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9の2 上洛開始

 十二月に、九州の島津氏が、本州西端の長門国へ攻め込んだ。

 伊豆のキリシタンから情報を聞いた遠藤隼人(十七歳)は、中将様に進言した。

「秀吉を挟み打ちにしましょう」

「ダメだ」

 中将様は叱った。


「ここ小田原と違って、奥羽は雪と寒さで動けない」

 なるほど。隼人は恥じ入った。

「あせって小出しにすると返り討ちになりますね。申し訳ありませんでした」

「春まで待て」


 天正十七年(1589年)小田原城。

 正月の祝いで、中将様(二十三歳)は居並ぶ諸将に宣言した。

「今年は雪解けとともに上洛する。戦の準備を怠るな」

「ははっ」

 お声を聞いた諸将の顔には、やる気があふれた。

「編成を述べる」

 中将様は、傍らの小十郎殿に文書を読み上げさせた。


●奥州軍本隊 五万三〇〇〇名

 大将 伊達藤次郎(政宗二十三歳)鉄砲一〇〇〇丁

 副将 遠藤隼人(宗信十八歳)前装ライフル二〇〇丁

 機動隊 支倉長経(十九歳)拳銃二〇〇丁、後装ライフル二〇〇丁


●東海道軍 八万六三〇〇名

 大将 片倉小十郎(景綱三十三歳)鉄砲二〇〇〇丁、相模水軍

 副将 白石若狭(宗実三十七歳)鉄砲一〇〇丁

 副将 亘理美濃(重宗三十八歳)鉄砲一〇〇丁、伊豆水軍

 与力 本多忠勝(四十二歳)鉄砲一〇〇丁

 与力 里見義康(十七歳)鉄砲一〇〇丁、安房水軍


●東山道軍 三万名

 大将 伊達藤五郎(成実二十二歳)鉄砲一〇〇〇丁

 副将 屋代勘解由(景康二十七歳)鉄砲五〇〇丁

 与力 真田昌幸(四十三歳)鉄砲五〇〇丁


●北陸道・北奥羽軍 五万名

 大将 湯目又次郎(景康二十六歳)、鉄砲五〇〇丁、新潟水軍

 副将 原田左馬助(宗時二十五歳)鉄砲五〇〇丁、酒田水軍

 与力 上杉景勝(三十四歳)鉄砲五〇〇丁、直江津水軍

 与力 直江兼続(三十歳)鉄砲五〇〇丁


 中将様は厳しい表情で、言葉を添えた。

「二月の十五日を開戦予定日とする。あとは各大将に従え」

「ははっ」

「戦の準備をせよ」

 諸将は、自分の持ち場を確認し、その日のうちに領国へと帰って行った。


 隼人は前装ライフル二〇〇丁を任された。初期型はスコープ(望遠鏡)が付いており、いわゆるスナイパー部隊である。


 一月二十六日、中将様の第三子となる津多姫が、小田原城でご誕生なされた。

 母は側室・本多の局(十七歳、本多忠勝の娘)で、母子ともに健康だ。

 一男二女となった中将様は、たいそう喜んでおられた。


 二月五日、東海大地震が起こった。

 小田原城でも長い揺れに驚いた。

 調べると震源に近い三河、遠江、駿河では、石垣が崩れるほど被害が大きかった。


 関白豊臣秀吉は、関西の兵一五万名で島津氏と対峙していた。

 大坂城を発ち、姫路城まで来ている。

 領国へ攻め込まれた毛利輝元は、長門、周防、西石見をあっという間に占領され、広島城に籠城した。


「まもなく石見銀山も取られるな」

 秀吉は、側の黒田如水に「困ったものだ」と訴えた。

「あの毛利家が、これほど弱いとは思わなかった」

 愚痴が止まらなかった。


「総勢一五万の兵だが、四国は海の向こう、毛利は弱兵だ。戦えるのは、ワシの八万名のみ。一方で、島津義弘が率いる六万の九州兵には勢いがある」


 二月十五日、小田原城に奥州軍五万が勢ぞろいした。

「上洛戦を始めよ」

 中将様の伝令が各地に走った。


 東海道軍の約八万は、先行して箱根を越え、沼津城にあった。

 片倉小十郎殿は、騎馬に長けた忍者の風魔党を雇って、駿府に火を掛けさせた。

 炎上する駿府城。

 城主の中村一氏は焼き出され、混乱の町中で討ち取られる。

 駿府が燃える中、東海道軍は難所の薩埵峠(さった)を一気に抜けた。


 東山道軍は、上田城から諏訪を経て、松本城に攻撃を加えた。

 城主の森忠政は二〇〇〇の兵で籠城した。

 伊達藤五郎殿は、三万の軍勢で一気に力攻めをした。

 見事な急襲だったので守りは浅く、混乱のうちに城は落ちた。

 森忠政は本丸で自害していた。


 北陸道軍は、上杉領の越中宮崎城から魚津城を攻撃した。

 宮崎城は山城で、親不知のすぐ西側にある。

 五万もの兵に囲まれた魚津城は、ほどなく落城した。

「予想していたよりも、伊達は強いぞ。気を引き締めよ」

 前田利家は、加賀の金沢城で大至急に兵を集め、士気を鼓舞した。


「伊達が動きました」

 傍らの軍師黒田官兵衛から、知らされた秀吉は困惑した。

 既に島津との戦いは始まっている。

 周囲の兵を集めつつ西へと進軍し、今は岡山城にいる。


「挟み打ちになったぞ、官兵衛」

 順番としては、九州を傘下にしてから、伊達と戦うのが望ましい。

 頭の切れる秀吉は、瞬時に決断した。

「島津を押し返し、返す刀で伊達と戦う。そして調略だ。たくさん餌をまいて、九州の鯛を釣り上げよ」


 ところが、島津の大軍が広島城を包囲すると、わずか三日で毛利輝元は降服してしまった。

 輝元は人質として九州に送られ、毛利家は島津氏に吸収された。

 そして吉川家と小早川家は、輝元の助命と引き換えに、島津氏の傘下となった。


 この様子から、土佐の長宗我部家も島津氏に協調した。

 秀吉はたった数日で、関門海峡から備中までと四国の半分を失った。


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