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異世界にも相場はあるらしい ~元億トレーダー、今世は畑から始めます~  作者: 15モナカ


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3/6

#第3話 値段より、条件を見る



金貨二枚が、五枚になった。


一晩で。


普通なら喜ぶところだと思う。


実際、父も母も驚いていたし、ノアなんて夕食の間ずっと、


「三枚増えたんだぞ」


と何度も言っていた。


分かってる。


金貨三枚は大金だ。


月光草を集めて銀貨三枚半を稼いだ俺からすれば、とんでもない額である。


なのに。


俺は妙に引っかかっていた。


金額が上がったことじゃない。


何かが、気になる。


◇


翌朝。


俺はいつものように畑にいた。


ざくっ。


鍬を入れる。


ざくっ。


うん。


やっぱりいい。


考え事をするときは、身体を動かすに限る。


前世では、何かあるたび椅子に座ったままモニターを睨んでいた。


今は土を掘りながら考えられる。


健康的だ。


「お前さ」


隣でノアが言った。


「昨日からずっと北の丘のこと考えてるだろ」


「考えてないよ」


「嘘つけ」


兄の中で、俺への信用が少しずつ減っている気がする。


悲しい。


「畑のことも考えてる」


「“も”って言ったじゃん」


「あ。」


俺は何事もなかったように鍬を振り下ろした。


「兄ちゃん」


「今度は何」


「金貨五枚って、高い?」


ノアが少し考える。


「高いだろ。うちで一年働いても、そんなに残らないんじゃないか?」


やっぱり。


この村にとっては、かなりの額だ。


「北の丘って、何かに使ってた?」


「いや?」


「昔は?」


「知らない」


「木を取ったり?」


「ほとんど生えてないだろ」


「羊を放したり?」


「足場悪いし」


使っていない土地。


そこから金貨五枚が出てくる。


そりゃ、魅力的に見える。


俺だって何も知らなければ、


「使ってないんだし、いいんじゃない?」


と思うかもしれない。


でも。


前世でもあった。


使っていない土地。


眠っている特許。


赤字会社。


誰も要らないと言っている資産。


そこへ突然、


「買わせてください」


と誰かが来る。


その瞬間。


見るべきものは、提示された金額だけじゃない。


相手が、どれだけ欲しがっているのか。


最初は金貨二枚だった。


こちらが少し問い返した。


それだけで五枚になった。


「……早いんだよな」


「何が?」


「あ、いや」


俺は鍬を止めた。


そうか。


俺が引っかかっていたのは、これだ。


**値段を上げるのが、早すぎる。**


「兄ちゃん」


「うん?」


「採掘権って、何?」


「……昨日からそれ気にしてたのに、そこ知らなかったの?」


痛いところを突かれた。


「だいたいは分かるよ」


「じゃあ何で聞くんだよ」


「どこまで掘っていいのかなって」


ノアも鍬を止めた。


「どこまで?」


「うん」


俺は自分でも少し気になってきた。


石が欲しい。


だから採掘権を買う。


そこまでは分かる。


でも。


「掘ってる途中で、石じゃないものが出てきたら?」


ノアが瞬きをした。


「……石じゃないもの?」


「例えば」


何だろう。


この世界らしいもの。


「鉄とか」


「鉄が出たら……」


ノアが考える。


「掘った人のものなんじゃないか?」


「そうなの?」


「知らない」


二人で黙る。


知らない兄弟だった。


「父さんに聞けば?」


「そうする」


◇


朝食のあと。


父に聞いてみた。


「採掘権?」


父がパンをちぎる。


「また北の丘か」


「ちょっと気になって」


「最近そればっかりだな」


ノアが横から、


「こいつ朝から俺にも聞いてた」


と告げ口する。


「俺が気にしたって、別にいいだろ」


「いいけど」


父が考える。


「採掘権は……その土地を掘って、出てきたものを持っていく権利、だったと思うぞ」


「石だけじゃなくて?」


「契約次第じゃないか?」


やっぱり。


**契約次第。**


そこだ。


「今日、村で話すんだよね?」


「ああ。昼からだ」


「父さんも行く?」


「村の家長は呼ばれてる」


家長。


俺はパンを食べながら、何気ないふうを装って口にした。


「……そういうのって、書いてあることを見てから決めるんだよね?」


父が笑う。


「お前が心配することじゃない」


「うん」


その通り。


俺が契約するわけじゃない。


だから。


あとは大人に任せればいい。


◇


……と思っていた。


昼。


俺は村長の家の外にいた。


「なんでお前も来るんだよ」


ノアが呆れている。


「散歩」


「嘘つけ」


最近、兄の返しが速い。


村の話し合いは、グレゴ爺さんの家ではなく、隣にある集会小屋で行われていた。


家長たちが十数人。


その中に父もいる。


例の領主側の男も来ていた。


俺とノアは呼ばれていないので、中には入らない。


外で薪を運んでいる。


ちゃんと仕事をしている。


そのついでに。


少し聞こえるだけだ。


本当に。


少しだけ。


「それでは、昨日申し上げた通り」


使者の男の声がする。


「北丘陵の採掘権について、金貨五枚をお支払いします」


ざわつく声。


やっぱり五枚。


「期間は?」


誰かが聞いた。


少し間があった。


「十年です」


俺の手が止まった。


十年?


