個人合宿初日の夜
西園寺さんの祖父、朋哉さんが帰ってきたので、あいさつがてらお出迎えすることになった。朋哉さんはウチよりも一回り小さいおじいさんやが、肌はゆで卵みたいにツルツルしている。
「おお、その子が美弥の言っていた剣道部の子か」
「井出朔です。お世話んなってます」
「……お主、目が死んどるぞ」
いきなりそう言われて苦笑いするしかなかったが、西園寺さんに徹底的にしごかれたんやからこうもなるやろう。
「ちょうどご飯ができたところだ。井出朔にも手伝ってもらったよ」
「あまりこき使うんじゃないぞ」
「いやいやお構いなく。ウチ料理できますんで。これも稽古ですよ」
お寺なので、作ったのは精進料理であった。メインは寺の裏にある竹やぶで取れたたけのこである。茶の間の座卓に並べられた料理に、朋哉さんは目を大きくする。
「おお、たけのこの刺し身もあるのか。これは贅沢な」
「せっかくのお客さんだからな、珍しいモンも食わさないと」
「よし、早く食べてしまおう」
たけのこは取れたてだとエグみが出てないので生でも食べられる、というのを初めて知った。実は先にちょっと味見させてもらったのだが、腹が減っていたこともあってとても甘く感じた。
さて早く食べてしまおう、と言ったものの、まず「五観の偈」という偈文を唱えさせられた。食事の感謝と心構えを説いたもので、全部で五つある。それらを唱えてから「いただきます」となった。
食事中はとにかく無言であった。食器や箸を置くときの音や食べ物を噛むときの音も立ててはいけない。それが禅寺の食事作法だと西園寺さんに前もって教えられていたが、私語厳禁は良いとして音を一切立てないのはさすがに無理であった。でも朋哉さんと西園寺さんはできているのである。たくあん漬けを噛んでも音が一切しないのには驚かされた。
ウチはどうしても音を立ててしまうので、そのたびに二人からの圧をヒシヒシと感じながら箸を動かした。ただでさえ薄い味付けなのにますます味を感じなくなり、せっかくのたけのこの刺し身という珍味もろくに味を感じることができなかったのであった。
「お前さん、音立て過ぎだ」
後片付けしているときに西園寺さんに注意されたが、「んなこと言ったって無理ですよ」と口答えしてしまった。
「一つひとつ、集中して動くんだ。そうすればできる」
でけへん、と言いかけたけどやめた。稽古で余計にしばかれそうだったからである。
次に風呂を使わせてもらったが、西園寺さんのシゴキの痕がくっきりと残っていた。
「うお、何じゃこの色の青タンは!?」
剣道をやっていると青タンをこしらえるのは日常茶飯事だが、西園寺さんがこしらえた青タンの色はめっさ濃かった。骨折しとんちゃうかと疑うぐらいやったが、これでも痛みは肌がヒリヒリする程度で済んでいるし、体はちゃんと動く。一撃で相手を昏倒させるぐらいの力がある西園寺さんのことやから、一応これでも手加減はしてくれているのだろう。こういうところで実力差を思い知らされる。
尻もヒリヒリ痛むが、尻にも青タンができてるかもしれない。しばらくはスーパー銭湯に行けへんな……
体を洗っているときも痛みが走った。今日は四時間ちょっとの稽古であったが、高校の部活とキツさが全然違っていた。だが西園寺さんの技に近づくための一歩である。小さい頃から気合と根性は一番やといろんな指導者に褒められた身、明日も気合と根性で乗り切ってやる。
と、息巻いたものの、湯船に浸かった途端に眠気が襲ってきた。
「ふあああ……」
軽く目を閉じたら、賑やかな光景がまぶたの裏に浮かび上がってきた。
いつも通り登校していた。が、校舎に「祝 全国高等学校総合体育大会 剣道個人戦優勝 井出朔」の垂れ幕がドーンと掲げられているではないか。
そうか、ウチ、ついに全国取ったんか。
『井出朔さん、おめでとうございます!』
『井出朔、おめでとう!』
生徒たちに取り囲まれる。まるで芸能人の気分やった。
『インタビューさせてよ。雑誌の企画があるんだ』
本物の芸能人の生徒に声をかけられた。ついにウチも有名人か。
『あの、受け取ってください!』
贈り物も一杯もらった。食べ物やら何やら。なぜか自分の下着をくれた生徒までいる。やばいやろ。
急に校舎裏に切り替わった。取り囲んでいた生徒たちの姿は消え、目の前には一人の人物が。だけどよく姿形が見えない。
『私とつきあってください』
ああ、中等部時代に相手が全然見つからんかったウチがとうとう……これぞ青春や。剣一筋もええけど、正直、辛いこと嬉しいことを分かち合える相手が欲しかった。ついに叶うんや。
『こんなウチでよければ、ぜひ!』
そう返事した。すると目の前の人物はいきなり服を脱ぎ捨てた。
『ちょっ、ここ学校やで!?』
風紀委員でもあるウチの目の前で、堂々と風紀違反。止めようとしたら、逆に押し倒されていた。
いっ、いきなりそこまで進んでまうんか!?
顔かたちがハッキリしてきた。正体を知ったウチはギョッとした。
『じゃあ、うちがとことんウチを喜ばせてやるからなあ?』
なんで西園寺さんが!!!???
「ぎゃあああっ!?」
光景が、狭い浴場に戻っていた。全部夢まぼろしだったことに安心するどころか、恐怖感を覚えた。
「な、なんちゅう夢を……」
「どんな夢見てたんだ?」
「いや、何て言ったらいいか……!!!???」
横を向いたら、全裸の西園寺さんが!
「ぎゃあああっ!?」
「お前さん、化け物見たような反応するんじゃないよ」
ぺちん、と頭を叩かれてしまった。
「なかなか出てこないから心配したが、風呂ん中で寝てたとはな。ま、そんだけ疲れるぐらい一所懸命やったってことだな」
「す、すんませんでした……」
「で、どんな夢を見てたんだ?」
「インターハイ取りました……」
後半部分は端折った。西園寺さんに襲われかけた、なんて口が裂けても言えへん。
「そうか。頑張って正夢にしな」
「はい。じゃ、上がります……」
湯舟から出る際に、西園寺さんの体を改めて見てみた。服の上からだとひょろっとした感じだったが、実際は細マッチョ体型であった。腹筋は割れてるし、二の腕もそこそこ太い。背中はもっとすごかった。背筋がいい感じに盛り上がっていて、縦筋がくっきりと浮かび上がっている。
ウチも筋肉はそれなりについているが、ゴツゴツしとる岩みたいな感じである。実際、周りからもそう言われたことがある。それに比べたら西園寺さんのは、石の彫刻みたいやった。
「何だ、ジロジロ見て」
「あ、すんません。思ってたよりすごく良い体してるなあと思って」
これは正直に伝えた。すると西園寺さんもウチの岩のような体をジロジロ見てきた。後ろの方も。
「ありゃ、ケツにも青あざができてるな」
「ええっ、やっぱり……」
「明日からケツはやめとくか。形の良いケツしてるからな」
ウチは「失礼しますっ」と、そそくさと浴室から出ていったのであった。
「他に褒めるところあるんちゃうの……」
恥ずかしくってしょうがなかった。
しかし何で、西園寺さんのあんな夢を見てしまったのか。ひとまずは疲れていたせい、ということにしておいた。




