5の1 上杉臣従
天正十二年(1584)も晩秋、稲刈りも終えて奥州は、これから雪の季節となる。
当主が暗殺されて無主の会津だったが、九月に蘆名亀王丸が誕生していた。
後見人の母は彦姫(三十三歳)で、祖母が阿南姫(四十四歳)。二人は伊達家出身の実の姉妹である。
お屋形様(伊達政宗公十八歳)は二人の甥であり、「降服せよ」と文を送っていた。
十月の初冬、お屋形様は、屋代景頼(二十二歳)に三〇〇〇の兵を付けて、下野国那須郡を攻めさせた。
この地は白河の南隣りにある平野で、関東南下への要地である。
那須七党は、那須郡に住まう武家連合で、小勢ながら何度も佐竹義重の侵攻を退けた猛者たちだ。
当主は烏山城の那須資晴(二十八歳)。
一族に蘆野、伊王野、千本、福原の四氏。
重臣で黒羽城の大関高増(五十八歳)と大田原城の大田原綱清(四十七歳)兄弟がいる。
伊達家の勢いを知る那須資晴は、降服して生き残る道を選んだ。
福島屋形に参上して、蔵米六〇〇石の伊達家臣となった。
同じ頃、那須郡にいた屋代は、有力武将の大関と大田原の兄弟を酒宴に誘って、だまし討ちにした。
そして残党狩りと称して、数日で全域を制圧した。
「屋代は恐えぇなー」
隼人(十三歳)を含む伊達の家臣にも敵方にも、屋代の名前は大きく響いた。
「屋代景頼に大田原城と周囲一万石を安堵する。那須郡を預けるので、よくまとめよ」
お屋形様から屋代は大田原城を頂いた。
「水銀を手に入れたぞ」
年末も押し迫った頃、お屋形様から隼人は待望の「水銀」を頂いた。小さな壺に、二合(約360mℓ)くらいあるようだ。
「ありがとうございます。これで新しい火薬が作れます」
隼人は嬉しくなった。
「大急ぎで、新しいライフルを作って来い」
「はい」
隼人は、中間頭の松吉と女中頭のお菊を連れて旅に出た。
三人は、福島から南の二本松城に入る。
「(伊達)藤五郎殿(十七歳)、お願いがあります」
「何だ、話を聞こう」
城主の藤五郎殿は、若い隼人を可愛がってくれる。
「西にある『こゆい温泉』に新しい火薬工場を作りたいのです」
「お屋形様のライフルか、なら急ぎだな。工場と屋敷をすぐに用意させよう。人数も出そう。奉行は遊佐とする」
こゆい温泉は酸性泉である。隼人は以前から探していたのだ。現代では(土石流により)場所を変えて「岳温泉」として残っている。
藤五郎殿は、腹心の遊佐藤右衛門殿を呼んだ。
「遊佐に火薬奉行を命じる。こちらはお屋形様の近習で宿老の遠藤隼人殿だ。協力して大事を為してくれ」
「承知しました。遠藤隼人殿、よろしくお頼み申します」
隼人より十歳以上年長の遊佐殿だが、丁寧で真面目そうだった。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
それから「こゆい温泉」に移動し、泉質を確認。硫酸カルシウムの温泉だと判った。
宿と工場の建屋を確保する。
「遊佐殿、お酒が大量に必要です。それは、にごり酒が八斗(144ℓ)くらい。アルコール分が5%ならば、蒸留で7・2ℓ得られます」
隼人が算盤を弾いた。
「すぐ手配します」
次の日、集まった奉行の遊佐殿と職人さんたちに、新しい火薬について説明した。
金属薬莢の底部にある雷管には特別な火薬が必要だ。
雷汞は別名、雷酸水銀(Ⅱ)といい、Hg(ONC)2で表わされ、衝撃で発火する性質がある。
隼人は、製作方法を皆に開示した。
①酒を蒸留してエタノール(沸点78・3度)を得る。
②温泉水を濃縮して上澄み液から硫酸を得る。
③硝石に硫酸を加えて蒸留し、硝酸(沸点82・6度)を得る。
④硝酸に水銀を加えて反応させる。
⑤密閉容器内のエタノールに硝酸水銀を少量ずつ加える(発煙注意)と、雷汞の灰色結晶が得られる。
土鍋を改良した蒸留器とガラス器具が必要だった。
将来的には、発射煙と煤が出ない綿火薬に移行するつもりだ。
しかし、綿火薬を大量生産するほど硝酸は作れない。
仕方がないので黒色火薬を発射薬に使う。
乾燥重量で、硝石76%、木炭14%、硫黄10%が最良配分である。
どうせ伊達政宗公のお気に入り少年なのだろうと、遠藤隼人を甘く見ていた職人さんたちは、驚きで目が開いた。
自分たちがこれから何か凄い物を作るのだと、初めて理解したようだ。
よい子の皆さまへ 火薬はあぶないです。




