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異世界にも相場はあるらしい ~元億トレーダー、今世は畑から始めます~  作者: 15モナカ


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#第4話 点じゃなく、線を見る



三本の杭が気になった。


帰ってからも。


夕飯を食べているときも。


布団に入ってからも。


北丘陵の、あの何もない地面に打たれた三本の杭。


別に珍しいものじゃない。


調査に杭を使うなんて普通だろう。


たぶん。


俺は測量の専門家じゃないけど。


問題は。


**なぜ、あそこなのか。**


立派な岩場は近くにあった。


石材が欲しいなら、まずそっちを見ると思った。


なのに調査隊は岩場を通り過ぎた。


そして、地面の下を調べた。


一本目。


二本目。


三本目。


「……」


俺は布団の中で寝返りを打った。


点で見れば、ただの杭だ。


でも。


三つ並べたら?


頭の中で位置を思い出す。


最初の杭。


そこから同じくらい離れて二本目。


また同じくらい離れて三本目。


「……同じ間隔だったな」


声に出した瞬間。


隣から声がした。


「何が?」


「うわっ」


ノアがこっちを見ていた。


同じ部屋だった。


忘れてた。


「起きてたの?」


「お前がさっきからゴロゴロしてるからな」


「ごめん」


「何考えてた?」


「北の丘」


「また?」


「ちょっと気になって」


「明日も畑だぞ」


「分かってる。畑も楽しみ」


ノアが小さく笑った。


「ほんと、どっちも好きだな」


「うん」


俺も笑った。


「でも今日は寝る」


「最初からそうしろ」


「おやすみ、兄ちゃん」


「おやすみ」


俺は寝た。





◇


翌朝。


畑。


今日は畑。


昨日みたいに途中で北丘陵へ行ったりしない。


ちゃんと働く。


ざくっ。


ざくっ。


いい天気。


風もある。


土も柔らかい。


最高だ。


「今日も北の丘行く?」


隣でノアが聞いた。


「行かないよ」


「へえ」


「何、その反応」


「いや」


ノアが鍬を振る。


「今日はほんとに北の丘を見ないつもりなんだなと思って」


失礼な兄だ。


「見ないよ」


「ほんとに?」


「ほんとに」


ざくっ。


俺は力強く鍬を入れた。


今日は畑だ。


北丘陵では今ごろ調査二日目が始まっているだろう。


昨日の三本の杭。


同じ間隔。


もしあれが偶然じゃなかったら。


四本目は――。


「……」


いや。


畑だ。


ざくっ。


北丘陵の中央より少し西。


三本目から同じくらい離れた先。


昨日、低い灌木が一本あった。


あの辺だ。


ざくっ。


もし今日、そこを調べたら。


「……」


ざくっ。


「レオン」


「何?」


「鍬、同じところ掘ってる」


「あ。」


足元を見る。


一か所だけ妙に深い。


ノアが笑う。


「北の丘だろ」


「違う」


「じゃあ何考えてた?」


「この穴、深いなって」


「今お前が掘ったんだよ」


「……そうだった」


俺は思わず笑った。


自分で掘っておいて何を言ってるんだ、俺は。


◇


しばらくして。


俺は北丘陵へ向かっていた。


「やっぱり行くんじゃん」


後ろからノアが言った。


俺は振り返る。


「……ちょっとだけ」


