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異世界にも相場はあるらしい ~元億トレーダー、今世は畑から始めます~  作者: 15モナカ


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#第2話 数字が出ないなら



《北丘陵地・採掘権》


《現在価値:8》


《予測価値:――》


《重大変動》


《判定不能》


赤い文字を見たまま、俺はしばらく動けなかった。


判定不能。


昨日まで見たものには、全部数字が出ていた。


麦にも。


月光草にも。


馬にも。


それなのに、北丘陵の採掘権だけは未来の数字がない。


「……面白そう」


思わず口元が緩んだ。


だが。


面白そうだから買う。


それだけで金を出していたら、前世で一億まで増やせていない。


相場には、分からないものがいくらでもある。


上がる理由が分からない。


下がる理由が分からない。


そもそも、自分が何を見落としているのかすら分からない。


そんなときに一番やってはいけないのは、


**分かった気になることだ。**


俺は羊皮紙を持った男を見る。


三十歳くらいだろうか。


腰には剣。


胸には銀色の鳥を模した紋章。


商人には見えない。


男は村長と話していた。


「ですから、土地そのものを譲っていただく必要はありません。今回必要なのは採掘権だけです」


「しかしなあ」


村長が首をひねる。


「北の丘なんぞ、掘ったところで石しか出ませんぞ」


「その石が必要なのです」


石。


俺は少し離れた場所で、月光草の束をまとめるふりをしながら耳を澄ませた。


その石が必要。


鉱石じゃなくて?


