#第4話 点じゃなく、線を見る
三本の杭が気になった。
帰ってからも。
夕飯を食べているときも。
布団に入ってからも。
北丘陵の、あの何もない地面に打たれた三本の杭。
別に珍しいものじゃない。
調査に杭を使うなんて普通だろう。
たぶん。
俺は測量の専門家じゃないけど。
問題は。
**なぜ、あそこなのか。**
立派な岩場は近くにあった。
石材が欲しいなら、まずそっちを見ると思った。
なのに調査隊は岩場を通り過ぎた。
そして、地面の下を調べた。
一本目。
二本目。
三本目。
「……」
俺は布団の中で寝返りを打った。
点で見れば、ただの杭だ。
でも。
三つ並べたら?
頭の中で位置を思い出す。
最初の杭。
そこから同じくらい離れて二本目。
また同じくらい離れて三本目。
「……同じ間隔だったな」
声に出した瞬間。
隣から声がした。
「何が?」
「うわっ」
ノアがこっちを見ていた。
同じ部屋だった。
忘れてた。
「起きてたの?」
「お前がさっきからゴロゴロしてるからな」
「ごめん」
「何考えてた?」
「北の丘」
「また?」
「ちょっと気になって」
「明日も畑だぞ」
「分かってる。畑も楽しみ」
ノアが小さく笑った。
「ほんと、どっちも好きだな」
「うん」
俺も笑った。
「でも今日は寝る」
「最初からそうしろ」
「おやすみ、兄ちゃん」
「おやすみ」
俺は寝た。
◇
翌朝。
畑。
今日は畑。
昨日みたいに途中で北丘陵へ行ったりしない。
ちゃんと働く。
ざくっ。
ざくっ。
いい天気。
風もある。
土も柔らかい。
最高だ。
「今日も北の丘行く?」
隣でノアが聞いた。
「行かないよ」
「へえ」
「何、その反応」
「いや」
ノアが鍬を振る。
「今日はほんとに北の丘を見ないつもりなんだなと思って」
失礼な兄だ。
「見ないよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
ざくっ。
俺は力強く鍬を入れた。
今日は畑だ。
北丘陵では今ごろ調査二日目が始まっているだろう。
昨日の三本の杭。
同じ間隔。
もしあれが偶然じゃなかったら。
四本目は――。
「……」
いや。
畑だ。
ざくっ。
北丘陵の中央より少し西。
三本目から同じくらい離れた先。
昨日、低い灌木が一本あった。
あの辺だ。
ざくっ。
もし今日、そこを調べたら。
「……」
ざくっ。
「レオン」
「何?」
「鍬、同じところ掘ってる」
「あ。」
足元を見る。
一か所だけ妙に深い。
ノアが笑う。
「北の丘だろ」
「違う」
「じゃあ何考えてた?」
「この穴、深いなって」
「今お前が掘ったんだよ」
「……そうだった」
俺は思わず笑った。
自分で掘っておいて何を言ってるんだ、俺は。
◇
しばらくして。
俺は北丘陵へ向かっていた。
「やっぱり行くんじゃん」
後ろからノアが言った。
俺は振り返る。
「……ちょっとだけ」
「昨日、父さんに一人で行くなって言われただろ」
「あ」
「忘れてたな?」
「……ちょっと」
ノアが笑った。
「じゃあ俺も行く」
「うん」
なんだかんだ、兄は面倒見がいい。
俺は少し嬉しくなって、丘へ向かって歩き出した。
◇
北丘陵に着く。
調査隊は昨日と同じく五人。
村からも監視役が来ている。
父は今日は畑の方に残ったらしく、代わりに別の村人が二人いた。
俺とノアは邪魔にならない距離で止まった。
まず昨日の三本の杭を見る。
残っている。
一本目。
二本目。
三本目。
俺は少し横へ移動した。
やっぱり。
ほぼ一直線だ。
いや。
完全な直線じゃない。
ほんの少し曲がっている。
俺は地面にしゃがんだ。
指で土に点を三つ描く。
ノアもしゃがむ。
「何してるの?」
「昨日の杭」
「うん」
点を結ぶ。
少し曲がる。
三本目の先に、もう一つ点を置いた。
「たぶん次、ここ」
「何が?」
「杭」
ノアが北丘陵を見る。
「なんで?」
「間隔がだいたい同じだから」
「それだけ?」
「それだけ」
正確には、それだけじゃない。
調査隊は好き勝手に穴を開けているわけじゃない。
昨日の動きを思い出す。
一本目を調べる。
二本目。
三本目。
毎回、棒を差す。
土を見る。
何かを書く。
そして次へ移る。
これは探しているというより――。
**追っている。**
何かの位置を。
点じゃなく。
流れを。
前世でも似たことはあった。
一日だけ株価が上がった。
それだけなら意味はない。
二日。
三日。
同じようなところで買われる。
出来高が増える。
安値が少しずつ切り上がる。
単独ならただの数字。
でも。
