第十二話
リジーは南の国で生まれた。名はマリアという。
この国のありきたりな名前だ。
産まれて直ぐに修道院の前に捨てられた赤子に、修道女が女神の名前を授けた。
隣接した孤児院で育てられたマリアは、十四の歳には果樹園で働き始めた。
朝から収穫をし、午後は市場で売る。
今世でも働き者なマリアは、孤児院で育てられたのにもかかわらず、読み書きも計算も出来た為、仕事場で重宝されていた。
前世では家族に囲まれていたが、今世では捨て子。
けれどマリアは落胆していない。寧ろホッとしていた。
大切な人を失わずに済む。
両親と息子を一度に亡くしたトラウマなのだろう。晩年のリジーはファビオはもちろん、娘夫婦や孫と幸せに暮らしたが、あの悲しさは心に酷く残り、今世でも胸を痛めた。
マリアは、リジーの息子ジャックの月命日には神殿に行き祈りを捧げていた。
「きっともう生まれ変わっているわね」
祈る意味など無いかもしれない。何度も思ったがやめられなかった。
マリアは一人。気楽だ。恋人もいない。必要最低限の付き合いはする。
それでいいのだ。誰に迷惑をかけるわけでもない。
一人の人生を楽しむ。そう決めていた。
「まるで昔のファビオね」
別に思い出で生きているわけではない。
ん〜っ!とマリアは背伸びする。
「これが気楽なお一人様っていうのかな」
それが今世での生き方。そう決めていた。
マリアは海で貝殻を拾っていた。
最近の趣味で、貝殻や果樹園でいらなくなった実の殻でアクセサリー作りに勤しんでいる。
只管に磨いて消毒して、削って形を整えて、麻紐で編み込んでいく。
市場で果樹園で採れた果実の横に、雑貨として置かせてもらえるようになった。
売れたらまた楽しくて、どんどんはまっていく。
マリアの日々は充実していた。
「なんだぁ、このジョボいアクセサリーは」
グシャっと店頭に置いてあったマリア作のアクセサリーが踏み潰された。
「え……」
マリアを上から見下してアクセサリーを踏み潰しているのは、
「デュオン様……」
マリアはデュオンを睨みつける。
「オーナーのヴァン様から許可をもらってます」
「はあ!?親父がなんと言おうと、こんなモンを商品の近くに置いたら、売り上げが下がっちまうだろ!」
それはない。マリアはリジーの知識を使って、衛生管理を徹底している。陽が当たらないよう日陰を選び、果実は潰れないように平積みにして、売れる度に補充している。マリアが市場に立てば、その日の売り上げは倍になるほどだ。
だからこそ、オーナーのヴァンは、マリアの作ったアクセサリーを売ることを許し、売れ行きが良ければ、観光土産として領主に提案しようとまで計画していた。
知らないのはこのクズ息子だけ。
デュオンはヴァンの手伝いもせず、威張り腐って市場を練り歩いては取り巻きと荒らしていく。
お金を払わない。商品を壊す。売り子に手を出す。
破落戸と何ら変わらない。
オーナーのヴァンはこの街の地主であるが、領主でない。貴族でもない。たかが田舎街で土地持ちで事業主なだけだ。ヴァンはこの街で生まれ育ち、幼い頃から聡明で、育った街を豊かにしたいと努力し、領主にも認められ、任されるようになった。一切の奢りはなく、住民が楽しく働き過ごしている様を心から嬉しく思うような人物だった。
それなのに何故あのようなクズ息子が出来上がったのか。
ヴァンは街の発展に全振りをしていた。家族を顧みることはなく、妻は出ていき、デュオンだけが残された。「親の背中を見て育て」と家族としてデュオンと過ごすことは無かった。
デュオンにも同情する。
ヴァンは今になってデュオンを窘めるようになったが、時既に遅く……。デュオンは変わらず、破落戸のように住民に絡み、この街を離れる者も出始めた。
マリアは嘆息する。
「売り上げはしっかりあります。下がっていません。アクセサリーの売り上げの一部も納めています」
「だ〜か〜らぁ、わからねぇのか、うちの従業員で居たかったら、俺のオンナになれってことだよ」
デュオンは取り巻きとニヤニヤしながら、アクセサリーをグリグリと潰す。
ああ、そういう事か。とマリアは思った。ここのところデュオンに絡まれることが多かった。
ついこの間まで、パン屋の看板娘に絡んでいた。娘は怖がり、店を閉め、家族と共にこの街を出た。
デュオンももう二十五歳。今度は一番の売り上げを上げる自分に目をつけたのか。
「お断りします」
「はあ!?ならうちを辞めてもらうぞ!」
「構いません」
マリアは丁寧に店頭に並ぶ果実を纏め始める。その様子にデュオンは、
「この街に居られなくしてやるぞ!」と叫ぶが、
「構いません」とマリアは気にしない。手を動かし、荷台に商品を積み込んだ。
その間もデュオンは、「本当にいいのか!」としつこく叫んでいたものの、「構いません」としか答えないマリアに苛つき、手を挙げようとしたところで、警ら隊が通りかかり、デュオン達は逃げて行った。
それからマリアは果樹園に商品を持ち帰り、そのまま退職することを伝え、家に帰り荷物を纏めた。
直ぐにこの街を出ないと何をされるか分からない。
アパートの大家にも挨拶をし、乗合馬車に乗り込んだ。
捨てられ育った街に哀愁はない。
特に別れを惜しむ相手もいない。
「さて、どこに行こうかな」
貯め込んだ金もある。とりあえず領都まで行ってみることにした。
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