星花女子学園剣道部
ウチのクラスである普通科一年三組。クラスメートの内、中等部からの持ち上がりと外部からの入学が半々といったところであったが、外部入学組の中には県外から来た子が何人かいて、その中に切久保薫という長野出身の子がいた。この子は実家がド田舎の観光地にあると言っていたものの、前髪をぱっつんにしたツインテールの髪型は可愛らしく垢抜けていた。
面白いことに、自己紹介によるとスポーツチャンバラを習い事でやっとったらしい。柔らかい剣で叩き合う、チャンバラごっこをスポーツ化した競技である。スポチャンやってたなら剣道もいけるやろという安直な考えで、ウチは声をかけた。
「切久保さん、ウチ剣道部なんやけど一緒にやらへん? 剣道も面白いで」
「やるやる! 一度メェーン! ってやってみたかったの!」
あっさり了承してくれて、早々と新入部員を一名ゲットした。実は剣道部は良く言えば少数精鋭という状況なので、一人でも多く部員を確保しておきたかった。人数少ないと雑用の負担が増えるし。
早速放課後に武道場に連れていくことにしたが、道すがら切久保さんから聞いた話では、一個上の学年に同郷の幼馴染がいるとのことである。幼馴染の先輩が里帰りしてきた際に星花女子での楽しい学校生活を聞かされるうちに、自分も進学したいと考えて越境入学してきたそうだ。
「井出朔さんは関西弁だけど、寮住まいなの?」
なぜかウチのことをイデサクとフルネームで呼ぶ人が多いが、切久保さんも例外やなかった。でもその呼び方はウチは気に入っていた。
「いや。実家はこの辺。でも生まれた場所は姫路。オカンの故郷で生まれてん」
「姫路って、どこだっけ? 岡山?」
「行き過ぎや。もうちょい東の方。兵庫や」
「ごめーん。私、社会苦手でさ」
入試の難化が進んでいる星花女子でも、姫路の場所を知らない新入生がおるもんかと呆れた。ウチも賢くないけど、切久保さんの故郷が長野にあることぐらい知っとるで。冬は海外からのスキー客で賑わうことで有名やし。
武道場は体育館の中にある。入るとホンマに武道場かと言いたくなるほどのフローラルな香りが漂っていた。臭い対策のために超強力な大型芳香剤を設置しているためである。臭い対策に関してはそんじょそこらの武道場よりも立派であった。
「オスッ、ご新規一名ご案内でーっす」
「居酒屋かっ!」
ツッコミを入れてきたのは主将の加藤保真礼さん。ただひとりの高校三年生部員でもある。ハンサムショートにメガネ姿と、見た目はちょっと大人びていて文化部っぽいけどバリバリの体育会系である。
「その子が入部希望者?」
「はいっ、切久保薫です!」
切久保さんはご丁寧にも、スマホで自分の名前の漢字を見せた。
「『切』という文字が入ってて名前は剣道向きね」
「昔はスポチャンで切りまくってました。竹刀でメェーン! ってぶった切りたいです!」
「スポチャンと剣道は全然違うんだけれど……まあいいわ。まず見学してから、入るかどうか決めてちょうだい」
そういうことで、人が揃ったので剣道着に着替えて稽古開始。まずはストレッチから入るが、我が剣道部では怪我防止のために結構時間をかけてやっている。ウチも小さい頃からオトンによくストレッチはちゃんとやっとけと口酸っぱく言われ続けて、体を柔らかくするために酢も飲まされてたが、その甲斐あってか股割りできるぐらいにまでなった。
次に竹刀を持った状態で足さばきの練習。それが終わると素振り。それから打ち込み台を使ってひたすら基本打ちを繰り返す。
ちらりと横目で切久保さんを見たら、なんと居眠りしとるやんけ。ウチは中断して、切久保さんの鼻を竹刀でツンツンした。
「んあ?」
「んあ、ちゃうわ! 起きい! 見学させてもろとって失礼やろが!」
「だって地味なんだもん……もっとこう、人と人が打ち合うのが見たいんだけど」
「今日は基礎練習や。実践練習は明日や」
「えー、打ち合うところが見たーいー見たーいー」
こっ、こいつは……剣道部の後輩やったらかちまわしとるところやぞ(体罰になるから絶対やらんけどな)。
しかし声かけたんは失敗やったかもしれん、と後悔しはじめたところで、加藤さんが話に入ってきた。
「じゃあ、特別に見せてあげようか。井出朔、防具準備して。地稽古やるから」
「お、オス」
緊急で加藤さんと地稽古をやるはめになってしもうた。ウチはヤケクソになって、いつもより大きな掛け声で加藤さんを打突しまくった。
「ちょ、ちょっと井出朔。気合入りすぎじゃない?」
鍔迫り合いになった折に加藤さんが弱々しい声で話しかけてくるもんやから、嫌味を言うたった。
「だって新入生に見せたらなあかんでしょ?」
「あっそう、先輩を立てようって気が一切無いのね……だったら私も本気でいくわよ!」
加藤さんは奇声を上げてやたらめったらと打突してきたが、動きが大きすぎて隙だらけやった。加藤さん、ガードは硬いけど攻めると割と隙ができるんよな。応じ技仕掛け放題やけど、ちと冷静になったウチは主将を引き立ててあげるために敢えて技を受けた。
切久保さんはさっきまでと打って変わって、目ん玉をキラキラさせて稽古を見つめている。でもウチと地稽古するときになって、果たして同じ目でいられるやろうか。面の下でウチはゲスい笑みを浮かべていた。
ひとしきり打ち合ったところで、加藤さんが改めて「こんな感じだけど、どう?」と切久保さんに感想を求める。
「すごいです! やっぱ剣道は迫力がありますね。入部します!」
まあ、せいぜい頑張りやといったところである。
しかし今日は疲れた。精神的に。今日は早よ寝よ……。
*
八時間ぐっすり寝たら疲れはすっかり取れていた。いつも通り朝飯をがっつり食うて登校する。
「よう、井出朔」
詰所の前で声をかけられた。西園寺さんやった。
「おっ、西園寺さ~ん、ちょうどええとこに会うたわあ」
ウチは満面の笑みで近づいた。実は西園寺さんに渡すもんがあった。
「これ、つまらんもんですけど差し入れです」
「ほう、こりゃ大層な」
定期テスト前の一夜漬けでお世話になっているエナジードリンク、『パワージェネレーション』の詰め合わせである。
「遅番で夜中起きとくの大変でしょ? こいつでカフェインをガツンとキメたってください」
「じゃあありがたく頂くことにしよう」
「それでですね……」
「技は教えてやらんぞ」
先に言われてしもうた。
「そんな、受け取っといてそれは無いわー西園寺さ~ん……」
「エナジードリンクじゃ全然足りんな」
ウチは食い下がった。
「じゃあもし、これくれたら教えたる! ってものはありますか? あ、一千万円以外で」
「お前さん、どうしても教わりたいか?」
「もちろん!」
西園寺さんは「う~ん」と考え込む仕草をした後、ポンと手を打った。
「よし、じゃあ明日が遅番なんだが。ちょいとつきあってもらおうか」
「何にです?」
「夜のお相手さ」
鼻水が吹き出そうになった。




