個人合宿
西園寺さんの実家である寺の名前は「金剛山東円寺」といい、西園寺ではなかった。ちょっとややこしいがそれはさておき、東円寺は市内北西部の田園地帯にあった。とてもこじんまりとしたお寺で、小高い場所に建てられている。ウチは竹刀と防具その他荷物を抱えてよいしょよいしょと階段を上る。
ゴールデンウィーク半ばから終盤、三泊四日の予定で東円寺に個人合宿させていただくことになっていた。まさかお寺とは思わなかったが、それでも西園寺さんが直々に稽古してくれるっていうんやからテンションが上がるというもんや。
小さな山門をくぐると本堂と住宅が隣接していて、門扉に「当寺に御用の方はこちらへ」という案内と、住宅の方に向いている矢印を描いた張り紙があった。
「ん……?」
古い家には世帯主の名前が書かれた表札が掲げられていることが多いが、表札には「大島朋哉」とある。ご丁寧に「おおしまほうさい」とふりがなつきで。
一瞬、家を間違うたかと思うたが、ほうさいという音読みの名前からしてやはりこの人が寺の住職やろうと推察した。お坊さんの名前はだいたい音読みである。しかし西園寺さんの実家なのに、なんで名字が違うのか。
今考えても仕方ないので、とりあえずチャイムを押した。今どきのカメラ付きインターホンと違い、ただボタンを押して鳴らすだけの古い型のやつであった。
足音がして、引き戸が開いた。
「おー、きたな井出朔」
紛れもなく西園寺さんである。灰色のスウェット姿に裸足というラフすぎる格好で。竹刀は背負っていなかった。
「オス、今日からお世話んなります!」
「あいにく今、じっちゃんは葬祭館に行ってる。葬式の手伝いに呼ばれてな。せっかくのゴールデンウィークなのに大変だ」
「じっちゃんって、大島さんですか?」
ウチが表札に目を向けると、「そうだ」と。
「名字が違うのは母親の家だからだ。とにかく上がりな」
なるほど、西園寺はオトン側の名字か。東円寺の娘が西園寺と結婚。ますますややこしい。
「失礼しまっス」
上がらせてもらうと、古い家独特の甘ったるい香りが鼻をついた。客間に通されたが、縁側のガラス戸は模様が入っているものであった。ひいばあちゃんの家で見たのと同じである。
「これ、渡しとこう」
スケジュール表を渡されたが、ウチは目を剥いた。朝四時起床の夜九時就寝。早寝早起きして食事と風呂以外は稽古やら坐禅やら掃除やら。自由時間がほとんど無い。
「どうだ、修行僧の気分が味わえる贅沢な合宿プランは」
「まあ……いうて三泊四日やからどないもないですよ」
「そうか。それじゃあ早速稽古だ」
「今からですか?」
「晩飯まで時間があるだろう。道具一式を持ってついてきな」
連れて行かれた場所は家の裏。これまた古めかしい建物があったが、中はリフォームされていて近代的な内装を施されていた。床は木製で艷やかな光沢を放ち、奥側に畳敷きの小上がりの場所がある。
「元々は倉庫だったのを改装したんだ。地元住民の催し物や避難所などに使ってるが、じっちゃんの剣道の稽古場でもある」
「はー、きれいですね……ほんまに使わしてもろていいんですか?」
「ああ。そしてお前さんの寝床はあの小上がりだ」
「えっ、そこで寝るんですか?」
「だだっ広い一人部屋だと思えば贅沢だろう。倉庫に寝袋があるからそいつを使いな」
お世話になる身なので文句は言わないが、確かに一人寝るには広すぎる場所だし、なんか怖いな。お寺という場所が場所だけに「出そう」な気もするし……
「お前さん、お化け出そうだと思ってるだろ?」
「ぜっ、全然!?」
「声が裏返ってるぞ。怖いならうちと寝るか?」
真顔で言ってくるから、冗談か本気かわからへんかった。
「い、いやそれは結構ですわ……お化けぐらいどないってこともないですからっ」
「ははっ。ま、出たらじっちゃんに助けてもらいな。それじゃあ、やるか。防具つけな」
