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異世界にも相場はあるらしい ~元億トレーダー、今世は畑から始めます~  作者: 15モナカ


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# 第5話 知らないものの値段



北丘陵の調査は、今日で三日目だった。


朝。


俺は畑で土をほぐしていた。


ざくっ。


鍬を入れる。


土を返す。


また入れる。


昨日より少し柔らかい。


いいな。


こういう日は、やっていて気持ちがいい。


「レオン」


少し離れたところから、ノアが呼んだ。


「何?」


「そろそろ行くんだろ?」


「ああ」


北丘陵。


今日も領主側の調査がある。


俺は鍬を地面に置いた。


「ここまで終わらせてから行く」


「まだやるの?」


「ここ、途中だから」


中途半端に残しておくのは何となく嫌だ。


それに。


普通に楽しい。


ざくっ。


土を返す。


昨日は丘の杭が気になった。


今日は、この土の具合も気になる。


どっちも気になる。


それでいい。


「お前さ」


ノアが笑う。


「丘も見たいし、畑もやりたいんだな」


「うん」


「忙しいな」


「楽しいよ」


「そうか?」


「そうだよ」


俺は最後の一列を終えて、鍬についた土を落とした。


畑は楽しい。


丘も面白い。


片方を選ぶ理由は特にない。


面白いものが二つあるなら、二つとも見ればいい。


今世は時間もある。


何より、外に出て身体を動かせる。


前世では、起きてから寝るまで画面ばかり見ていた。


それを思えば、畑と丘を行ったり来たりするくらい。


ずいぶん贅沢な忙しさだ。


◇


家に戻ると、母が昼用のパンを用意してくれていた。


俺は二つ手に取った。


一つは昼に食べる。


もう一つは。


まあ。


腹が減ったとき用だ。


外を歩くと腹が減るからな。


「兄ちゃんの分もあるよ」


「ほんと? どっち?」


「昼用と、腹が減ったとき用」


「……それ、どっちもお前のじゃん」


「あ。」


ノアが笑った。


しまった。


説明したら全部ばれた。


母が横からもう一つパンを差し出した。


「ノアの分はこっち」


「ありがとう、母さん」


「レオン」


「何?」


「食べすぎないのよ」


「はい」


俺は素直に頷いた。


二つくらいなら大丈夫だと思う。


たぶん。


◇


北丘陵には、すでに調査の人たちが来ていた。


昨日までに打たれた杭が、斜面に並んでいる。


一本。


二本。


三本。


四本。


五本。


六本。


最初はばらばらに見えた。


だが、増えるほど形が見えてくる。


ゆるく曲がりながら、丘の奥へ続いている。


昨日見つかった黒い筋のことも気になる。


ただ。


まだ、あれが何なのかは分からない。


石なのか。


何か別のものなのか。


価値があるのか。


ないのか。


考える材料が足りない。


なら、見る。


今日はそれでいい。


「また来たのか」


村の男が俺たちを見て笑った。


「うん」


俺は答えた。


「気になるから」


ノアが横から笑う。


「ほんと気になるんだな」


「うん」


だって気になるものは気になる。




◇


調査員たちは、昨日の続きから作業を始めた。


地面を確認する。


棒を差し込む。


石を拾う。


何かを書き留める。


俺は邪魔にならない場所から眺めていた。


七本目の杭が打たれた。


やっぱり。


昨日までの線の続きにある。


少し離れて。


八本目。


これも同じだ。


俺は杭を順番に目で追った。


曲がっている。


でも、適当に曲がっているようには見えない。


何かを追っている。


そう思いたくなる並びだ。


もちろん。


そう見えるだけかもしれない。


人間は、点が並ぶと勝手に線を見つける。


前世のチャートでも何度も見た。


「ここから先は?」


調査員の一人が言った。


俺も顔を上げた。


八本目の先。


そこは地面の様子が少し違った。


草が減り、土がむき出しになっている。


さらに奥には、崩れた斜面。


最近、土が落ちた場所だ。


昨日まで遠くから見ていたが、近くで見ると思ったより大きい。


土と石が斜面の下に積もっている。


調査員が一歩進もうとした。


「そこまでじゃ」


グレゴ爺さんの声が飛んだ。


男が止まった。


「ですが、もう少し先まで確認した方が」


「駄目じゃ」


爺さんは斜面を見る。


「崩れたばかりじゃ。村の者も近づけておらん」


領主側の使者が前に出た。


「安全を確認しながら行います」


「その安全を誰が確認する?」


静かな声だった。


使者は少し黙った。


グレゴ爺さんは続ける。


「調査は認めた。だが、人が怪我をするようなことまで認めたつもりはない」


怒鳴っているわけではない。


でも、譲る気もなさそうだった。


使者は斜面を見た。


それから調査員たちを見る。