昨日まで、期間なんて聞いていない。


いや。


父が知らなかっただけかもしれない。


「十年も?」


別の男の声。


「石を取るだけなんだろ?」


「街道整備は一度で終わるものではありません。今後も補修は必要になります」


なるほど。


一応筋は通る。


でも。


「掘る場所は?」


「北丘陵の指定区域すべてです」


「どこからどこまでだ?」


紙を広げる音がした。


俺は薪を置き、少しだけ戸口の方を見る。


ノアが小声で言う。


「見すぎ」


「薪置いただけ」


「置いてからずっと動いてないだろ」


俺は戸口から目をそらし、薪を一束持ち上げた。


中では地図を確認しているらしい。


しばらくして。


父の声が聞こえた。


「一つ聞いても?」


「どうぞ」


「ここには、“採掘された物についてはすべて領主側に所有権がある”と書いてあるが」


俺はノアを見る。


ノアも俺を見る。


朝の話だ。


使者が答える。


「通常の文言です」


「石以外のものが出ても?」


少し間。


ほんの少し。


「採掘によって得られたものについては、契約者側に帰属します」


来た。


俺は思わず口を閉じた。


別に驚くようなことじゃない。


父だって、契約次第だと言っていた。


問題は。


石が欲しいだけなのに。


**なぜ“すべて”が必要なのか。**


「じゃあ」


グレゴ爺さんの声。


「石材だけ、と決めておくわけにはいかんかの」


沈黙。


短い沈黙だった。


でも。


俺にはやけに長く感じた。


「それでは、こちらとしても契約の意味が変わります」


使者が答えた。


穏やかな声。


怒ってはいない。


慌ててもいない。


「今回お願いしているのは、北丘陵における採掘権そのものです」


グレゴ爺さんが言う。


「街道の石が欲しいんじゃろ?」


「そのための採掘権です」


「なら石だけでええじゃろ」


「採掘の途中で出る副産物まで細かく定義すれば、作業のたび確認が必要になります」


うまい。


俺は思った。


筋は通っている。


もし石を掘っていて鉄くず程度の鉱石が混じるたび、


「これは持っていっていいですか?」


なんて確認していたら面倒だ。


だから一括。


合理的だ。


ちゃんと説明できる。


この人。


馬鹿じゃない。


むしろ。


かなり慣れている。


◇


話し合いは、すぐには終わらなかった。


大人たちはいろいろ質問した。


道は誰が直すのか。


採掘で崩れた場所はどうするのか。


村人が北丘陵へ入れなくなるのか。


騒音は。


水は。


木は。


俺は外で薪を運びながら聞いていた。


正直。


少し反省した。


俺は「何か隠している」と疑っている。


だから、使者の言葉全部が怪しく聞こえる。


でも。


それは危険だ。


前世でも。


一度「この会社は怪しい」と思った瞬間、


普通の決算まで全部悪く見えることがあった。


逆もある。


「絶対伸びる」と惚れた銘柄なら、


悪材料まで都合よく解釈してしまう。


思い込み。


これが一番怖い。


だから。


今ある事実だけ整理する。


北丘陵は、村ではほぼ使っていない。


領主側は採掘権を欲しがっている。


目的は街道用の石材だと説明している。


最初は金貨二枚。


質問された後、金貨五枚に上がった。


契約期間は十年。


採掘した物は、石以外もすべて領主側のものになる。


そして。


契約前なのに、測量の準備をしていた。