「オスッ」
ウチが防具一式をつけている間、西園寺さんは倉庫から竹刀を持ち出していた。
「お前さんの腕を見たことがないんでな、ちょいと打ってきな」
「いきなり相手してくれるんですか?」
「実際に打ち合った方が早いだろ」
「直々に相手してくれるんは嬉しいんですけど、防具つけてませんやん」
「当たらんから心配すんな」
バカにしとるな。よーしみとれ。
ウチは正眼の構えを取ったものの、西園寺さん竹刀をだらりと下げていて、全く構えようとしない。
「西園寺さん、構えてくださいよ」
「これがうちの構えだ」
「ケガしても知りませんよ」
と警告したものの、打ち込んでいいものかどうか迷った。万が一当たりどころが悪かったら大ケガ間違いなしだ。面を打つのはやめておこう。
「イヤアアアッ!」
小手狙いで踏み込んでいった瞬間、西園寺さんの姿が消えた。
「!?」
小手、胴、そして面に重い衝撃が加わる。あのとき聞いたのと同じパパパン、という軽い音が聞こえた。
「うおあっ……」
クラッときて倒れそうになったが、踏みとどまった。竹刀も落とさずにすんだ。しかし三箇所から鋭い痛みが遅れて走ってきて、つい身をよじった。防具が無かったら、間違いなくあのときのドローン犯と同じ目にあっていた。
「ほう、倒れなかったか。割と足腰が強いんだな」
消えていたはずの西園寺さんが目と鼻の先にいた。
「しかし動きがまるわかりだ。ケガさせまいと躊躇してスキができたな」
「くっ、さすがやわ……けどいきなり必殺技出してきます?」
「お前さんが教えてほしいつったからだ。で、どうだ? 自分で食らってみた感想は?」
「めっちゃ痛いっス!」
西園寺さん、大爆笑やった。痛い以外何を言うことあんの……
「だがこれでお前さんの力はわかった。今の力じゃこの西園寺美弥に一太刀浴びせることもできん。安心して打ってこい」
「あ、言いましたね?」
きつい一撃を食らわされて正直、むかっ腹が立っていた上に挑発されたから、もう容赦せんことにした。
「オリャアアアッ!」
奇声を発して、とにかくひたすらに打ち込む。竹刀のぶつかる音が響く。しかしウチの攻撃は面白いようにいなされていく。動きを二手も三手も先を読んどるかのように。
どのぐらい打ってたのかわからなかったが、疲労が出てきて自分でも動きが鈍ったな、と自覚したときだった。
「はい胴」
と言いつつ、西園寺さんが脇の下をしこたま打ってきた。胴で覆われてない部分である。試合や稽古で何度も打たれてきてる場所とはいえ、針を千本ぐらい刺されたみたいに痛い。しかしまだへばるわけにはいかん。
「もう終わりか?」
「まっ、まだまだっ! オリャアッ!!」
一本取れんでもいいから、切っ先だけでも当てたい。そんなウチの想いを西園寺さんは嘲笑うかのように軽くいなして、視界から消えた。
「はい尻」
何と西園寺さん、後ろに回ってウチの尻をぶっ叩いた。べしぃーん! という凄い打撃音とウチの絶叫が剣道場に響いた。
「いっ……てええ! 西園寺さんっ! ケツ竹刀は有効とちゃいますよ!」
「剣道の試合ならそうだろうな。だがこちとら剣道を教えるつもりはない。どういう想定でイメージトレーニングしろ、とうちが言ったか覚えてるか?」
「目につく人間が誰であろうと、いきなり自分を確実に殺しにくるものと思え、と……」
「その通りだ。つまり、うちが教えるのは殺られる前に殺る、生き延びるための術だ」
「そんな大層な……」
「事実、さっきもその気になりゃお前さんの頭を後ろからバッサリいくこともできたんだぞ」
剣道の面は後頭部への打突を想定して作られていない。もしも西園寺さんの力で後頭部をやられたらどうなるか、簡単に想像できる。ウチは身震いした。
「さ、晩飯までまだまだ時間があるぞ。どんどん打ってこい」
「お、オスッ!」
もう、やるしかあらへん。




