高校生一日目にしてやらかす
卒業式は無事終わり、束の間の春休みは特に何事もなく過ぎ去り、そして今日の入学式に至る。
「星花女子学園が新しく生まれ変わってから、今年で十周年の節目を迎え……」
壇上では若き理事長がお話をされていたが、右耳から左耳に抜けている状態であった。あの西園寺さんのパパパンという竹刀さばきの光景が、まだ脳裏にこびりついて離れず延々と再生されていた。
一切無駄な動きがなく、タメも作らずに繰り出された技。目には見えなかったが、小手、胴、面をほぼ同時に叩き込んでいたに違いない。でなければ三つ重なったような打撃音がするはずがない。
あの動きができれば、ウチが高校剣道界の頂点を掴むことだってできるかもしれない。そしたらウチも星花の有名人の一人になれる。この体育館に入り込んどるマスコミのカメラがウチに向けられるかもしれん。芸能人の生徒と一緒にインタビューを受けて……
「井出さん、井出さん」
後ろから突っつかれて我に変えると、みんな立ち上がっとる。壇上にはいつの間にか吹奏楽部と合唱部がいて、校歌を歌っとった。最悪なことに、ウチの席は来賓席の近いところにあった。恐る恐る来賓席を見たら、お偉いさんたちの視線がウチの方を向いとった。慌てて立ち上がっても後の祭り。やってしもうた……
さらに最悪やったのが、放課後に須賀野さんに呼び出されたことである。
「井出朔。貴様、入学式で校歌斉唱の際に座っていたらしいな」
「な、何で知っとるんですか……」
「生徒会長から聞いたのだ、このたわけが!」
会長にも失態を見られていたのだ。そして鬼軍曹にチクって。ドローン犯にアーミーナイフを向けられたとき以上の恐怖感が襲いかかる。
「座れ」
「はい……」
「椅子ではない! ここに座れ!」
須賀野さんは風紀委員室の冷たいリノリウムの床を指さした。正座は慣れとるけど、剣道の黙想と違いお説教での正座は辛いの一言である。オトンに怒られるときと一緒やし。
風紀委員たるもの生徒たちの手本となる振る舞いなんちゃらかんちゃら、とクドクドしたお説教が小一時間ほど続いた後に解放された。これでもまだ校則違反者に対する罰に比べたらマシである。須賀野さん、軽い校則違反でもスクワットや腕立て伏せやらせるし、重大な違反者はお寺行きにするからなあ。競輪の選手かっちゅうねん。
部活もあまり身が入らずで、いいところ無しの高校生一日目であったが、帰り際に自転車置き場で「よう」と声をかけられた。
「あっ、西園寺さん」
そうか、今日は遅番に回っていたんやったな。
「お前さん、元気無いな。どうした?」
「ちょっと聞いてくださいよー。もうかくかくしかじかでえ……」
「うん、そりゃお前さんが悪いな」
「うぐっ」
心臓に突きを食らわされたような感覚に襲われた。
「えー、慰めてくれへんのですか?」
「悪いがガラじゃない。お母ちゃんにしてもらいな……ん?」
西園寺さんはウチの竹刀袋に目を向けた。
「お前さん、剣道部だったか?」
「いや、前から登下校のとき見てましたやん……ウチが竹刀袋持ってるの」
「全然意識してなかったから気づかなかった。校歌のときのお前さんと一緒だな」
「うぐっ、そこでまた傷えぐるかあ……かなわん人やなホンマにもう……」
西園寺さんは大笑いした。こっちは笑いごとちゃうのに。
「まあ、そういうことやからウチは西園寺さんに竹刀さばき教えてくれって頼んだんですよ……ねえ、改めて教えてくださいよー」
「やだ」
一秒も経たずに即答。
「ウチ、これでも中等部時代は全中出てベスト4入っとるんですよ。そんじょそこらの剣士と違うんで」
すると西園寺さんは人差し指を立てた。また前みたいに一千万払え言うておでこを突っつくつもりか。
と、思うたら「これ何本に見える?」と聞かれた。
「一本、ですけど」
「違う、三本だ」
「はあ!? いやいや、一本でしょ?」
「剣の達人には三本の指が見えるが、未熟者には一本しか見えない。残念だったな」
じゃあな、と後ろ向きで手を振って行ってしまった。
「裸の王様かっちゅうねん!」
ほんまにかなわん人である。しかしこれで諦めると思うたら大間違いじゃ。何としてでも教えてもらうで、西園寺さんよ。