「……分かりました」


あっさり引いた。


「この先は調査対象から外します」


グレゴ爺さんが頷く。


「それで頼む」


話は終わった。


俺は少し笑った。


やっぱり爺さんは頼りになる。


こういうところは、任せておけばいい。





◇


調査は八本目の杭で止まった。


その後は、これまで調べた場所をもう一度確認していた。


石を拾う。


記録を見る。


杭の位置を確かめる。


俺は少し離れた場所に座って、パンを食べた。


一つ目。


うまい。


外で食べるパンは、なぜか家で食べるよりうまく感じる。


「もう食べてるの?」


ノアが来た。


「昼だから」


「それ一個目?」


「うん」


「二個目は?」


「予備」


「食べる気だろ」


「可能性はある」


「予備って言わないだろ、それ」


そうかな。


食料の予備だ。


使われる可能性が高いだけで。


俺はもう一口食べた。


目の前では調査員たちが動いている。


丘の向こうには青い空。


足元には草。


風が吹く。


気持ちいい。


「何か分かった?」


ノアが聞く。


「まだ」


「三日も見てるのに?」


「三日見たから、分からないことが増えた」


「それ、いいことなのか?」


「結構」


ノアが変な顔をした。


でも、本当にそう思う。


最初は。


金貨二枚。


北丘陵。


採掘権。


それだけだった。


今は。


杭の並び。


黒い筋。


崩れた斜面。


調査する場所。


分からないことが増えた。


つまり、見るところも増えた。


面白い。


「兄ちゃん」


「何?」


「二個目食べる?」


「予備じゃなかったのか?」


「今なら半分あげてもいいよ」


「いらない」


そうか。


じゃあ俺が食べよう。


◇


午後。


領主側の調査が終わった。


使者と調査員、それから村の家長たちが集まった。


俺とノアも少し離れたところにいた。


使者が紙を見ながら話す。


「三日間の調査では、この丘に道路整備に利用できる石材が存在する可能性が確認できました」


可能性。


俺はその言葉を頭の中で拾った。


「ただし、埋蔵量については、今回の調査だけでは正確な判断ができません」


グレゴ爺さんが聞く。


「どのくらい採れるかは、まだ分からんということか」


「はい」


使者は素直に頷いた。


「実際に採掘を進めなければ分からない部分もあります」


なるほど。


「それでも金貨五枚という条件は変わらんのか?」


「現時点では、その提案です」


五枚。


最初の二枚からは、大きく上がった。


村としては、かなりの金額だ。


周りの大人たちも顔を見合わせている。


「五枚なら、もういいんじゃないか」


誰かが言った。


「使ってない丘だしな」


別の男も頷く。


「十年貸すだけなら悪くない」


一方で。


「でも、何が採れるか分からんのだろ?」


という声も出た。


「全部向こうのものになるんだったな」


「そうだ」


意見が割れる。


当然だ。


金貨五枚は大きい。


目の前にある確実な金と。


まだ分からない土地の価値。


どっちを取るか。


こういう話は好きだ。


ただし今回は、俺の金じゃない。


村の土地だ。


だから、俺が勝手に答えを出すものでもない。


グレゴ爺さんが手を上げた。


周囲が静かになる。


「一つ、確認したい」


使者が向き直る。


「どうぞ」


「十年という期間は、変えられんのか?」


「期間ですか」


「そうじゃ」


爺さんは続けた。


「それと、採掘したものはすべてそちらの所有になるという条件」


使者の表情は変わらない。


「はい」


「道路に使う石が目的なら、石だけではいかんのか?」


お。


俺はグレゴ爺さんを見た。


そこを聞くのか。


使者は少し考えた。


「私の判断だけでは変更できません」


逃げたわけではない。


本当に、その場では決められないのだろう。


「では、持ち帰って聞いてもらえるか」


「承知しました」


「期間もじゃ」


「そちらも併せて確認します」


淡々としたやり取り。


でも。


最初に提示された条件を、そのまま受け入れる話ではなくなった。


俺は少し笑った。


「何?」


ノアが小声で聞く。


「俺もそこ気になってた」


「石だけにできるかってところ?」


「うん」


ノアが領主側の使者を見る。


「まあ、何が採れるか分からないもんな」


「そうなんだよね」





◇


領主側の人たちが帰ったあとも、村の話し合いは続いた。


「金貨五枚なら十分だろ」


「だが、十年は長い」


「今まで何にも使ってなかった土地だぞ?」


「だからって、何があるかも分からんまま全部渡すのか?」


あちこちから声が出る。


俺は黙って聞いていた。


こういうのも市場に似ている。


同じものを見ても。


高いと思う人がいる。


安いと思う人がいる。


今売りたい人がいる。


待ちたい人がいる。


誰か一人だけが正しいとは限らない。


情報が増えれば、判断も変わる。


