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1の2 前世の記憶

 翌朝、文七郎が目覚めると、いつもより外が騒がしかった。

 何かあったのかなと、急いで身支度をする。

「宿老の遠藤、見舞いに来たぞ」

 まもなく玄関から大きな声がした。

 文七郎が向かうと、既に父が玄関先に立っていた。


「これは若様、如何なされましたか?」

「見舞いじゃ。遠藤よ、息子は大事ないか?」

 急な来訪に驚く父の横に、文七郎は顔を出した。

「それがしは元気です」

「御無礼をお許し下され。お恥ずかしくも落馬した息子は、この通りであります」

 父は玄関の板敷で頭を下げた。


「物怖じせぬな。お前、名は何と言う?」

 片目に黒い布の眼帯をした来客は、愉快そうに笑っている。

「遠藤文七郎です」

「俺は伊達藤次郎政宗だ」

「うわっ、あの有名な独眼竜?」

 文七郎はつい驚きを口にして、はっと手で口を覆った。


「失礼いたしました。文七郎はまだ元服前の十一歳でして、武家の作法を知りませぬ」

 父が恐縮する。歴史に残る戦国武将の伊達政宗だ。でも、眼前の若様は、それほど恐い人には見えないが。

「作法よりも実力よ。もし、役に立たぬ家臣なら、伊達家には要らぬわ。はっはっは」

 声は真っ直ぐに大きくて、輝く眼をした若武者だった。


「鷹狩りで雉を獲った。小鳥も多く得られた。一緒に鍋を食おう」

 若様は草鞋を脱いだ。

 当家の中元たちが足をすすぎ、女中たちが料理を始める。


「若様、まずは座敷へどうぞ。小十郎殿やお供の方々も」

 父が案内する。弟の孫六郎も出てきて挨拶した。主な客は五人。

「かたじけない。突然のご訪問、お許し下され」

 お供を代表して小十郎殿が答えた。


 十二畳の一番広い座敷にて、朝餉が出来るのを待った。

 まずはお互いに挨拶して、名前を名乗った。四人は若様の側近だ。

 上座には若様(伊達藤次郎政宗十六歳)。

 若様の左に片倉小十郎(二十六歳)と湯目(ゆのめ)又次郎(十九歳)。

 右に伊達藤五郎(成実十五歳)と原田左馬助(十八歳)。

 下座には父。

 その後ろに文七郎と孫六郎が座った。


「さっきの独眼竜とは、文七郎が付けた俺のあだ名か?」

 若様が文七郎に話を向けた。

「いいえ。後の世で伊達の若様は、とても有名でして」

「こら、勝手なことは申すな。後の世とは、いつだ?」

 父が振り向いて叱った。

「444年後のことです。実はそれがし、頭を打って前世の記憶が蘇りました。444年後は令和の世であります」

 一瞬の沈黙となった。


「お前は444年後を生きていたとな。もしや戦で死んだのか?」

 若様が前のめりになった。

「車にひかれて死にました。それがしは大学の教師でした」

「そうか。知将、遠藤基信の子だ。大学者であっても不思議はない。では、今年何が起きるか、当ててみよ」


 うーん、文七郎は記憶を辿った。

「天正十年(1582年)には、六月二日に本能寺の変が起きます。明智光秀が謀反をおこして、織田信長が京都本能寺で自刃します。それがしは工学博士で、歴史は一般知識しかありません」


 次に原田殿が質問した。

「工学とは鍛冶屋のようなものだな。後の世の鉄砲は如何なっているのだ?」

「鉄砲は火縄式から火打ち石式を経て、雷管を叩いて点火するようになります。ライフルが一般的で、だいたいは連発銃です。ただし、それがしは本でしか見たことがありません」

 文七郎は正直に話した。


 となりの孫七郎が首を傾げた。

「兄上、ライフルって何ですか?」

 文七郎は、皆に聞こえるように回答する。

「鉄砲の砲身内にねじった溝、ライフリングを付けます。すると椎の実型の弾丸は回転して直進性と安定性が増し、遠くでもよく当たります。回転する独楽(こま)が安定するのと同じ原理です」


「遠くの的は小さくて見えないだろう。如何やって当てるのだ?」

 原田殿の的確な質問に、文七郎は応じる。

「スコープという望遠鏡を銃に取り付けます。レンズを組み合わせると遠くが見えるのです」

「ふーん、そうか」


「ははっ、左馬助、何が『ふーん、そうか』だ。半分も解ってないだろう。原田左馬助に命じる。文七郎とともにライフルを作れ」

 若様が命じた。

「かしこまって候」


「次に湯目又次郎に命じる。急ぎ上洛して六月二日に起こる大事件を見てまいれ。あと二ヶ月しかないぞ」

 湯目殿は若様に頭を下げた。

「承知しました」

「金銭は小十郎が中心となって、伊達家から工面せよ。宿老の遠藤も助けてやってくれ」

「ははっ」

 小十郎殿と父が承諾した。


 鳥の団子汁が出来たというので、囲炉裏の部屋に移った。

 伊達藤五郎殿は「武術の話」を求めた。

 文七郎は、相撲や空手、ボクシングや剣道の話をして、「得意ではないですが」と身振り手振りで説明した。

「学問や政治は如何なっているのだ?」

 小十郎殿も文七郎に質問して、かなり盛り上がった。


 食事を終えて帰るときに、若様が父に言った。

「文七郎は神仏から『天眼』を授かったようだ。遠き所まで見通す知識はお宝だ。俺は文七郎を近習として迎えたい。考えておいてくれ。じゃあ、また来るぞ」

 若様(伊達政宗)は、来た時と同じように、颯爽と帰って行った。


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