6の4 奥羽越統一
六月の福島屋形に、前関白であった近衛竜山(前久五十一歳)が、侍二人と従者二人を伴って現れた。
「近衛じゃ。伊達右近衛権中将・陸奥守は居られるかな?」
旅の略装ながら、烏帽子に狩衣が似合っていて、高貴な身分なのは間違いない。
門番が驚いて、近習に急いで取り次いで来た。
中将様(伊達政宗公二十歳)の周囲には、小十郎殿(三十歳)、藤五郎殿(十九歳)、隼人(十五歳)の三人が居た。
北奥羽担当の左馬助殿は山形城に、北陸道担当の又次郎殿は新発田城に居て、周囲に睨みを効かせている。
「表書院にて対面する」
中将様と隼人ら三人の宿老は、すぐに移動した。
小姓の案内で近衛様は、三十二畳敷きの待合から、板の間九十六畳の屋形を通って、表書院に御入室された。
「近衛様、ようこそ。伊達中将です」
中将様は屋形の主として、床の間を背にした上段上座に自分が座った。近衛様の方が身位は上だが、御隠居だからであろう。
中将様は黒鉄ではなく、普段用の革の眼帯を付けている。
下段正面に近衛様、その後ろに侍と従者が座った。忍の者かも知れないから、隼人は用心する。
近衛様から左手に藤五郎殿、右手に小十郎殿と隼人が座った。
「近衛竜山です。草津湯治のついでに、陸奥の国まで足を伸ばしました」
落ち着いている。隠居したとは言え、さすがは公家筆頭の血脈だ。全国を見歩いて、言葉使いも達者だった。
「湯治ですか。良いですな。では、奥州名物の『石けん』をお贈りいたしましょう」
「それは有り難い」
「御覧の通り奥州は山の中にあります。出来ましたら、西のお話などお聞かせ下さいませんか?」
中将様は丁寧に話題を振った。
「最近では、島津義久が九州統一を成したそうです。脅威を感じた秀吉殿は『全国惣無事令』を出して、私戦を禁止しました。おそらくその命令が、徳川、北条、伊達殿にも届くでしょう」
伊達家の一同は、顔を見合わせた。
最新の情報である。
「九州統一と惣無事令でござるか。貴重なお話に感謝します」
中将様は素直にお礼を述べた。
「伊達家も奥羽越を統一しました。今や天下は五強の時代です」
藤五郎殿が述べた。
「その五強でも若武者は、伊達中将殿(二十歳)と北条左京大夫(氏直二十五歳)の二名で、他は四十五十の爺様です。この先十年も経てば、槍も持てますまい?」
天下の先々を見て近衛様は、中将様に会いに来たのだろう。
「近衛様とゆっくり、お話しを伺いたい。ここ福島の北方に『飯坂温泉』があります。皆で参りましょう」
中将様は、近衛様の知識と経験を気に入ったようだ。
「参りましょう」
飯坂温泉では、近衛様から上杉謙信や織田信長らの話を聞いた。
謙信は、真っ直ぐな気性のいくさバカで、酒が好きだった。
信長は、勝気で子供のようないくさバカで、酒が嫌いだった。
秀吉は、物事の計算が速くてズル賢く、女好きだという。
隼人も皆に混じって話を聞き、楽しく笑った。
七月二十四日に誠仁親王(三十五歳)が死去した。正親町天皇の嫡子で、皇太子であった。
京都では、朝廷や公家たちが、大混乱だろうと予想される。
「伊達中将殿、篤い歓待かたじけない。麻呂は急ぎ京に戻らなければならない。詳しくは文を書くから」
近衛竜山は、あわてて帰京した。
九月二十五日に中将様(伊達政宗公二十歳)に長子が誕生した。
中将様は大喜びで、兵五郎と名付けた。
母は伊坂猫姫(十八歳)である。
十月九日に義父の田村清顕が病死した。
米沢から愛姫(十九歳)を葬儀に呼び寄せて、仲直りした。
親交を深めた近衛竜山から、その後の京の様子が、使者と手紙で知らされた。
十一月七日に正親町天皇(七十歳)は、嫡孫の後陽成天皇(和仁親王十六歳)に譲位した。
十一月二十五日に即位礼となった。
若い後陽成天皇には、豊臣秀吉の養女として、近衛竜山の娘前子(十二歳)が入内し、女御となった。
十二月二十五日に関白豊臣秀吉が、内大臣から太政大臣となった。
秀吉はお祝いとして「豊臣大判」を公家や武将たちに配った。




