西園寺式イメージトレーニング
西園寺さんに言われた通り、道行く者全てがウチを殺しに来るという想定でどう叩きのめしてやるかというイメージトレーニングを始めた。腰に竹刀をぶら下げて。
「え、何あの子……」
廊下で通りすがった生徒たちが、ウチを見てヒソヒソ声で話している。その生徒たちの顔面に竹刀を叩き込む。ウチの頭の中で。
前から女性教師が近づいてきて、「ちょっと」と声をかけた。
「井出さん、何をぶら下げてるの……?」
「竹刀です。イメトレやってまして」
と話しつつも、教師が胸ポケットから拳銃を取り出して撃ってくるかもしれないと想定する。拳銃を抜いた瞬間に小手で叩き落とし、面を打つ。
「稽古熱心なのは良いけど、あまりその状態でうろつくのは感心しないわ」
「すんません。でも師匠の命令でして」
ウチは勝手に西園寺さんを師匠呼ばわりした。教師は納得してなさげだったが、何も言わずに去った。確実に変な奴やと思われとるが、恥を乗り越えんと西園寺さんの技は手に入れられへん。我慢のしどころや。
奇異の目で見てくる生徒たちを頭の中でしばき倒しつつ、教室に入った。ウチの竹刀を見てみんな引いとった。もちろん、クラスメートたちもしばき倒した。
一時間目は言文で『羅生門』の授業である。下人が死体から毛をむしり取ってカツラを作ろうとしていたババアの言い訳を聞いて悪の道に堕ち、強盗に成り果てるというお話。昨日西園寺さんにやらされたゲームでも強盗プレイをやったので、下人の気持ちがほんのちょっとわかる気がした。
それはさておき、解説しながら黒板に板書している国語教師。振り向きざまにウチにナイフを投げつけてくると想定した。まずかわすとして、次に距離を詰める必要があるが、ウチは後ろの方の席やからそのまま向かっていったとしても出入り口から逃げられてまう可能性が高い。こちらも椅子を投げつけてひるませるしかあらへんやろう。剣道やと間違いなく反則やが、日常的に殺しにかかってくる相手を倒すのにルールもクソもあらへん。
「井出さん、井出さん」
「はいっ!?」
「私の質問をちゃんと聞いてた?」
いつの間にか当てられていたらしい。お小言をちょうだいしたのは言うまでもない。
休み時間になると、クラスメート三人が取り囲んできた。
「井出朔さん、一度スクールカウンセラーに相談したら?」
「なんか、ストレス溜まってそう」
「朝から様子おかしいし。竹刀持ち歩いてさ」
好き放題言われたウチは「大丈夫やって、イメトレしとるだけやから。なはは」と、平気をつくろってみせたのだが。
「私、井出朔さんが最近コジローとお話してるところよく見るんだけど、変なこと吹き込まれたりしてない? あの人みたいなことしてるけど」
「そ、そら風紀委員の仕事で関わること多いし。別にあの人は関係あらへんがな」
ごちゃごちゃ言われるのがイヤやったから、少しウソついてしもうた。西園寺さんは本当は強いんやと言いたかったけど、話したら余計ツッコまれそうな気がした。
心配してくれているクラスメートたちには悪いが、みんなウチの頭の中で面、胴、小手を打ち込んでやった。
「このイメトレ、意外ときっついな……」
放課後になるまで、何人に笑われて、引かれて、その都度何人イマジナリー竹刀を打ち込んだのか。もう自分でもわからんかったが、精神的に応える。これを乗り切るのもトレーニングの狙いのひとつなんやろうけど……
「むっ、何だその竹刀は」
後ろからかけられた冷たさを含む低音ボイス……恐る恐る振り返ったら、須賀野さんやった。
「あ、あの。イメージトレーニングをですね……」
当たり前のことやが、竹刀はみだりに持ち歩くものでもない。没収を覚悟していたが、
「……殊勝な心がけであるっ!!!!」
すごい大声を出してきたもんやから、尻もちつきそうになった。鬼軍曹、須賀野さんの目がビー玉みたいにギラついとる……
「常に敵の存在を想定し、斬り伏せるイメージを浮かべる鍛錬をしている。そうだな?」
「え、はい、その通りです」
ほぼ当たっていた。
「学園の秩序を守る者は、常在戦場の心構えでないといかん。そのまま鍛錬せよ!」
「はっ、はい……」
昨晩、西園寺さんに言われたときと同じく「常在戦場」の四字熟語が出てきた。やはり、西園寺さんと思考回路が似とるんかな……?
須賀野さんが笑うとるところを初めて見たが、例えるなら戦国時代の武将が敵の城を攻め落として燃え盛る天守閣を見て高笑いしている、そんな感じの笑い方やったから逆に恐ろしかった。おかげで須賀野さんから一本取るイメージを浮かべようとしたものの、ウチが始末されるイメージしか浮かんでこなかったのであった。
家に帰っても、西園寺式イメージトレーニングを続けた。家族を叩くのは良心が咎めたので、外から強盗が侵入してくるという想定で。今みたいに飯食ってる最中でも、窓の方を睨みつけつつ。そんなウチを見かねたオカンが注意した。
「あんた、ご飯のときぐらい竹刀は自分の部屋に置きいや……」
「これもトレーニングやねん、堪忍して」
「じゃあせめて目の届かんとこに置いてんか。椅子に置かれると嫌でも私の目に入ってくるんよ」
さすがに竹刀をぶら下げたままで飯は食えんので隣の椅子に置いていたが、仕方なしに床に置くことにした。
玄関ドアが開く音がした。オトンが帰ってきたんかな。
「おおーっ、唐揚げやんけ!」
兄貴の温の方やった。強面でごつい体格をして見た目はオッサンだが、たった三つ年上の料理系専門学校生である。
「兄貴、今日バイトちゃうの」
「臨時休業や。おやっさんと息子さんが神社の祭りの会合に出ることになってな」
兄貴は専門学校進学を決めた直後から、姫沼駅近くの串料理屋でバイトをしていた。将来は自分の店を持ちたいという野望を持っているらしい。
「味見したろ」
「あっ!」
兄貴がひょいと唐揚げを一つつまんで口に入れやがった。ウチはすぐさま竹刀に手をかけ、鞘から抜刀した。
「ちょ、ちょっ、何持っとんねん」
「勝手に人のをパクんな!」
パシィ! とケツから小気味良い音が、口からは「オゴッ!」と汚い声が漏れた。家族を叩くのは良心が咎めるものの、兄貴に関しては撤回して叩くことにした。
でも、西園寺さんやったらきっと唐揚げに手を伸ばしてくることを読んで先手打ってたやろうな。




