西園寺さんの過去
「めんっ!! めんっ!! めぇぇんっ!!」
七台の打ち込み台の面に連続して打ち込んでいく。ただ闇雲に打つのではない。西園寺さんがやむなく急な仕事で離れる前、ウチを映した動画を見せて足さばきの改善点を挙げてきた。その指摘を意識しつつ、ひたすら打ち込みまくった。
一人稽古は人の目が無い分どうしても甘くなりがちである。しかし西園寺さんの仕事はウソで、本当は天井裏に潜んでいてウチを見張っとるかもしれへん。そういうつもりで、ひたすら稽古した。スクワットの刑は二度と受けとうないし。
「おーい、ちょいと休憩せんか」
朋哉さんが来てくれた。ウチは動きを止めた。
「檀家さんからの貰い物じゃが、イチゴでもどうじゃ」
「うわ、おっきいですね! いただきます!」
皿に盛られた大粒の真っ赤なイチゴ。面と小手をパパッと外して、さっそく頂く。おっと、その前に合掌していただきます、やな。
「めっさうまいです!」
「そりゃよかった。茶もどうぞ」
春は新茶の季節でもある。特にお茶はS県の名産品であり、年中通して穏やかな気候で育まれた茶葉の質は日本一と言っても言い過ぎではない。
イチゴの甘さとお茶の香り。このハーモニーが疲れた体に染み渡る。ちょっとした極楽やった。
「ところでお主、話し方からして関西の方じゃな。どこの生まれじゃ?」
「姫路です」
「なんと、姫路か。これも何かの縁じゃの」
「縁って?」
「実はの、美弥も姫路の生まれなんじゃよ」
「ええっ!?」
西園寺さんが関西弁を使うところを聞いたことがない。そんなアホなと思うたが、あっ、と気づいたことがあった。
最初出会ったときに西園寺さんに生まれを聞かれ、姫路と答えたときである。S県民であればヒメジの「ヒ」にアクセントをつけて発音するが、西園寺さんは「メジ」にアクセントをつけていた。このアクセントのつけ方は、実は関西人の特徴の一つなのである。
星花の生徒は大半が地元のS県で、県外出身者もいるがウチみたいに関西にゆかりのある生徒はごくわずかしかいない。だから周りと姫路の話題をする場合は「ヒ」アクセントしか聞こえてこない。しかし西園寺さんはウチと同じく「メジ」アクセントで話していたのだ。それがあのとき抱いた、ちょっとした違和感の正体であった。
「いや、びっくりですわ……まさかウチと生まれが一緒やったなんて」
「まあ、今は関西弁をほとんど忘れたと言うてるがの」
「このお寺に住んで長いんですか?」
「まだ一年も経っとらんよ」
となると、星花女子学園に来たぐらいで朋哉さんと同居しはじめたのか。西園寺さんの生い立ちを知りたくなってきた。
「あの人、めちゃくちゃ強いですよね。国スポ出れるんちゃいますの?」
「残念ながら、無理じゃな」
「どうしてです?」
「お主、一緒に稽古したからわかるじゃろ。あの子がやっておるのは剣道ではない」
「ああ、確かに自分が教えるのは剣道ではなく、殺られる前に殺る生き延びるための術や言うてましたけど……あれはどういうことなんですか?」
「うーむ……いや、お主には話しとこうか」
朋哉さんの娘、つまり西園寺さんの母親は寺を継ぐのを嫌がっており、高校を卒業した直後に知り合った男と姫路まで駆け落ちしたという。そこで生まれたのが西園寺美弥であった。
西園寺さんは小学校高学年から剣道を始めたが、ずば抜けたセンスを持っており、中学では一年生から全中に出場する程であった。そんな天才剣士を放っておくはずがなく、数々の剣道の強豪校から誘いがきて、九州のとある私立高校に特待生として進学した。剣道をやっている人間なら、誰でも名前を知っている有名校である。
しかしその高校は上下関係が非常に厳しく、先輩からのやっかみが酷く相当理不尽なシゴキを受けたらしい。また、特待生ということで同級生からも妬みの対象となり、イジメを受けていた。
耐えきれなくなった西園寺さんはついに爆発した。インターハイ予選直前、剣道部員たちは剣道部寮の食堂で決起集会を開いていたが、その場で西園寺さんは竹刀ではなく木刀を使って、丸腰の顧問と先輩、同級生を次々と滅多打ちにして大ケガを負わせたのである。西園寺さんは脱走して姫路の実家に逃げ帰ったが、娘の暴挙に恐れおののいた両親が警察に通報したために再び逃走。そうして行き着いた先が、この東円寺であった。
母親は朋哉さんと絶縁していたため東円寺に行ったことはなく、朋哉さんが孫と顔合わせするのはこれが初めてであったが、事情を聞いてかくまうことにした。学校でひどい目に遭わされ、親には裏切られ。そんな孫を見捨てることはできなかったのである。
しかし西園寺さんは半年も経たないうちに、書き置きを残して姿を消してしまった。警察が辺りを探しているという噂を聞いたためだ。祖父に迷惑をかけられないと思ってのことである。
ところが、それから十年以上過ぎたある日、唐突にふらりと東円寺に戻ってきて今に至るのである。