「昨日、父さんに一人で行くなって言われただろ」


「あ」


「忘れてたな?」


「……ちょっと」


ノアが笑った。


「じゃあ俺も行く」


「うん」



なんだかんだ、兄は面倒見がいい。


俺は少し嬉しくなって、丘へ向かって歩き出した。



◇


北丘陵に着く。


調査隊は昨日と同じく五人。


村からも監視役が来ている。


父は今日は畑の方に残ったらしく、代わりに別の村人が二人いた。


俺とノアは邪魔にならない距離で止まった。


まず昨日の三本の杭を見る。


残っている。


一本目。


二本目。


三本目。


俺は少し横へ移動した。


やっぱり。


ほぼ一直線だ。


いや。


完全な直線じゃない。


ほんの少し曲がっている。


俺は地面にしゃがんだ。


指で土に点を三つ描く。


ノアもしゃがむ。


「何してるの?」


「昨日の杭」


「うん」


点を結ぶ。


少し曲がる。


三本目の先に、もう一つ点を置いた。


「たぶん次、ここ」


「何が?」


「杭」


ノアが北丘陵を見る。


「なんで?」


「間隔がだいたい同じだから」


「それだけ?」


「それだけ」


正確には、それだけじゃない。


調査隊は好き勝手に穴を開けているわけじゃない。


昨日の動きを思い出す。


一本目を調べる。


二本目。


三本目。


毎回、棒を差す。


土を見る。


何かを書く。


そして次へ移る。


これは探しているというより――。


**追っている。**


何かの位置を。


点じゃなく。


流れを。


前世でも似たことはあった。


一日だけ株価が上がった。


それだけなら意味はない。


二日。


三日。


同じようなところで買われる。


出来高が増える。


安値が少しずつ切り上がる。


単独ならただの数字。


でも。


並べると形になる。


相場は、点じゃない。


流れを見る。


「レオン」


ノアが地面の絵を見る。


「で、次はどこなの?」


俺は顔を上げる。


三本目の杭。


その先。


同じくらいの距離。


「たぶん、あそこ」


昨日見た小さなくぼ地を指差した。


灌木が一本ある。


ノアが眉を上げる。


「外れたら?」


「帰る」


「当たったら?」


「もうちょっと見る」


「どっちにしても見るじゃん」


ばれた。


◇


しばらく待った。


調査隊は最初、昨日とは別の岩場を調べていた。


金槌。


記録。


移動。


普通だ。


俺の予想した場所には近づかない。


「外れた?」


ノアが言う。


「まだ」


「もう結構見てるけど」


「まだ」


さらに待つ。


日が少し高くなってきた。


「帰る?」


ノアが聞く。


「もうちょっと」


「さっきからそればっかり」


そのとき。


調査隊の一人が道具を持って移動した。


中央。


三本の杭の近く。


俺は少し姿勢を起こす。


男は一本目を見る。


二本目。


三本目。


そこから先へ歩いた。


小さなくぼ地。


俺が指差した場所。


止まった。


ノアが俺を見る。


俺もノアを見る。


男が灌木の横に杭を打ち込んだ。


四本目。


「……当たった」


ノアが小さく言った。


俺の口元が緩む。


「うん」


「なんで分かったの?」


「並んでたから」


「それだけ?」


「それだけ」


ノアは四本の杭を見る。


今度は地面に描いた俺の点を見る。


「……ほんとだ」


ようやく見えたらしい。


