょうか」
「優しい人同士。お互いが気遣って行動する。言葉を発する前に」
「……」
「強くならなくてはね。あなたにはその子がいるのだから」
「大切な人を作りたくなかったんです。失いたくなくて」
「あら、それは無理よ!生きている限り必ず大切な人ができるわ。私はすべての人が大切よ。だってだから生きていけるのだもの」
「すごいですね」
「大切な人は増えていくわ。それが幸せよ。失うことを怖がらないで。大丈夫!ちゃんと心は残してくれるから。
覚悟しなきゃね。女は強いのよ!あなたは急激な環境の変化に戸惑っただけ。直ぐに本来のあなたに戻るわ」
「戻れますか?」
「もちろん!そして彼も迎えに来るわ。勘だけどね」
「来ますか?」
「ええ!私もあなたと同じ名を持っているの。『マリア』女神の名よ。信じなさい!」
「はい」
前世、大切な家族を失った。その喪失感がずっと残っていた。でも愛し愛された記憶を思い出したら、マリアの心を幸せにしてくれた。
ああ、そうか……。私は怖がって壁を作っていたのね……。
すぅっと修道女マリアの言葉が胸に響く。
『心を残す』
ちゃんと残せる人になりたい。マリアは自分に誓った。
「あ、でももうその身体じゃ移動は無理だから、産んでからにしなさいね!」
「は、は〜い」
マリアの瞳に光が戻った。
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