ここまで。


それ以上は推測だ。


「レオン」


ノアに呼ばれた。


「何?」


「薪、同じの持ったまま固まってる」


「あ」


完全に忘れていた。


◇


昼を過ぎても、結論は出なかった。


使者の男が集会小屋から出てくる。


俺は慌てて薪の束を持った。


仕事。


仕事。


男は俺たちの横を通り過ぎ――。


少し止まった。


「君たちは?」


俺とノアを見る。


ノアが答えた。


「薪を運んでます」


「そうか」


それだけ。


男はまた歩き出した。


俺は少し安心する。


しかし。


三歩ほど進んだところで、男が振り返った。


「北丘陵へ行ったのは、君たちか?」


ノアが俺を見る。


俺もノアを見る。


なんで知ってる?


「昨日、道で馬車とすれ違っただろう」


ああ。


そういうことか。


別に見張られていたわけじゃない。


「はい」


ノアが答える。


男は少し笑った。


「危ない場所もある。近づかない方がいい」


「分かりました」


俺も頷く。


普通だ。


親切な注意。


それだけ。


男は今度こそ去っていった。


「……」


俺は背中を見る。


「レオン」


「何?」


「また考えてる」


「考えてない」


「またそれ?」


「何が?」


「考えてないってやつ」


「……」


ノアがこっちを見る。


俺は使者の背中から目をそらした。


「薪、まだある?」


「話そらしたな」


……ばれてる。


◇


夕方。


父が戻ってきた。


「どうなった?」


母が聞く。


父は椅子に座る。


「今日は決めなかった」


俺は少し驚いた。


金貨五枚。


村にとっては大金。


もっと早く決まると思っていた。


「グレゴさんがな」


父が水を飲む。


「十年は長い。いきなり全部の採掘権を渡す前に、一度ちゃんと調べた方がいいって」


いい判断だと思う。


「でも向こうも急いでるらしい」


「街道の工事?」


「そう言ってる」


母が聞く。


「じゃあどうするの?」


「三日だけ、調査を許可する」


俺は顔を上げた。


「調査?」


「どこを掘るのか、どんな石が取れるのか確認したいそうだ」


「掘っていいの?」


「少量の試掘だけ。持ち帰りは禁止」


なるほど。


村も考えた。


いきなり十年間を売らず、


まず調べさせる。


「無料?」


俺が聞く。


父が笑った。


「そこはグレゴさんも抜け目ない」


調査料。


**銀貨七枚。**


ノアが目を丸くした。


「調べるだけで?」


「ああ」


「すげえ……」


俺も同じことを思う。


金貨五枚に比べたら小さい。


でも。


何も決めずに銀貨七枚。


悪くない。


いや。


かなりいい。


「グレゴ爺さん、やるなあ」


思わず言うと、父が笑った。


「誰かさんが余計なこと言うから、慎重になったんだろ」


「俺、何も言ってないよ」


「南の採石場の話をしたんだろ?」


「話しただけ」


本当だ。


決めたのはグレゴ爺さん。


契約を確認したのは父たち。


俺はちょっと気になったことを聞いただけだ。


あとは大人たちが決めることだ。


◇


翌朝。


北丘陵に、領主側の調査隊が入った。


今度は正式な許可がある。


男が五人。


馬車が二台。


測量道具。


鉄杭。


縄。


小さな掘削道具。


村からもグレゴ爺さんと、父を含む三人が同行した。


持ち出し禁止を確認するためだ。


俺?


