1の1 前世の記憶
「文七郎、起きろ文七郎、おい、何があった?」
急な知らせを受けて、父が帰って来た。
枕元で弟の孫六郎(八歳)は正直に答える。
「兄上は落馬して気を失い、松吉に屋敷まで運んでもらいました」
隣室で中間頭の松吉が涙ながらに低頭した。
「殿の留守中、申し訳ありません」
「いや松吉、そちのせいではない。起きろ文七郎、武士が落馬くらいで情けないぞ」
遠藤文七郎(十一歳)は父の大きな声に、はっと気が付いて首をもたげた。自分は座敷に寝かされていて、父と弟が心配そうにじっと見ていた。頭や左手が痛い。
「ここは何処だ? たしか馬から落ちて、受け身に失敗して」
文七郎は頭に右手を当てた。痛みのある後頭部には大きな瘤が出来ている。そういえば昔、似たような強い痛みがあったような。
その瞬間、前世の記憶が閃光のように蘇った。
【令和の自分は遠藤隼人(三十七歳)だった。東北大学工学部の助教で、突っ込んで来た暴走トラックにひかれた。やっと自分の研究が認められて、予算が付いた新年度四月初めの早朝だった】
「文七郎が目覚めたぞ。おい、大事ないか?」
父の声に隣屋の奉公人たちが反応し、わっと声を上げた。
「よかった、文七郎様、よかった」
文七郎は受け身で地面を叩いた左手をかばいつつ、上体を起こしてゆっくりと周囲を見回した。
ここは米沢城下の我が家だ。
髪に白髪が混じった父は伊達家宿老(家老職)の遠藤山城守基信(五十一歳)。
そして側には三歳年下で仲の良い弟の孫六郎がいた。
隣の部屋には松吉ら中間衆と、お菊ら女中衆が、両手を合わせて祈ってくれていた。
「父上、それがし不覚を取りまして申し訳ありません。皆も看病かたじけなく思います」
文七郎は深く頭を下げた。
「ご心配いたしました。どうか無茶をしないで下さいね」
お菊が代表して、文七郎に苦言を入れてくれる。
「あい分った。以後気を付けます」
母が亡くなってから、よく世話をやいてくれるお菊たちだ。今度の落馬は恰好悪くて仕方がない。
「では、急いで御夕飯にいたしましょう」
女中衆は笑顔となって立ち上がった。
日も傾いた夕食時、家族三人膳を並べて父からお話があった。
「文七郎よ、若くて元気が良いのだろうが、無理はするなよ。明日は屋敷から出ないで養生せい」
叱責ではなく、心配だった。父は優しく微笑んでいた。
「二人とも伊達家への忠義を忘れるな。我が家は伊達家に大恩がある。だから勝手に振舞っては、忠義が果たせないぞ」
文七郎と弟の孫六郎は「はい」と同時に返事した。
奥州で僧侶の息子として生まれた父は、若い時に全国を放浪して見聞を広めた。故郷に戻って仕官し、一五〇貫文(一五〇〇石)の宿老にまで抜てきしてくれたのが、伊達のお殿様(輝宗公)だ。
遠藤基信の名は、伊達家の知将として奥州中に響いている。
父が恩義を感じるのも理解できた。
文七郎はまだ十一歳だが、父のような武将になりたいと思う。
今日の早駆けは、少し無理をした。奥州馬は背高があって、今日乗ったのが気性の荒い馬だった。それが予想よりも速く駆けたので、振り落とされてしまったのだ。
「武士は忠義だぞ。真面目に生きろ。無頼博徒のようにふざけて生きてはならぬ」
父のお話は、いつもより長かった。
食事を終え、文七郎は自室で一人になった。前世の記憶はハッキリとしている。前の人生の最後はこうだった。
【駅に向かう途中、歩道に飛び込んで来た2屯トラック。運転手の年老いた男はハンドルに突っ伏していた。おそらく居眠りか急病だ。自分はぶつかって、衝撃と痛みを感じつつ数メートル吹き飛び、地面に落ちた。スローモーションみたいだった】
その後は無かった。いや、現在の遠藤文七郎に転生していたのだ。
問題は、この事実をみんなに公表するか否か。
今日は初夏の四月二日。薄い夜具に包まれて眠ろうとしたが、気持ちの整理がつかず、なかなかに寝苦しかった。
「忠義、忠義、忠義」そして「真面目に生きろ」と父は言っていた。
二刻(4時間)は、もんもんと考えた。
「よし、前世の記憶があることを公表しよう」
何か少しでも、世の中の役に立つかもしれないし、あとは明日考えよう。
そうして深夜を過ぎた頃に、文七郎はやっと眠れた。