並べると形になる。
相場は、点じゃない。
流れを見る。
「レオン」
ノアが地面の絵を見る。
「で、次はどこなの?」
俺は顔を上げる。
三本目の杭。
その先。
同じくらいの距離。
「たぶん、あそこ」
昨日見た小さなくぼ地を指差した。
灌木が一本ある。
ノアが眉を上げる。
「外れたら?」
「帰る」
「当たったら?」
「もうちょっと見る」
「どっちにしても見るじゃん」
ばれた。
◇
しばらく待った。
調査隊は最初、昨日とは別の岩場を調べていた。
金槌。
記録。
移動。
普通だ。
俺の予想した場所には近づかない。
「外れた?」
ノアが言う。
「まだ」
「もう結構見てるけど」
「まだ」
さらに待つ。
日が少し高くなってきた。
「帰る?」
ノアが聞く。
「もうちょっと」
「さっきからそればっかり」
そのとき。
調査隊の一人が道具を持って移動した。
中央。
三本の杭の近く。
俺は少し姿勢を起こす。
男は一本目を見る。
二本目。
三本目。
そこから先へ歩いた。
小さなくぼ地。
俺が指差した場所。
止まった。
ノアが俺を見る。
俺もノアを見る。
男が灌木の横に杭を打ち込んだ。
四本目。
「……当たった」
ノアが小さく言った。
俺の口元が緩む。
「うん」
「なんで分かったの?」
「並んでたから」
「それだけ?」
「それだけ」
ノアは四本の杭を見る。
今度は地面に描いた俺の点を見る。
「……ほんとだ」
ようやく見えたらしい。
四つ並ぶと、かなり分かりやすい。
緩やかに曲がりながら、丘の奥へ続いている。
「何か追ってるのかな」
ノアが言った。
俺は少し驚いた。
同じことを考えたらしい。
「かもね」
「石?」
「分からない」
これは本当に分からない。
ただ。
昨日より一歩だけ進んだ。
領主側は、北丘陵を適当に調べているわけじゃない。
**ある線に沿って調べている。**
少なくとも、そう見える。
◇
四本目の杭の場所で、調査が始まった。
昨日と同じ。
細長い鉄棒を地面へ差し込む。
最初は浅く。
抜く。
土を見る。
もう一度。
今度は深く。
男が体重をかける。
ずぶ。
鉄棒が入る。
さらに押す。
突然。
カン。
乾いた音がした。
石に当たったらしい。
男は鉄棒を少しずらした。
また差す。
今度は。
カン。
すぐに止まる。
男が横にいる仲間へ何か言った。
聞こえない。
もう一人がしゃがむ。
小さな道具を取り出して、地面を掘り始めた。
土。
土。
土。
やがて。
灰色の石が出た。
普通の石に見える。
男が石の周りの土を払う。
その下に。
ほんの少しだけ。
黒っぽい筋が見えた。
「……」
調査員の手が止まった。
本当に一瞬だった。
でも。
止まった。
隣の男も覗き込む。
「これ――」
声がした。
そこで。
例の使者が近づいた。
「続けろ」
低い声。
調査員が口を閉じる。
「ですが」
「記録だけでいい」
「……はい」
使者はしゃがまない。
黒い筋にも触らない。
ただ、一度だけ見る。
そして。
すぐに別の方角へ視線を移した。
「次へ」
調査隊が動く。
早い。
ずいぶん。
俺は目を細めた。
ノアが小声で聞く。
「今の何?」
「分からない」
「見に行く?」
「行かない」
「珍しい」
なんだ、その反応は。
「調査中だよ」
「昨日まで勝手に丘歩いてたのに」
「許可がある人の邪魔しちゃダメでしょ」
「急にまとも」
失礼だな。
でも。
今は近づく必要がない。
むしろ。
近づかない方がいい。
あの使者は、俺とノアのことを覚えている。
変に動けば目立つ。
それより。
見る。
人を。
黒い筋そのものより、あれを見た人間の反応を。
調査員は止まった。
何か言いかけた。
使者は止めた。
そして、すぐ次へ進ませた。
もちろん。
大したものじゃない可能性もある。
作業上の確認かもしれない。
予定通りだったから、余計な報告を止めただけかもしれない。
でも。
一つだけ確かなことがある。
昨日までと違った。
**あの場所だけ、空気が変わった。**
◇
調査隊はその後も動いた。
五本目の杭。
六本目。
俺は少し驚いた。
四本目で何か見つけたなら、そこを重点的に掘ると思っていた。
でもそうしない。
むしろ。
何もなかったように先へ進む。
五本目。
鉄棒。
土。
記録。
六本目。
同じ。
線は続いている。
「レオン」
ノアが小声で言う。
「これ、ずっと続いてない?」
「うん」
丘の中腹へ。
少しずつ。
曲がりながら。
「道?」
ノアが聞く。
「地面の下に?」
「昔の道とか」
あり得なくはない。
遺跡?
水路?
鉱脈?
地下の岩層?
