星花女子学園の名物警備員さん
名物警備員が名物たる理由は竹刀であった。この人は四六時中、竹刀を背負っているのである。
竹刀は紐がついた鞘に入れて肩がけにしていた。登下校時間帯に校門で立っているときも竹刀。警備で敷地を見回っているときも竹刀。晴れていようが雨が降ろうが竹刀。時々鞘から抜き出して、野球の素振りやゴルフの素振りをしていることもある。
その上、この人は目つきはいつも二日酔いちゃうかと疑いたくなるぐらいうつろであった。みんな影で危ない奴だと言うとったが、まあ奴というても赤羽さんと同じく女性なのだが、長身でひょろっとした体格と、生きとるのか死んどるのかはっきりせん目つきから「実は只者じゃない」というキャラ付けがされていき、いつしか剣豪の「佐々木小次郎」というあだ名がつけられていた。さらに縮めてウチみたいに「コジロー」と呼ぶ生徒もおった。
ウチは剣道部なので、「コジロー」の竹刀を見ると気になって仕方なかった。同時に赤羽さんと違うて仕事できなさそうな人やな、という印象も持っていた。この人、登下校と警備のとき以外はいつも詰所でスマホを眺めているのを目撃されていたし、実際にウチも目の当たりにしたからである。「コジロー」含めて四人の警備員がいるが、序列をつけるなら間違いなく四番目という感じであった。
その「コジロー」が赴任してきたのは昨年の立成二十年九月、二学期初め。ちらっと聞いた話では、赤羽さんたちの負担を減らすために増員されたという。こんな変わり者をよこしてくるなんて、警備会社はよほど人手不足なんやろかと失礼なことを考えたりもした。
しかし、まさかウチがこの「コジロー」と深く関わることになろうとはこのときは思いもしなかったのだが……。
年明けの一月。ウチはスカウトを受けて半ば無理やりに近い形で風紀委員に入ってしまった。一応、ウチは全中でベスト4に進出した実績があったから、腕っぷしの良い人材を求めていた、新風紀委員長の須賀野守さんに目をつけられたのであった。この人は「コジロー」以上の星花女子学園の名物生徒なのだが、その名物ぶりをいちいち取り上げるとキリが無いので今は触れないでおく。
とにかく、そういう経緯で中等部卒業間際という中途半端すぎる時期に風紀委員になったのだが、その仕事の一つに警備記録を警備員から受け取ってくるというものがあった。
最初の仕事で相手したのが「コジロー」だった。案の定、詰所の中でスマホを眺めていた。
「すんませーん……」
「あ?」
「あのー、風紀のモンですけど、警備記録を受け取りに来ました」
「ああ、ちょっと待ってな」
快活な赤羽さんと真逆の気だるい返事をして、チョイチョイと画面をタップした後、「コジロー」はめんどくさそうに警備記録を渡してきた。
「ん? お前さん見かけない顔だね」
「この前風紀委員に配属になったばかりなんで」
「そうか。ヤサはどこだい?」
「ヤサ?」
「家だよ」
「空の宮市の野宮北地区ですけど、生まれたとこは姫路です」
「姫路か」
何か少し謎の違和感を覚えたが、このときはすぐに気にならなくなった。それよりも早く仕事を済ませたかった。
警備記録には西園寺美弥、とフルネームで署名されていた。名前だけは佐々木小次郎並に立派であった。
「じゃ、失礼します」
「ちょっと待て。名前を聞いとこうか」
「井出朔です」
「イデサク? 男っぽい名前だな」
多分、「イデサク」をまるまる下の名前だと勘違いしとるんかなと思うた。ウチは「井出が名字で朔が名前です」と補足したら、やっぱり勘違いしていたらしく「ああ、井出・朔か。悪かったな」と謝ってきた。最低限の礼儀はあるらしい。
「井出朔、井出朔だな。よし覚えた。じゃ、また頼むな」
そう言って「コジロー」改め西園寺美弥さんは、またスマホを眺めだした。
やっぱり変わっとるなー、と思うた。
翌日も警備記録を取りにいったら、今度は赤羽さんが詰所にいた。赤羽さんとは登下校の折に挨拶を交わしてはいたが、仕事でお話しをしたのはこのときが最初であった。
「ウッス。新顔の井出朔さんだな?」
「え、ウチのこと知っとるんですか?」
「業務日誌に書かれてたからな。君、『コジロー』と会っただろ?」
「はい、昨日ちょうど」
あの人はウチが来たことをちゃんと日誌につけとった、ということになる。そこはちゃんと仕事してたんやなと思うた。
「てか、ウチらが『コジロー』呼ばわりしてるのも知っとるんですね」
「まあ風の噂で聞こえてくるぐらいにはな。本人も知ってるよ。割と面白がってた。でもあいつは本当におもしれー女だよ。愛想悪いように見えるけどな」
赤羽さんはそう言いつつ、警備記録に署名して「ほいよ」とウチに手渡したのであった。
記録を風紀委員室に持ち帰ると、須賀野さんがいて難しい顔をしながら書類仕事をしとったからちょっとビビってしもうた。委員長は自他に厳しく秩序を重んじる軍人気質であった。だから「軍曹」なんてあだ名がついとったが、実際、父親は陸自の幹部で祖父は元空自のパイロット、曽祖父は旧日本海軍の士官というガチの軍人家系なのである。
先日は須賀野さんが不在だったので副委員長の犬塚玉緒さんに渡したが、この日は須賀野さんに直接渡さないといけなかったから緊張してしまった。
「警備記録です。よろしくお願いします」
「うむ」
須賀野さんが受け取り、ウチはそそくさと退室しようとしたものの呼び止められた。
「は、はい何でしょう?」
「昨日は『コジロー』から記録を受け取ったらしいな」
「はい」
「あの人の目はどうだった?」
「はい?」
「目はどうだったか、と聞いている」
想定外の問いかけに戸惑いつつも、正直に答えた。
「生きとるのか死んどるのかわからへんぐらい、うつろな目でしたけど」
「それは幾多もの死線を乗り越えてきた者の目だ。あの人は只者ではないぞ」
何か嬉しそうに話す須賀野さん。からかっとるのか本気なのかわからんかったから「はあ」とあいまいな相槌しか打てへんかった。須賀野さんも人と感性がズレているところが多々あるから、まともに聞かんことにしたのだが。
しかし後日、須賀野さんの言うことが正しかったことが証明されるのであった。




