夜のお相手(意味深)
「夜のお相手って、何するんです……?」
「お前さんはもう高校生だ。言わなくてもわかるだろう?」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる西園寺さん。やっぱり、そういうことなんやろうな……
その辺の知識は、中等部に入学した直後から間接的に教わっていた。女子どうしの恋愛が盛んな学校であり、恋愛が盛んな環境だからそういった情報を見聞きしやすいわけで。
ウチが剣道部に入部したときも、先輩の大半が恋人持ちやったしな……しかしその中でもウチは色恋沙汰と無縁のまま中等部時代を終えてしまったのであるが。
しかし大人の西園寺さんが、未成年のウチと進むところまで進もうとしている。それが公になったら犯罪や。
それでもウチは即否定できんかった。あの西園寺さんの技をどうしても教わりたい。その一心が迷わせたのだ。
生徒たちが次々と登校してきて挨拶を交わす声がするが、ウチの耳に届いていなかった。考えに考えたあげく、決意した。
「わ、わかりました……ウチも覚悟決めます。明日の夜ですね?」
「いいんだな?」
「その代わり、絶対教えてくださいよ!」
西園寺さんはため息をひとつついて「わかった」と言った。
「じゃ、うちがとことんウチを喜ばせてやるからな」
ねっとりとした声色で言われた。強くなるためには何か犠牲にせなあかんのや、とウチは自分に言い聞かせた。
*
そして翌日の夜、西園寺さんが指定した時間に学園までやってきた。校舎から明かりは消え、正門は当然閉まっている。
しかし向こう側に西園寺さんが立っていた。「来たか」と、ウチの姿を認めると鍵を開けて門を開いた。
「入りな」
「お……オスッ」
深呼吸して敷地に入り、詰所の中に案内された。机にカップラーメンの容器と、昨日ウチが渡したエナジードリンク『パワージェネレーション』が置いてある。
「お前さん、いい香りしてんな。風呂入ってきたのか?」
西園寺さんはウチの頭に鼻を近づけてくんくんと嗅いだ。
「そりゃ……することするんですからキレイにしとかんと……」
「プッ……アハハハハハッ!」
何わろてんのこの人。
「いや、そんなムスッとした顔すんな。言う通りちゃんと覚悟決めてきたんだな」
「う、うまくできるかどうかわかりませんけど、よろしくお願いします……」
「わかった。じゃあそこの椅子に座れ」
もう一度深呼吸して、座った。ウチと西園寺さんしかいない詰所。さあ煮るなり焼くなり好きにしやがれ、といったところである。
肩を触られて、ウチは目をつむった。次に、何か硬いものが頬に触れた。
「これ、やってみな」
「はい?」
目を開けたら、携帯ゲーム機があった。しかもウチが生まれたときぐらいに売られてた古いヤツ。画面には『ASHIGARU』というタイトルが映り、バックにはちょんまげ頭で具足姿のいかつい男が刀を構えている。察するに、戦国時代モチーフのアクションゲームやろう。
肩透かしを食らわされて失笑してもうたが、西園寺さんは「良いからやってみろ」と念押しする。
「操作はチュートリアルで覚えられる。まあ単純に人を斬るゲームだ。でも面白いぞ」
これが果たして西園寺さんの剣技につながるのか。半信半疑どころか無信全疑のウチは、それでも言われるがままにやってみた。
ゲームの流れはこんな感じやった。主人公の足軽が大名から下される数々の任務をこなし、褒美をもらう。たまに村人の依頼を受けて極悪人を退治してお礼をもらったり、そんじょそこらの一般人を斬り捨てて金品を奪う外道プレイもできる。とにかく金を稼いで良い装備を整え、困難な任務をこなしていく。その繰り返しである。
しかし逆に、一般人が急に攻撃してくることがあった。
『おいてめえ、金目のもんおいていきやがれ!』
村に入った途端、いきなり農民に喧嘩を売られてしまった。こっちは一人に対して相手は五人。刀狩令の前の時代なので農民でも刀で容赦なく攻撃してくる。
「ちょっと待て! この農民ども強すぎるやんけ!」
バシバシ斬られて体力ゲージが半分ほど減ったところでバサーッと袈裟斬りにされ、主人公の足軽が『ぬわああ』と情けない悲鳴を上げて即死。斬られどころが悪いと一撃死するというリアル仕様である。
「えっぐ~……」
「ははは、経験値をもっと積まないとな」
ウチは意固地になってとにかく雑魚敵を捕まえては切りまくって経験値を稼いだ。しかし人探し任務で城下町で聞き取りをしていたら、今度は唐突にフツーの町娘に後ろから短刀でブスーッと刺されてしまった。『ぬわああ』から画面が暗転し、『討死』の真っ赤な文字が映る。