考えればいくらでも出てくる。
でも。
どれも証拠がない。
だから決めない。
今分かるのは。
**領主側は、地下に続く何かの位置をある程度知っている。**
たぶん。
少なくとも、完全な手探りには見えない。
四本目を俺が予想できたのも、向こうの動きに規則性があったからだ。
つまり。
初めから調査する方向が決まっていた。
「兄ちゃん」
「うん?」
「昨日の馬車って、最初からこの辺に来る予定だったよね」
「そりゃ調査なんだからそうだろ」
「まだ契約決まる前だったのに」
ノアが黙った。
少しして。
「あ」
そう。
そこ。
契約前から道具を用意していた。
さらに。
今日の調査は、好きな場所を探している動きじゃない。
決まった線を確認している。
だったら。
領主側は。
**北丘陵に何かあるかもしれない**
と思って来たんじゃない。
もっと前から。
**何かあると思っていた。**
可能性が高い。
俺は丘を見る。
面白い。
すごく面白い。
でも同時に。
少し嫌な感じもした。
相手だけが情報を持っている取引。
前世なら。
かなり警戒する場面だ。
◇
昼過ぎ。
調査隊が休憩に入った。
俺とノアも木陰でパンを食べる。
「父さんたちに言う?」
ノアが聞いた。
「何を?」
「杭が並んでるって」
俺はパンを噛みながら考えた。
「言ってもいいと思う」
「黒いのも?」
「見えたってだけなら」
「何だったんだろうな」
「分からない」
「お前、今日はそればっかりだな」
「分からないものは分からないから」
ノアがパンを食べる。
しばらくして。
「でも、何かあるとは思ってる?」
今度は少し答えに迷った。
「……何もなかったら」
俺は四本目の杭を見る。
「金貨五枚まで上げない気はする」
「それって、あれが高いものってこと?」
「分からない」
「またそれ」
「でも」
俺は続ける。
「向こうが欲しいのは本当だと思う」
値段。
準備。
契約条件。
調査方法。
全部。
一個だけなら説明できる。
全部偶然かもしれない。
でも。
点が増えてきた。
そして。
点が線になり始めている。
「なんかさ」
ノアが言った。
「お前といると、普通の石まで怪しく見えてくる」
「それはダメ」
俺は即答した。
「え?」
「何でも怪しく見え始めたら、一回離れた方がいい」
ノアがぽかんとする。
しまった。
また少し前世が出た。
「……何の話?」
「石の話」
「石の?」
「石を疑いすぎるなって」
「お前が一番疑ってるじゃん」
ごもっとも。
◇
夕方。
家に帰ると、父が先に戻っていた。
母に今日の調査の話をしている。
俺とノアも座った。
「どうだった?」
ノアが聞く。
父は首を回す。
「思ったより地味だったぞ」
それは俺も思った。
もっとこう。
掘る。
何か出る。
大騒ぎ。
みたいなものを少し想像していた。
実際は。
棒を刺す。
土を見る。
書く。
移動。
地味。
非常に地味。
「何か出た?」
俺が聞く。
「石」
父が答えた。
「石かあ」
母が笑う。
「石を探しに来てるんだから、石が出れば十分でしょう」
その通りすぎる。
「黒いのは?」
ノアが聞いた。
父がこちらを見る。
「見てたのか」
「遠くから」
「何だった?」
父は少し考える。
「さあな。黒っぽい石の層らしい。珍しいものじゃないって話だったぞ」
珍しくない。
使者がそう説明したのだろうか。
「村長も見た?」
俺が聞く。
「ああ。だから持ち出しもしてない」
なるほど。
ルールは守っている。
少なくとも今日のところは。
「明日で調査終わり?」
「あと一日だ」
三日間。
明日が最後。
その後。
領主側が何を言ってくるか。
そこが重要だ。
本当に街道用の石だけなら。
予定通り金貨五枚で話を進めるかもしれない。
もし。
別のものが目的なら。
条件を変えるか。
値段を上げるか。
あるいは。
何もなかったふりをするか。
俺は少し楽しみになっていた。
いや。
かなり。
ノアが俺を見る。
「また笑ってる」
「今日は否定しない」
「珍しい」
「楽しみだから」
「何が?」
「明日」
ノアが呆れたように息を吐く。
「北の丘、好きだなあ」
違う。
丘が好きなわけじゃない。
まだ誰も全部は知らない。
相手が何を知っているかも分からない。
何が価値を持つかも分からない。
それでも。
少しずつ材料が増えていく。
昨日までバラバラだったものが。
今日。
少しだけ線になった。
この感じ。
前世でも好きだった。
答えが出る瞬間より。
**答えに近づいている途中の方が、面白いことがある。**
俺は窓の外を見る。
夕暮れの向こう。
北丘陵は今日も、ただの岩山に見える。
市場眼を向ける。
《北丘陵地・採掘権》
《現在価値:8》
《予測価値:――》
《重大変動》
《判定不能》
変化なし。
「そっちはまだ教えてくれないか」
まあいい。
今日は。
一つ分かった。
数字が出なくても。
人の動きは、ちゃんと並ぶ。
そして。
点が増えれば。
いつか線になる。
明日は調査最終日。
領主側が最後にどこへ杭を打つのか。
俺は少しだけ楽しみにしながら。
今度こそ。
ちゃんと寝た。




