4の2 夜ノ森合戦
「お殿様、この機会に農兵を廃止して、足軽に替えませんか。金銭は掛かりますが、田植えや稲刈りの時期でも戦えます。お百姓は米や野菜を作り、侍と足軽は敵と戦うのです」
隼人(十三歳)はよく考えて提案した。
「いいだろう。足軽の人数が少ないうちは、農兵も使うことになるだろうが、来年には侍と足軽だけの戦いに変えるぞ」
お殿様(政宗公十八歳)は、思い切りが良かった。
「戦は近いぞ。鉄砲の数はそろったか?」
お殿様は、鉄砲隊長の(原田)左馬助殿にたずねた。
「はい、ライフルは二〇丁、鉄砲は一〇〇丁です」
「少ないな。信長の鉄砲三〇〇〇丁の話は皆も知っているだろう」
武田家を打ち破った長篠の戦いだと、隼人にも解かった。
左馬助殿が困った顔をした。
「この奥州では、堺から鉄砲や硝石が簡単に買えません」
「それならば増産するしかない。隼人が計画せよ」
お殿様が命じた。
今は天正十二年(1584)だ。二年前の貧乏伊達家とは勢いが違う。
「わかりました。鉄砲産地を米沢の他に、長井、大森、桑折、梁川の五ヶ所体制にします。米沢の硝石製造小屋も五倍にしましょう」
「よし、やれ」
「お殿様、戦に勝つには、弱点を攻める、兵力の集中、そして移動を速くすることだと思います」
隼人はお殿様に意見を述べる。
「まあ、そうだな」
「鉄砲隊が馬に乗っては、ダメでしょうか?」
お殿様と左馬助殿が首をひねった。
「揺れるだろ」
「移動は騎馬で、鉄砲を撃つ時と弾込めには地面に降りるのです」
お殿様は手で膝を打った。
「なるほど、鉄砲騎馬隊か。弓矢や槍にも騎兵があるのに、鉄砲は自分の足で走って移動するだけだった。隼人は面白いな」
お殿様は笑顔となった。
その後の調整で、敵方に名前が知られても意味が分からないように「機動隊」と命名し、隊長は原田左馬助殿となった。
「機動隊」は、鉄砲騎馬隊一二〇名、護衛の弓騎馬隊一〇〇名、斬り込みの槍騎馬隊一〇〇名で、総勢三二〇名になった。
鉄砲名人たちを侍に格上げして、乗馬訓練を行った。
六月十日、佐竹軍が動いた。これまでは、常陸国南方の敵をけん制していたようだ。
進路方向は二本松方面で、傘下の合流を待ちながら、ゆるゆると北上して来る様子。
「佐竹は六三〇〇名、仙道諸家四五〇〇名、蘆名八四〇〇名、岩城三三〇〇名、これが敵の予測兵数です」
湯目又次郎殿が、敵兵力を紙札に書いて地図に並べた。
計算方法は隼人が教えた。
一万石の米は約一万人が食べる年間量。この石高に三〇〇人を掛けると通常の兵数が得られる。
敵地の石高は、隼人の記憶と忍者集団「黒脛巾組」の情報から得られたものだ。
「まずは蘆名家を撹乱させる。合流しなければ、この戦は我らの勝ちだ。岩城家も我が軍略で離脱させる」
お殿様(政宗公)は評定で皆に公言した。
「(伊達)藤五郎は二本松城で敵主力を迎え討て。田村孫七郎(十一歳)は三春城で籠城せよ。両城は南の要だ。しっかりと守れ」
「承知」
「はい」
「鬼庭(石見守綱元)と後藤(肥前守信康)には、兵一〇〇〇ずつを預ける。両者は急ぎ旧相馬に移動して(片倉)小十郎を助けよ」
「ははっ」
鬼庭殿と後藤殿が立ち上がった。
「(原田)左馬助の機動隊も行け」
「はっ」
三人の武将は、対岩城戦に向かった。
「皆の衆、今度の戦に勝利して、家を大きくしよう。いざ」
お殿様は退出し、諸将が持ち場に戻った。
六月十三日、小十郎の軍に鬼庭と後藤の部隊、そして機動隊が加わった。
小十郎軍は、国境近くの新山城にいた。
兵数は四四二〇名となり、槍の強者「黄後藤」がいるのは、味方にとって頼もしかった。
状況を知った岩城常隆(十八歳)は、佐竹連合軍から離脱して岩城に戻った。
そして三三〇〇名が国境の「夜ノ森」に陣を張った。
ここは東に太平洋、西に阿武隈山地が迫る浜街道で、川に挟まれた広い台地の上にある。