剣さばきに加えて、普段の言動からして只者ではなかったのだが、それはとてつもない経験に裏打ちされていたのであった。
「戻ってきた美弥は全く別人になっとった。特に目つきがの。あれは何度も生死の境をさまよったことがある者の目じゃ」
「いったい、十年以上何をしとったんですか?」
「あちこちで武者修行をしていたと言うておった。実際何をやっとったのかまでは詳しく教えてくれてはおらんが……ともかく、今の剣術を身に着けたのはその間じゃな。わしも剣道を嗜む身じゃが、あの子とは一度も一緒に稽古したことがない。あの子の剣とまともにやり合えばわしの身が持たんでな」
朋哉さんはお茶をすすった。
「だから、お主に剣を教えるために泊めていいかと聞いてきたときはびっくりしたもんじゃ。なるべく人との関わりを避けてきた子が、じゃ。お主のことは信頼しとるらしいな。傍からお主たちの様子を見ておったが、お主なら美弥と良い師弟関係を築けるじゃろう」
お地蔵さんのような優しい笑みを浮かべる。ウチは胸がカーッと熱くなってきて、燃え盛っていくのを感じた。
「絶対にあの人の剣をモノにして、信頼に応えます!」
「その意気やよし。ただし二つアドバイスしておこう。一つは、美弥の剣は剣道ではないゆえにそのままそっくり真似してはいかん。お主なりに消化して、剣道に活かせるようにするのじゃ。二つ目。お主も美弥に己の持っているものを教えること」
「ウチのですか? 自慢できるこというたら二の腕の太さぐらいしかないですけど」
「ははは。何でも構わんよ。それがあの子にとって有用かどうかは別として、少なくともお主の一部を知ることになろう。行きつけのカフェや好きな食べ物とかあろう。そういうものでも構わんからとにかく、己の持っているものを教えるのじゃ。そうすれば美弥もさらに己の持つものを教えてくれるじゃろう。それを己の血肉に変えていく。要は影響を与えあい、受けあうことでお互いを高めあうのじゃな。それが良き師弟関係じゃと、わしは思うとる」
ウチは勉強が全然得意ではなく先生の言うことも右耳から左耳に抜けることが多いが、朋哉さんの言葉は一言一句、耳を通して頭のてっぺんからつま先まで拡がってくのを感じた。
「オスッ! ありがとうございますっ!!」
モチベーションが最高潮にまで上がり、イチゴとお茶で体力も回復したウチは、時間が経つのも忘れるぐらい稽古に打ち込んだのであった。
就寝時間の午後九時を過ぎたが、ウチのスマホで録画していた一人稽古の動画を見直していた。西園寺さんに指摘されたところを意識して動いていたが、自分では良くなったと思っていても西園寺さんはどう評価するか、である。
ガラッ、出入り口の戸が開いた。スマホに集中していたからびっくりしてしまったが、
「あっ、西園寺さん! おつとめご苦労さんです!」
小上がりから下りて出迎える。
「ムショ帰りみたいに言うんじゃない。明かりがついてたから見に来たが、何か面白い動画でも見てたのか」
「ちゃいますよー。西園寺さんがおらん間、ちゃんと稽古しとったんですよ。ほら」
動画を見せてみた。
「ほう、だいぶマシになってるじゃないか」
「ありがとうございます!」
「しかし動かない打ち込み台と、動く相手とではまた違ってくる。明日確認しよう」
「お願いします!」
しかし西園寺さんはその場を離れず、ウチの顔をじーっと見つめてきた。
「どうしたんです?」
「じっちゃん、うちのことをしゃべったな」
「!」
スマホを落としてしまい、その音が稽古場に響いた。
「え、と……」
「隠さなくても、お前さんの雰囲気でわかるんだ」
なんでわかるんやこの人……下手にしらばっくれたら明日の稽古がえらいことになりそうやったから、すぐさま降伏した。
「はい、朋哉和尚さんから聞きました……」
「じっちゃん、結構おしゃべりなんだよな。お前さんにうちのことをおしゃべりしたことも、実はじっちゃん本人の口から聞いたんだけどな。ははは」
「な、なんや、そういうことやったんかいな……でもすんませんでした、西園寺さんのことをいろいろ聞いてしまって」
「じっちゃんが一方的にしゃべってただけだ。そうした意図もわかってるから、気にすんな」
西園寺さんが頭を優しくポンポンと叩いた。それから大きくアクビして、小上がりに上がり込んで寝転んでしまった。
「久しぶりの雑踏警備で疲れた。もうここで寝る」
「え!?」
小上がりは三畳程度の大きさしかないから、必然的にウチの隣で寝ることになる。
「いや、わざわざここやなくても自分の部屋で寝たら……」
「うちが十年間、何をしてたか知りたくないか?」
西園寺さんはニヤリと笑った。
もしかすると、剣術をどうやって生み出したのか教えてくれるかもしれない。ウチはすぐさま倉庫に行って、もう一枚の寝袋を出してきた。
「風邪引くんで中に入ってください」
「悪いな」
狭い小上がりに、寝袋が二つ並んだ。




