1の3 前世の記憶
数日後、帰宅した父の遠藤山城守基信(五十一歳)が発表した。
「来たる四月八日にお殿様(伊達輝宗公三十九歳)を我が家にお招きして、文七郎の元服式をとり行う」
松吉たち中間衆は喜び、お菊たち女中衆は張り切った。
「あと三日しかない。簡素でよいので、衣装と料理、酒を準備してくれ」
我が家はお祭りの前のように騒がしくなった。
自分のことで文七郎は驚いたが、十一歳の人生に加えて、三十七歳の記憶がある。何とか平静を装った。
父はそんな文七郎に発破をかけた。
「まだ歳若いが、儀式など気合いで何とかなる。その後は一人前の武士として、立派に振舞わなければならないぞ。お前は若様(伊達政宗十六歳)の近習になる予定だ」
「はい、承知しました。忠勤にはげみます」
一般に、小姓は十代の若者で、主君の身の周りのお世話。
馬廻は二十代の武辺者で、主君の警護。
近習は二十代から三十代の実務者で、主君の政務補助。
祐筆は四十代の熟練者で、文書作成と秘書室長になる。
「名前は輝宗公の『宗』と我が基信の『信』を合わせて『宗信』としたい。通名の希望はあるか?」
文七郎はちょっと考えて答えた。
「前世の名前が『遠藤隼人』でした。そこで『隼人正』または『隼人』を希望します」
「よかろう。お殿様と相談してみる。文七郎、しっかりと頑張れよ」
「はい」
文七郎は顔を上げて胸を張った。
そして元服式の当日。
米沢城下の遠藤家に、お殿様(輝宗公)と若様(政宗)が御到着した。門前には警護の武者が多数そろった。
緊張しながら文七郎は、衣装を整えてもらい、広い座敷で控えた。
弟の孫六郎(八歳)も緊張しているようだ。
父が玄関から、両者をご案内してきた。
お殿様、若様、小十郎殿、父が入室し、かしこまって儀式が始まった。
文七郎は、烏帽子をお殿様からさずけてもらって、無事に元服を迎えた。
「これからは名を、遠藤隼人正宗信といたす。はげめよ」
お殿様から、大変貴重なお言葉を頂いた。
「ははっ、命懸けにて忠勤にはげみまする」
文七郎あらため隼人は、少し震える声で、大きく返答した。
「今日はまことに有り難うございました」
儀式の最後に父が御礼を述べた。
お殿様たちが帰る時に、これまで一言も発しなかった若殿が、隼人の前に歩み寄って、笑顔となった。
「めでたい。明日から俺の下へやって来い」
「はい」
隼人は元気に返事をした。
短いが厳かな儀式だった。
お殿様御一行が帰ったのち、平服に着替える。
「ご立派でした。これからは隼人正様ですね」
着替えを手伝ってくれるお菊が、涙を浮かべた。
「ありがとう。呼び名は隼人で頼む」
そのとき父も着替えの間に入って来た。
「ワシも着替えを頼む」
「はい、ただいま」
お菊は父の着替えに移った。
「父上、本日はありがとうございました。それで登城の決まりなどを教えて下さい」
「一般に城勤務は、朝五ツ半(午前9時)から昼八ツ半(午後3時)の三刻(6時間)だ。しかし若様は活発である。明け六ツ半(午前7時)から夕七ツ半(午後5時)の五刻(10時間)は働いておられる。弁当が必要だろう」
なるほど、暇そうな独眼竜などありえないと、心中で考えた。
「では、お弁当をお作りしましょう」
お菊が答えた。
「ありがとう」
「それと初日なので、お城の門前まで、松吉たちを従者に付けよう。これは宿老である遠藤家の対面だがな。ははっ」
「かたじけのうござります」
父の着替えも終わった。ご機嫌が良いようだ。
「さあ、今日はお祝いだ。親類も家の従者たちも隼人を待っているぞ」
「はい」
この日の祝宴は、夕日が染まる時刻まで続いた。