四つ並ぶと、かなり分かりやすい。


緩やかに曲がりながら、丘の奥へ続いている。


「何か追ってるのかな」


ノアが言った。


俺は少し驚いた。


同じことを考えたらしい。


「かもね」


「石?」


「分からない」


これは本当に分からない。


ただ。


昨日より一歩だけ進んだ。


領主側は、北丘陵を適当に調べているわけじゃない。


**ある線に沿って調べている。**


少なくとも、そう見える。


◇


四本目の杭の場所で、調査が始まった。


昨日と同じ。


細長い鉄棒を地面へ差し込む。


最初は浅く。


抜く。


土を見る。


もう一度。


今度は深く。


男が体重をかける。


ずぶ。


鉄棒が入る。


さらに押す。


突然。


カン。


乾いた音がした。


石に当たったらしい。


男は鉄棒を少しずらした。


また差す。


今度は。


カン。


すぐに止まる。


男が横にいる仲間へ何か言った。


聞こえない。


もう一人がしゃがむ。


小さな道具を取り出して、地面を掘り始めた。


土。


土。


土。


やがて。


灰色の石が出た。


普通の石に見える。


男が石の周りの土を払う。


その下に。


ほんの少しだけ。


黒っぽい筋が見えた。


「……」


調査員の手が止まった。


本当に一瞬だった。


でも。


止まった。


隣の男も覗き込む。


「これ――」


声がした。


そこで。


例の使者が近づいた。


「続けろ」


低い声。


調査員が口を閉じる。


「ですが」


「記録だけでいい」


「……はい」


使者はしゃがまない。


黒い筋にも触らない。


ただ、一度だけ見る。


そして。


すぐに別の方角へ視線を移した。


「次へ」


調査隊が動く。


早い。


ずいぶん。


俺は目を細めた。


ノアが小声で聞く。


「今の何?」


「分からない」


「見に行く?」


「行かない」


「珍しい」


なんだ、その反応は。


「調査中だよ」


「昨日まで勝手に丘歩いてたのに」


「許可がある人の邪魔しちゃダメでしょ」


「急にまとも」


失礼だな。


でも。


今は近づく必要がない。


むしろ。


近づかない方がいい。


あの使者は、俺とノアのことを覚えている。


変に動けば目立つ。


それより。


見る。


人を。


黒い筋そのものより、あれを見た人間の反応を。


調査員は止まった。


何か言いかけた。


使者は止めた。


そして、すぐ次へ進ませた。


もちろん。


大したものじゃない可能性もある。


作業上の確認かもしれない。


予定通りだったから、余計な報告を止めただけかもしれない。


でも。


一つだけ確かなことがある。


昨日までと違った。


**あの場所だけ、空気が変わった。**


◇


調査隊はその後も動いた。


五本目の杭。


六本目。


俺は少し驚いた。


四本目で何か見つけたなら、そこを重点的に掘ると思っていた。


でもそうしない。


むしろ。


何もなかったように先へ進む。


五本目。


鉄棒。


土。


記録。


六本目。


同じ。


線は続いている。


「レオン」


ノアが小声で言う。


「これ、ずっと続いてない?」


「うん」


丘の中腹へ。


少しずつ。


曲がりながら。


「道?」


ノアが聞く。


「地面の下に?」


「昔の道とか」


あり得なくはない。


遺跡?


水路?


鉱脈?


地下の岩層?


