8の2 小次郎謀反
佐渡の石高が七万七五〇〇石に増えた。
鈴木和泉守(元信三十三歳)の開拓と鉱山経営は、順調だった。
東国各地でも、米の収穫が無事に終わった。
豊作に喜んでいた時、中将様(伊達政宗二十一歳)から、遠藤隼人(十六歳)に縁談の話があった。
武蔵国忍城主で成田氏長(四十六歳)には三人の娘がいた。
先妻の子で、長女の甲斐姫(十六歳)がお相手だった。
「東国無双の美人」で「武芸や軍事に明るい」そうだ。
とんとん拍子に、十月二日の大安が、結婚式と決まった。
隼人は、父の遠藤基信(五十六歳)と家督を継いだ弟の遠藤孫六郎(玄信十三歳)を、米沢から小田原城に呼び寄せた。
お世話になった中間頭の松吉と女中頭のお菊も、式に招待した。
中将様は、奥州刈田温泉にある蔵王山里宮(白鳥大明神)の宮司を招いた。
さらに米沢から師匠の虎哉宗乙禅師(五十八歳)を呼んだ。
福島からは、田村御前(二十歳)、飯坂の局(十九歳)と兵五郎君(二歳)、本多の局(十五歳)を小田原に呼んだ。
懐かしい顔や親戚となる方々が揃って、いよいよ結婚式となった。
伊達家からは、中将様と弟の小次郎殿(二十歳)、三人の奥方と兵五郎君。
蔵王山里宮の宮司と臨済宗妙心寺派の虎哉宗乙禅師。
知将の片倉小十郎殿(三十一歳)と勇将の伊達藤五郎殿(二十歳)。
遠藤家から、父と弟に、松吉とお菊。
成田家から、これから義父となる成田氏長殿、継母殿、二人の妹君。
小田原城内に祭壇、榊、酒や供物を用意して、結婚式となった。
隼人は緊張していたが、甲斐姫をひと目見て胸がドキドキした。
確かに噂通りの美人であった。
三三九度でお酒に酔ったのかもしれない。
夢の中のような、竜宮城のお姫様かと思って、クスリと微笑む。
「すえ長く幸せにいたします。よろしく頼みます」
武者に囲まれて育った姫には、弱弱しく見えたかも知れない。
「はい。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
若い二人のぎこちない挨拶に、周囲が温かく笑った。
酒宴となり、中将様が虎哉禅師に話し掛けた。
「虎哉禅師、この隼人は若いが知恵者なのだ。ひとつ禅問答をしてみないか?」
父より年上の老師が、いきいきとして笑った。
「では、遠藤隼人殿、よろしいか?」
中将様の無茶振りには慣れているが、禅問答とは、とほほ。
「武士の本分とは?」
「忠義ただ一つです」
「神仏とは何か?」
「尊いが頼るものではない」
「人の心とは何か?」
「光り輝く手鞠です」
何か知らないが、皆が「おおーっ」となった。
良かったのか、悪かったのかは、判らない。
ただ、甲斐姫が笑顔で喜んでいたので、良かったと思う。
中将様は「大学校を作らなければならない」と言い出した。
古くからあるのは、足利学校だ。
関東における最高学府である。儒学、兵学、医学など。
「奥州に大学を創りたい。隼人、どこが良いか?」
中将様に質問された。
「仙台の城の裏手で、森に囲まれた丘の上です」
「そうか」
「虎哉禅師、隼人には天眼があるのだ」
中将様が誇らしげに語った。
「なるほど」
老師が微笑む傍で、小次郎殿は隼人をにらんでいた。
この弟はヤバイな、と皆が直感した。
その頃、京都では関白豊臣秀吉が主宰する大茶会が開かれていた。
「北野大茶湯」という。
北野天満宮に、着飾った一〇〇〇人が集まって大茶会となった。
史実では、十月一日のたった一日で終わったのだが、この大茶会は十日間も連続開催された。
津田宗及や今井宗久ら、茶人による野点では、天下の名物が披露されて、客をもてなした。
千利休の黒い茶碗は、聚楽焼と言って評判になった。
秀吉も一〇〇人くらいに茶を振舞った。
しかし秀吉の本心は、茶の湯の政治利用で、信長の猿真似でしかない。
注目を集めて騒ぐ、祭りに近かった。
茶頭の三人には判っていた。
風流な粋や侘び寂びなど、秀吉には感じられない。
町民でさえ、金ぴか成り上がりと、心の中で馬鹿にしていた。