俺はもう一度、羊皮紙を見る。


《北丘陵地・採掘権》


《現在価値:8》


《予測価値:――》


《重大変動》


《判定不能》


やっぱり何も分からない。


だったら。


調べるしかない。


◇


夕食の席で、俺は父に聞いた。


「父さん。北の丘って、村のもの?」


「急にどうした?」


「今日、知らない人が村長と話してたから」


「ああ」


父が頷く。


「村の共有地だ。領主様のところから来た人が、掘らせてほしいんだと」


ノアがパンをちぎりながら言った。


「何が出るんだ?」


「石だそうだ」


「石?」


俺とノアの声が重なった。


母が笑う。


「息ぴったりね」


いや。


そこじゃない。


ノアも同じことを思ったらしい。


「石なんて、そこら中にあるだろ」


「そうなんだよなあ」


父も首をひねった。


「街道を直すのに使うとか言ってるらしいが」


「へえ」


俺は豆の煮込みを口に運ぶ。


街道。


それならあり得る。


大量に使うなら、運搬距離は大事だ。


ただ。


「南にも石を取るところあるよね?」


父が俺を見る。


「よく知ってるな」


畑へ行く途中に見える。


それだけだ。


「南じゃ遠いの?」


「いや。町へ運ぶなら、むしろ南の方が近いんじゃないか?」


ふむ。


「いくらで貸すの?」


「金貨二枚とか言ってたかな」


俺はそれ以上聞かなかった。


今のところ分かったのは、


北丘陵である必要がよく分からない。


それだけ。


北丘陵に宝が眠っている。


なんて決めつけるには早すぎる。


◇


翌朝。


「なんで俺まで行くんだよ」


ノアがあくびをする。


「散歩」


「畑は?」


「あとでやる」


「お前、畑好きじゃなかったのか?」


「好きだよ。でも山も気になる」


父からは、最近崖が崩れたから北丘陵へ一人で行くなと言われている。


だから兄を連れてきた。


ノアは十六歳。


一応、大人に近い。


問題ない。


たぶん。


北丘陵までは村から歩いて三十分ほど。


名前は立派だが、実際は低い岩山だった。


木も少ない。


土も薄い。


作物を育てるには向かなそうだ。


「本当に何もないな」


ノアが言った。


「うん」


俺もそう思う。


だからこそ変だ。


価値のないものをわざわざ欲しがる人間には、大抵理由がある。


ただし。


理由があることと、


自分の想像した理由が正しいことは、


まったく別の話だ。


俺は足元の石を拾った。


《灰石》


《現在価値:1》


《予測価値:1》


次。


《灰石》


《現在価値:1》


《予測価値:1》


さらに次。


《石灰岩》


《現在価値:2》


《予測価値:3》


普通。


「何してるんだ?」


「石見てる」


「それは見れば分かる」


丘を少し登る。


崩れた斜面には、黒い石や白い筋がいくつか露出していた。


《黒硬石》


《現在価値:3》


《予測価値:3》


《青鉄鉱》


《現在価値:7》


《予測価値:8》


どれも、とんでもない価値があるようには見えない。


「……違うのかな」


「何が?」


「こっちの話」


やっぱり、市場眼だけ見ていても分からない。


そもそも。


採掘権の価値と、そこに落ちている石一個の価値が同じとは限らない。


鉱山だって、掘る前から全部見えるわけじゃない。


「帰るか」


俺が言うと、ノアが驚いた。


「もういいのか?」


「うん」


「何しに来たんだよ」


俺は少し考えた。


「分からないって分かりに?」


「……?」


自分で言っておいて、十二歳らしくない気もした。


まあいい。


◇


丘を下りている途中だった。


後ろから馬車の音が聞こえた。


俺たちは道を空ける。


昨日の男が乗った馬車だ。


一台。


二台。


三台。


「多いな」


ノアが呟いた。


荷台には木材。


縄。


鉄の杭。


見慣れない大きな筒。


「兄ちゃん。あれ何?」


「測量道具じゃないか?」


「測量?」


「父さんが前に使ってるの見たことある」


へえ。


俺は通り過ぎる馬車を眺めた。


まだ、採掘権の話は決まっていない。


それなのに。


もう測量の準備をしている。


もちろん、別の仕事かもしれない。


北丘陵へ行くとは限らない。


だけど。


俺の中で、一つだけ引っかかった。


**随分、準備がいい。**


前世でも、よく見た。


まだ何も発表されていない。


けれど、誰かの動きだけが妙に早い。


そういうときは。


数字より、人を見る。


俺は馬車が見えなくなるまで眺めていた。


◇


帰り道。


村長の家の前を通った。


庭でグレゴ爺さんが薪を割っている。


「こんにちは」


「おお、レオン。兄弟でどこへ行っとった」


「北の丘」


薪を持ち上げかけていた手が止まる。


「危ないところへ行くなと言われとらんのか」


「兄ちゃんもいた」


俺はノアを指差した。


グレゴ爺さんがノアを見る。


ノアが微妙な顔をする。


責任を押しつけるな、と言いたそうだ。


「何しに行ったんじゃ」


「石見に」


「石?」


「うん」


俺は庭の隅に腰を下ろした。


「本当に石ばっかりだった」


「そりゃそうじゃ」


「南の採石場も石ばっかり?」


「当たり前じゃろ」


「そっちじゃ駄目なのかな」


薪を割ろうとしていた斧が、また止まった。


「何がじゃ」


「昨日の人」


俺は何でもないことのように言った。


「北の丘の石が欲しいんでしょ?」


「ああ」


「南の方が町に近いって父さん言ってた」


「……まあ、そうじゃな」


「なのに北なんだね」


それだけ言って、俺は立ち上がった。


グレゴ爺さんがこちらを見る。


「それから今日、馬車いっぱい来てたよ」


「馬車?」


「杭とか積んでた。兄ちゃんが測量するやつじゃないかって」


ノアが慌てる。


「いや、たぶんだけどな」


「うん。たぶん」


俺は頷いた。


「まだ決まってないのに、準備早いんだなって思っただけ」


グレゴ爺さんは何も言わなかった。


「じゃあね」


俺とノアは家へ向かった。


少し歩いてから、ノアが聞く。


「お前、何か気づいてるのか?」


「いや」


これは本当だ。


「分からない」


「……そうか?」


「うん」


分からない。


だから気になる。


◇


その日の夕方。


村長は領主の使者を呼び戻したらしい。


俺はその場にはいなかった。


夕食のとき、父が教えてくれた。


「グレゴさん、ずいぶん粘ったらしいぞ」


「何を?」


「北の丘の話だよ」


父はパンをちぎる。


「何に使うのか、なぜ北じゃなきゃ駄目なのか、ちゃんと聞くまでは決めんって」


「へえ」


俺は煮込みを食べる。


「向こうはなんて?」


「街道整備だって話は変わらなかったらしい」


なら、俺の考えすぎだったか。


そう思った。


「ただ」


父が続ける。


「金貨二枚だった話が、五枚になった」


俺の手が止まった。


ノアも止まった。


母だけが、


「まあ」


と驚いている。


「三枚も増えたの?」


ノアが言う。


「らしいぞ」


俺は黙った。


説明は変わっていない。


条件も、今のところ同じ。


なのに。


価格だけ上がった。


俺の頭のどこかで、懐かしいスイッチが入る。


売り手が渋った。


買い手が値段を上げた。


それ自体は珍しくない。


問題は。


**どれくらい欲しがっているか。**


金貨二枚で始めた相手が、


少し問い返されただけで五枚まで出した。


それなら最初の二枚は。


相手にとって、かなり都合のいい価格だった可能性がある。


俺は市場眼を思い浮かべる。


《北丘陵地・採掘権》


《現在価値:8》


《予測価値:――》


《重大変動》


《判定不能》


変わらない。


答えは出ない。


でも。


不思議と、前ほど困らなかった。


前世でも同じだったからだ。


チャートが全部教えてくれるわけじゃない。


決算書が全部教えてくれるわけでもない。


数字に出ないなら。


人を見る。


どう動くかを見る。


どこで焦るかを見る。


何に金を出すかを見る。


それも相場だった。


「レオン」


ノアが俺を見る。


「何笑ってるんだ?」


「笑ってた?」


「ちょっと」


俺は口元を押さえた。


まずい。


別に、村の土地が高く売れそうだから喜んでいるわけじゃない。


ただ。


ちょっと懐かしかった。


答えが見えない。


だから、周りを見る。


一つずつ材料を拾う。


そうやって相場を読む。


前世で、何千回もやったことだ。


市場眼があれば、全部分かる。


そんな都合のいい話じゃないらしい。


むしろ。


その方がいい。


俺は窓の外を見る。


遠くに、北丘陵の影が見えた。


「数字が出ないなら――」


小さく呟く。


「自分で読むしかないか」


今世の相場は。


どうやら、思っていたより面白そうだった。

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