「グレゴさんはどう思う?」


一人が尋ねた。


爺さんはしばらく黙っていた。


やがて、北丘陵を見る。


「わしらは、あの丘の値打ちを知らん」


誰も口を挟まない。


「領主様のところが金貨五枚を出すと言うとる。それが高いのか安いのかも、わしらには分からん」


うん。


「なら、一度こちらでも調べてみたらどうじゃ」


誰かが眉を上げた。


「俺たちで?」


「村の人間だけで石を見ても分からんだろ」


「町に、石を扱う者がおるじゃろう」


なるほど。


グレゴ爺さんは続けた。


「今回の調査で、向こうから銀貨七枚を受け取っとる」


三日間、土地を調べさせる代わりに村が受け取った金だ。


「その金を使って、一度こちらのために見てもらう」


何人かが顔を見合わせた。


「七枚全部使うのか?」


「それは値段を聞いてからじゃ」


爺さんが笑った。


「足りなければ、また考えればええ」


現実的だ。


いいな。


俺はなんだか嬉しくなった。


俺はなんだか嬉しくなった。


最初に金貨二枚の話を聞いたときは、こんなふうに話が広がるとは思っていなかった。


でも今は。


みんな、自分たちで考えている。


分からないなら、調べる。


条件が気になるなら、聞く。


当たり前のことだけど。


なんだかいいなと思った。


ここは俺の村でもあるけれど。



俺だけの村じゃない。




◇


帰り道。


ノアと並んで歩いた。


「結局、まだ決まらなかったな」


「うん」


「金貨五枚でも駄目なのかな」


「駄目っていうより、まだ決めないんじゃない?」


「同じじゃない?」


「ちょっと違う」


ノアが俺を見る。


「何が?」


「今は、知らないから決めない」


「……?」


「高いか安いか分からないものを、急いで売らなくてもいいでしょ」


「でも五枚だぞ?」


「うん。五枚は五枚」


俺は笑った。


「大きいよね」


「何だよ、その言い方」


「だって大きいじゃん」


そこは否定する必要もない。


金貨五枚は大金だ。


だから迷う。


もし最初からどうでもいい金額なら、こんな話にはならない。


「レオンならどうする?」


ノアが聞いた。


「今?」


「うん」


俺は少し考えた。


「まだ売らないかな」


「金貨五枚でも?」


「うん。知らないものの値段は決められないし」


それだけだ。


何かあると決めつける必要もない。


何もないと決めつける必要もない。


知らないなら。


少し調べる。


調べても分からなければ。


そのとき、また考える。


「でも」


俺は道の先を見た。


「町の人が見に来るなら、それも面白そうだね」


ノアが笑う。


「やっぱり見に行くの?」


「行けるなら」


「ほんと丘好きだな」


「気になるからね」


「畑も好きなんだろ?」


「もちろん」


「どっちなんだよ」


「どっちも」


ノアが少し笑った。


「欲張りだな」


そうかな。


でも。


せっかく二度目の人生なんだ。


面白いものは、たくさんあった方がいい。


◇


家に戻ると、まだ少し明るかった。


俺は畑を覗いた。


朝、途中まで耕した場所。


ちゃんと終わっている。


いい眺めだ。


「何してるの?」


後ろからノアが来た。


「見てる」


「畑を?」


「うん」


「朝も見てただろ」


「朝は耕してた」


「同じじゃない?」


「違うよ」


朝とは光の向きも違う。


土の見え方も違う。


……まあ。


そこまで大きな違いではないけど。


俺は畑に入った。


芽が出始めている場所もある。


明日はこっちをやろう。


北丘陵の調査は終わった。


次に何か動くまでは、しばらく畑に集中できそうだ。


それも楽しみだ。


「兄ちゃん」


「何?」


「明日、早めに畑出ようよ」


「何で?」


「やりたいところあるから」


ノアが呆れた顔をした。


「今日あれだけ歩いたのに?」


「丘は丘。畑は畑」


「元気だな」


「うん」


前世では。


市場が閉まっても、次の市場を見ていた。


日本が終わればアメリカ。


夜になれば先物。


寝る前にもニュース。


面白かった。


本当に。


でも。


今は少し違う。


丘のことを考えるのも面白い。


相場を読むのも面白い。


それと同じくらい。


明日、畑で何をするか考えるのも楽しい。


俺は土の上にしゃがみ込んだ。


指で少し触ってみる。


朝より乾いていた。


明日は水も見た方がいいかな。


「レオン」


「何?」


「飯だって」


「あ、行く」


俺は立ち上がった。


北丘陵の値段は、まだ分からない。


だから。


今は決めなくていい。


明日になれば、また何か分かるかもしれない。


分からないままかもしれない。


どっちでもいい。


調べればいいだけだ。


それより。


腹が減った。


今日の夕飯、何だろう。


俺はノアと並んで家へ戻った。


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