考えればいくらでも出てくる。


でも。


どれも証拠がない。


だから決めない。


今分かるのは。


**領主側は、地下に続く何かの位置をある程度知っている。**


たぶん。


少なくとも、完全な手探りには見えない。


四本目を俺が予想できたのも、向こうの動きに規則性があったからだ。


つまり。


初めから調査する方向が決まっていた。


「兄ちゃん」


「うん?」


「昨日の馬車って、最初からこの辺に来る予定だったよね」


「そりゃ調査なんだからそうだろ」


「まだ契約決まる前だったのに」


ノアが黙った。


少しして。


「あ」


そう。


そこ。


契約前から道具を用意していた。


さらに。


今日の調査は、好きな場所を探している動きじゃない。


決まった線を確認している。


だったら。


領主側は。


**北丘陵に何かあるかもしれない**


と思って来たんじゃない。


もっと前から。


**何かあると思っていた。**


可能性が高い。


俺は丘を見る。


面白い。


すごく面白い。


でも同時に。


少し嫌な感じもした。


相手だけが情報を持っている取引。


前世なら。


かなり警戒する場面だ。


◇


昼過ぎ。


調査隊が休憩に入った。


俺とノアも木陰でパンを食べる。


「父さんたちに言う?」


ノアが聞いた。


「何を?」


「杭が並んでるって」


俺はパンを噛みながら考えた。


「言ってもいいと思う」


「黒いのも?」


「見えたってだけなら」


「何だったんだろうな」


「分からない」


「お前、今日はそればっかりだな」


「分からないものは分からないから」


ノアがパンを食べる。


しばらくして。


「でも、何かあるとは思ってる?」


今度は少し答えに迷った。


「……何もなかったら」


俺は四本目の杭を見る。


「金貨五枚まで上げない気はする」


「それって、あれが高いものってこと?」


「分からない」


「またそれ」


「でも」


俺は続ける。


「向こうが欲しいのは本当だと思う」


値段。


準備。


契約条件。


調査方法。


全部。


一個だけなら説明できる。


全部偶然かもしれない。


でも。


点が増えてきた。


そして。


点が線になり始めている。


「なんかさ」


ノアが言った。


「お前といると、普通の石まで怪しく見えてくる」


「それはダメ」


俺は即答した。


「え?」


「何でも怪しく見え始めたら、一回離れた方がいい」


ノアがぽかんとする。


しまった。


また少し前世が出た。


「……何の話?」


「石の話」


「石の?」


「石を疑いすぎるなって」


「お前が一番疑ってるじゃん」


ごもっとも。


◇


夕方。


家に帰ると、父が先に戻っていた。


母に今日の調査の話をしている。


俺とノアも座った。


「どうだった?」


ノアが聞く。


父は首を回す。


「思ったより地味だったぞ」


それは俺も思った。


もっとこう。


掘る。


何か出る。


大騒ぎ。


みたいなものを少し想像していた。


実際は。


棒を刺す。


土を見る。


書く。


移動。


地味。


非常に地味。


「何か出た?」


俺が聞く。


「石」


父が答えた。


「石かあ」


母が笑う。


「石を探しに来てるんだから、石が出れば十分でしょう」


その通りすぎる。


「黒いのは?」


ノアが聞いた。


父がこちらを見る。


「見てたのか」


「遠くから」


「何だった?」


父は少し考える。


「さあな。黒っぽい石の層らしい。珍しいものじゃないって話だったぞ」


珍しくない。


使者がそう説明したのだろうか。


「村長も見た?」


俺が聞く。


「ああ。だから持ち出しもしてない」


なるほど。


ルールは守っている。


少なくとも今日のところは。


「明日で調査終わり?」


「あと一日だ」


三日間。


明日が最後。


その後。


領主側が何を言ってくるか。


そこが重要だ。


本当に街道用の石だけなら。


予定通り金貨五枚で話を進めるかもしれない。


もし。


別のものが目的なら。


条件を変えるか。


値段を上げるか。


あるいは。


何もなかったふりをするか。


俺は少し楽しみになっていた。


いや。


かなり。


ノアが俺を見る。


「また笑ってる」


「今日は否定しない」


「珍しい」


「楽しみだから」


「何が?」


「明日」


ノアが呆れたように息を吐く。


「北の丘、好きだなあ」


違う。


丘が好きなわけじゃない。


まだ誰も全部は知らない。


相手が何を知っているかも分からない。


何が価値を持つかも分からない。


それでも。


少しずつ材料が増えていく。


昨日までバラバラだったものが。


今日。


少しだけ線になった。


この感じ。


前世でも好きだった。


答えが出る瞬間より。


**答えに近づいている途中の方が、面白いことがある。**


俺は窓の外を見る。


夕暮れの向こう。


北丘陵は今日も、ただの岩山に見える。


市場眼を向ける。


《北丘陵地・採掘権》


《現在価値:8》


《予測価値:――》


《重大変動》


《判定不能》


変化なし。


「そっちはまだ教えてくれないか」


まあいい。


今日は。


一つ分かった。


数字が出なくても。


人の動きは、ちゃんと並ぶ。


そして。


点が増えれば。


いつか線になる。


明日は調査最終日。


領主側が最後にどこへ杭を打つのか。


俺は少しだけ楽しみにしながら。


今度こそ。


ちゃんと寝た。

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