「はああああ!? ふざけとんのかこれ!?」
「これがこのゲームの醍醐味かつ理不尽要素の一つだ。戦場でなくても誰がいつ敵になるかわからない。常在戦場の心構えを説くゲームだから……って開発者が言ってた」
常在戦場、は須賀野さんの口癖でもあった。あの人が見えとる世界観でもあるんやろか、この理不尽ゲーム。
「と、とにかく油断したらあかんってことですね」
「そう、やられる前にやるつもりでいきな」
一応、ストーリーとしては下剋上を達成し大名となることを目的しているが、ウチは大名どころか通り魔に成り果てていた。そうしないとゲームがクリアできひん。目に付くもの全てを敵とみなさないといけなかった。悲惨な戦国の世を現すゲームやな……
それでもウチはついに、戦場で大将首を取ることに成功した。戦場を一人駆け抜けて突撃して一つの大将首を取るのに、何百人もの罪なき人を犠牲にして経験値を得る必要があったが、ゲームとはいえ少し心が痛い。
「おー、なかなかやるな。もう良い時間だ、ここまでにしとこう」
西園寺さんは携帯ゲーム機を取り上げた。
「夜の相手は、これでしまいですか?」
「そう。面白かったろ?」
「ま、意地になってまうぐらいには。で、最後までつき合うたんやから教えてくれるんですよね? ね?」
「ははは、そう急かすんじゃない」
西園寺さんは椅子に座り、携帯ゲーム機を指さして言った。
「うちの技が欲しけりゃ、まずこのゲームの足軽と同じことをやってみな」
「……は?」
「お前さん、うちが竹刀を背負ってる理由がわかるか?」
今の西園寺さんも竹刀を肌身離していない。
「そりゃ、不審者に即対応できるために」
「違う。道行く人を見てはこいつでどう叩き殺してやろうかと常に考えてんだ。目の前にいるお前さんもな」
いつもうつろな目に、ギラリと光るものを見てしまった。ウチの背筋にゾワッ、と何百匹もの虫が這うたような感覚に襲われた。
ずっと、ウチをそういう目で見とったんか……
「だが、今の世で実際にやったらお縄だからな。だからイメージトレーニングにとどめている。お前さんもカバンを持っている生徒を見たら中からナイフを取り出して襲いかかってくるものと思え。教師が授業中にスーツの下からハジキを取り出して撃ってくるものと思え。そんときにどう竹刀を叩き込んで斃すかをイメージしてみろ。いや別に殺さなくても良いし、一本取ってやるでも構わん。ただし、目につく人間が誰であろうと、いきなり自分を確実に殺しにくるという想定はしろ」
「は、はい……」
すっかり、西園寺さんに気圧されていた。
「じゃあ、こいつをやろう」
西園寺さんはロッカーから一振りの竹刀を出してきた。西園寺さんが背負っているものと同じく、鞘付きの。
「今からうちと同じように、四六時中そいつを身に着けろ。そいつは腰にぶら下げるタイプのものだ」
「これをずっとですか? 学校の中でも……? 家でも……?」
「四六時中と言っただろう。常在戦場だ。技を身に着けたかったら、言うこと聞きな」
西園寺さんみたいな格好をするのは気が引けるが、あの「パパパン」という技の魅力には抗えない。
「……でも、家で家族を叩くのだけは勘弁してもらえますか?」
「まあ、さすがに家族はな。それは除外していいや」
「わかりました。じゃあ、やってみます……」
ウチは竹刀を受け取った瞬間、ふと魔が差して、一度試すことにした。
――不意打ちの面を食らしたる
西園寺さんは大きなあくびをして、隙だらけに見えた。やるなら今やと柄に手をかけた瞬間、西園寺さんがウチの手を掴んだ。
「うわっ!?」
「さっそく不意打ちか。風紀のくせに悪い子だな」
「な、なんでバレたんや……」
「顔。フェイスだよフェイス」
顔色に出ていた、と言いたいらしい。自分ではそんなつもりはなかったのに。たちまち、ウチの顔に冷や汗が浮き上がった。
「しかしお前さん、良い手してんな」
手を褒められたのは初めてだった。小さい頃から竹刀を握ってきたせいでゴツゴツ感あふれる手になってしまったことが少しコンプレックスでからかわれもしたが、褒めてきたのは西園寺さん以外誰もいなかった。
西園寺さんの手もウチみたいにゴツゴツしていた。しかも暖かい。
「間違いなく上達する者の手だ。精進しなよ」
西園寺さんはそう言って、ウチの手を優しく撫で回した。恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになってしまったウチは、「ひゃいっ! 精進しますっ!」と裏返った声を出してしまったのであった。




