第十三話
マリアは二つ離れた街で宿を取ることにした。
まだ領都まで距離はあるが、ここまで来れば、デュオンの手も届かない。
乗合馬車の案内所で手頃な宿を教えてもらい向かう途中、ドクっと胸が締め付けられた。
「な、何!?」
マリアはあまりの胸の苦しさに涙が流れ、思わず地面に膝をつく。デュオンに市場で貶められてから足早に動いてきたから体調を崩したのか……。
……いや、違う。
これは感情だ。切なくて切なくて……。胸の痛みが止まらない。
「だ、大丈夫ですか!?」
心配して声をかけてくれた人を見上げ、顔を合わせた瞬間、ビビッと胸の鼓動が跳ね上がり、マリアの意識は途絶えた。
「リジー!!」
声をかけたのはラウルだった。
胸を抑え蹲るマリアを、ラウルはリジーとは気付かず声をかけた。
近くにいるだろうことは感じていた。漠然としたものだったが、マリアと目を合わせた時ビビッと確信した。
ラウルはマリアを抱きとめ、意識のないマリアを病院へ連れて行った。
「疲労でしょう」という医師の言葉に安心して、今はまだ名前もわからないマリアの手を握る。
その感触は覚えのないものだが、心に伝わる感触は前世と同じものだとラウルは感じていた。
「やっと見つけた。やっと会えた。なのに疲労って……。何があったんだ、リジー」
ラウルは握った手に力を込める。するとマリアはゆっくりと目を開けた。
「……ファビオ?」
「リジー!リジー!リジー!会いたかった!」
ラウルはベッドに横たわったままのマリアに、上から被さるように抱きついた。
「ちょ、ちょっと!苦しい!」
「あ、ご、ごめん」
ラウルが離れるとマリアはゆっくりと起き上がった。
そうか……。ファビオの存在を感じて胸が苦しくなったのね。と、マリアは嘆息した。
「……人違いです」
「……は?」
「私はリジーという名ではありません」
「うん。今世はなんて名前?」
「……」
「あ、僕はラウルっていうんだ」
「……人違いです」
「え?でも、目を覚ました時、『ファビオ』って言ったよね」
「……チッ」
「わ〜お!舌打ちしたよ!」
「……マリア」
「マリアっていうんだ!素敵だね!」
ニコニコ笑うラウルを見て、マリアは思わず、誰だこいつと言いそうになった。
「疲労って医師が言ったけど、何があったの?」
「いや、別に……」
「何があったの?」
「いや、だから何も……」
「な、に、が!あったの?」
何だこの押しの強い男は。マリアはそう言いそうになったが何とかこらえた。
「……別に、クズ男に迫られて、仕事辞めて家を出てきただけよ」
「家族は?」
「いないわ。孤児だもの」
「……ふ〜ん」
ラウルは腕を組み考え込んでいる。
「潰す?」
「え?」
「そいつ」
「は!?そんな事しなくていいわよ!」
「そうなの?僕、きっとできるよ」
「……僕?」
「ああ、そう言えば、ファビオは自分のこと『俺』って言ってたね。そっちの方がいい?」
「別に構わないけど」
「別人ね」
「そうだね。僕はファビオじゃない。ラウルだ」
「私もリジーじゃなくて、マリアよ」
「うん。君も別人だ。でも心の奥の底は同じだ。僕はずっと君に会うことを希っていた」
抱きしめてもいいかな、と控えめに手を広げるラウル。
「……いいわよ」
するとギュッとラウルは優しく強く、マリアを抱きしめた。
マリアもそれに応えて、ラウルの背に手を回した。
私もあなたに会いたかったのかもしれない……。
マリアはそう思って、少し泣いた。
お読みいただき、ありがとうございます。




