8の1 小次郎謀反
天正十五年(1587年)七月一日に中将様(伊達政宗公二十一歳)は秀吉と停戦した。
豊臣家は、背後の九州島津家を牽制しつつの東征であった。
伊達軍は、奥州から駿河まで遠征したため、各所に無理も出ていた。
中将様は、白石若狭と亘理美濃を呼んだ。
近習で宿老の遠藤隼人(十六歳)は、片倉小十郎殿(三十一歳)と一緒に立ち会った。
「白石若狭守(宗実三十五歳)と亘理美濃守(重宗三十六歳)に国替えを命じる」
急だったので二人は戸惑いの表情を見せた。
「白石には、東駿河の七万七〇〇〇石と鉄砲一〇〇丁を与える。沼津の香貫山(標高193m)を拠点とせよ。
亘理には、伊豆国の七万九〇〇〇石と鉄砲一〇〇丁を与える。南端の下田城を拠点として、伊豆の海を征せよ」
二人は頭を下げた。
「ははっ、有難き幸せ」
「小十郎には、小田原城を任せようと思う。先に行って相模国をまとめておいてくれ」
「承知しました」
陣を出て行く三人であった。
伊達軍六万は沼津に留まり、一ヶ月で香貫山を城塞に変えた。
山頂の本丸からは、全周囲が見渡せて、愛鷹山越しの富士山頂も美しかった。
隼人は、駿河湾からの風が心地よかった。
最前線の山城だ。出来るなら無事であってほしい。
少し秋の気配のする箱根の関を越えて、八月八日に、小田城へと入った。
さすがは小十郎殿だ。
壊れた城門や堀は、見事に修復されていた。
城中および関東中から鉄砲を集めて、二〇〇〇丁を確保していた。
「よくやった。二〇〇〇丁は小十郎の鉄砲隊とせよ」
中将様は上機嫌だった。
「片倉小十郎には、小田原城と相模国二〇万石を安堵する。秀吉との交渉も任せる」
「かたじけのう、ござります」
「転封と領地割を皆に知らせよ。
武蔵国江戸城三〇万石と福島三〇万石は、俺が仕切る。
江戸城代に伊達小次郎政道(二十歳)を配す。
上野国高崎城一〇万石は、伊達藤五郎。
下野国小山城一〇万石は、屋代勘解由。
常陸国土浦城一〇万石は、後藤肥前守。
下総国佐倉城一〇万石は、鬼庭石見守に与える」
「武蔵国久良岐郡は相模国に転入、上野国邑楽郡は武蔵国に転入、下総国の西六郡一一万五二〇〇石は武蔵国に編入する。
八王子城五万石は、桑折摂津守。
河越城五万石は、小成田志摩守。
小金城五万石は、田村宗顕。
関宿城五万石は、飯坂宗康。
鉢形城五万石は、大内定綱に与える」
「他の大名は、一〇万石を上限にして加増する。加増のない大名には賞金を出す。詳しくは、各自に追って沙汰する」
大内定綱は蔵米三〇〇石からの大名復帰となった。
弟の伊達小次郎殿(政道二十歳)が江戸城代就任のお礼に来た。
「兄上、江戸城代を任せて頂いて有難うございます」
「励めよ。長く徳川で苦労を掛けたな」
中将様は優しく声を掛けた。
「ときに伊達家は五公五民で、北条家は四公六民だそうです。百姓から不満は出ませんか?」
小次郎殿から質問が出た。
「隼人、答えてやれ」
「はい。北条家は四公六民(40%)でしたが、段銭(田の税)を六分(6%)、懸銭(村の税)を四分(4%)、棟別銭(家の税)を三五文、納めて来ました。合わせると五割以上の税になります」
隼人は小次郎殿の様子を伺う。
緻密な計算は、得意ではないようだ。
「伊達家のお百姓は、村に五公五民(50%)で、棟別銭は一〇文。わかり易くて、村内で助け合いもできます」
中将様もニコニコと頷いていた。
「分かりました。それがしは江戸に向かいます」
小次郎殿は、苦虫を噛んだみたいな顔だった。
家臣で、まだ十六歳と年下の遠藤隼人から、説教された気分なのだろう。
隼人は、前世が大学教師だったので、説明口調に力が入ったのかも知れない。
「しばらく俺は小田原城に留まる。各家の兵を二分して、半数は小田原城の防衛に残れ。あとの半数は奥羽関東の各領地に帰って、上手く治めよ」
中将様は、気にも留めていなかった。
「はい、承知しました」
隼人は、不安を感じつつ仕事に走った。