畑にいる。


当然だ。


「行かなくていいの?」


ノアが意外そうに聞く。


「何が?」


「北の丘」


「なんで?」


「昨日まであんなに気にしてたじゃん」


俺は鍬を入れる。


ざくっ。


「調べるなら向こうが調べてくれるでしょ」


「……そういうもん?」


「そういうもん」


自分で全部やる必要はない。


情報を持ってきてくれる人がいるなら、待てばいい。


前世でもそうだった。


毎日企業へ電話して調査するわけじゃない。


誰かが出した決算を見る。


ニュースを見る。


注文を見る。


その中から必要なものを拾う。


「今日は畑」


「楽しそうだな」


「楽しいよ」


これは本当だ。


一時間後。


俺は北丘陵にいた。


「……畑は?」


ノアが隣で聞く。


「休憩」


「一時間しかやってないけど」


「今日は暑いから」


「涼しいよ」


兄がうるさい。


◇


もちろん調査の邪魔はしない。


俺とノアは少し離れた場所から見ていた。


最初。


調査隊は丘の東側へ向かった。


露出している岩を確認する。


男の一人が金槌で叩く。


欠片を見る。


何かを書き込む。


普通。


石材調査に見える。


次に中央。


また同じ。


そこまでは何も変じゃない。


俺は少し退屈してきた。


本当に街道用の石なのかもしれない。


それならそれでいい。


村は金をもらえる。


街道も直る。


誰も困らない。


「帰る?」


ノアが聞く。


「そうしようかな」


そのときだった。


調査隊の一人が、露出している大きな岩場を素通りした。


ん?


俺は目で追う。


男は何もない地面の前で止まった。


草が少し生えているだけ。


石なんてほとんど見えていない。


そこに杭を一本打つ。


次。


さらに二十歩ほど進んで。


また何もないところへ。


杭。


その次も。


杭。


三本。


俺は眉を寄せた。


「兄ちゃん」


「ん?」


「街道の石を取る場所って、どうやって決めると思う?」


「石が多いところじゃない?」


俺もそう思う。


なのに。


調査隊は、今まで見た中で一番立派な岩場を通り過ぎた。


そして。


何もない場所に杭を打った。


一人の男が長い鉄棒を地面に差し込む。


抜く。


先についた土を確認する。


また差す。


石を見ていない。


**地面の下を見ている。**


俺は黙った。


決めつけるな。


まだ。


ただの地質調査かもしれない。


良い石が地下にあるか調べているだけかもしれない。


そう。


それだけだ。


でも。


俺の中で、昨日より一つだけ確かなことが増えた。


領主側が知りたいのは。


少なくとも。


**地表に転がっている石だけじゃない。**


「レオン」


ノアが俺を見る。


「また笑ってる」


俺は自分の口元に触れた。


本当だ。


「そんなに面白い?」


「うん」


「何が?」


俺は三本の杭を見る。


「まだ分かんないところ」


「……?」


ノアが首を傾げる。


分からない。


だから。


面白い。


月光草は数字が教えてくれた。


でも今回は。


数字が黙っている。


なら。


人を見る。


契約を見る。


動きを見る。


一つずつ材料を拾う。


それでいい。


俺は北丘陵を見上げた。


《北丘陵地・採掘権》


《現在価値:8》


《予測価値:――》


《重大変動》


《判定不能》


表示は今日も変わらない。


「急かすなよ」


俺は小さく呟いた。


答えが出ないなら。


出るまで読めばいい。


どうやら異世界の相場は。


前世より少しだけ――。


焦らすのが上手いらしい。

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