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第65話: サウスフォート

南の空はどんよりと曇っていた。


黒い雲が低く垂れ込めている。


数日ほど前に完成したばかりのムシャフ王国の巨大な城壁の上を、冷たい風が吹き抜けていく。


王国は荘厳にそびえ立っていた。


だがその空気は……


もはや生気を失っていた。


人々は足早に歩き、


兵士たちは矢筒を抱えて走り回る。


あちらこちらから槌の音が響き、


城壁は再び補強されている。


正門はゆっくりと閉ざされていった。


そして通りの片隅では……


幼い子供が母親に抱かれながら泣いていた。


「ママ……ぼくたち、大丈夫だよね……?」


母親は子供をきつく抱きしめた。


だが答えることはできなかった。


自分自身にさえ確信が持てなかったからだ。


王国の城壁の最上部には、


長い黒髪の大柄な男が立っていた。


背は高く、


体は岩のようにどっしりとしている。


ガルドロス。


彼は腕を組み、


遠くの彼方をまっすぐに見据えていた。


静かに。


まるで彫刻のように動かない。


一人の若い兵士が息を切らしながら近づいてくる。


「……師匠殿」


ガルドロスは振り返らない。


「報告せよ」


「避難作業はほぼ完了しました」


「東部と南部の部隊も、すでに戦闘態勢に入っています」


「ですが……」


兵士は唾を飲み込んだ。


「……これほど巨大な不死者は、今まで見たことがありません」


辺りは再び静まり返る。


風がガルドロスの衣をなびかせる。


やがて彼は低く呟いた。


「……大きさに惑わされるな」


「……殺せるかどうかだけを見極めろ」


兵士は一瞬体を硬くした。


すぐに勢いよく頷く。


「は、はい!」


彼は再び走り去っていく。


だが完全に背を向ける前に、


一度だけ後ろを振り返った。


岩の師匠と呼ばれる男の背中を見て、


なぜだかわからないが、


心が少しだけ落ち着くのを感じた。


城壁の下では、


数人の住民がガルドロスの姿を見上げていた。


一人の老人が静かに口にする。


「岩の師匠がこうして立っている限りは……」


「……この王国が滅びることはない」


周りの者たちもゆっくりと頷いた。


彼らはガルドロスを信じていた。


五年前、


この同じ師匠が魔王を倒す戦いに加わったのだから。


だが……


彼らの知らないところで、


ガルドロス自身は奇妙な感覚に包まれていた。


これまでにない、不穏な予感だ。


はるか遠く離れた場所では、


四人の影が森を駆け抜けていた。


ヒュウッ!


風が渦を巻き、


小さな稲妻が地面を打ち、


彼らの足取りに合わせて水が流れ、


背後からはかすかな熱気がついてくる。


アキハラ


リオーラ・ライゼン


ケイリス・ヴェイラ


セイラ・ルーン


四人は休むことなく南へと向かっていた。


次第に息が荒くなる。


ケイリスは大きな岩を飛び越えると、


走りながらため息交じりに愚痴をこぼした。


「……この世界、広すぎて嫌になってきた……」


セイラは振り返りもせず、すぐに返す。


「「うるさい、走り続けろ」」


「「お前が一番無駄口が多いんだ」」


ケイリス:


「……俺はチームの士気を保ってるだけだ」


そのときリオーラが突然足を緩めた。


彼女の瞳の色が鋭く変わり、


指先に小さな稲妻が走る。


アキハラがすぐに異変に気づく。


「どうした?」


リオーラはかすかに鼻を動かした。


風が運んでくるにおい。


鉄のにおい。


土ぼこり。


そして……


血のにおい。


彼女の瞳が細くなる。


「……もうすぐだ」


ケイリスの表情が一瞬で厳しく引き締まり、


セイラは杖をさらに強く握り締めた。


アキハラは南の空を見上げる。


暗い。


あまりにも暗すぎる。


ドン。


ドン。


ドン。


地面が大きく震え、


木々が次々と根元から倒れていく。


四体の巨大な不死者が、ゆっくりと歩みを進めていた。


体は腐りかけた肉と黒い鎖に覆われ、


一歩踏み出すごとに大地が亀裂を生じる。


そしてその先頭には、


一人の男が立っていた。


レーゴル。


彼の全身からは灼熱の気が立ち上り、


瞳は真っ赤に燃えている。


無言でいるだけでも、その顔は怒りに満ちていた。


彼は足を止める。


後ろの四体の不死者も、それに合わせて歩みを止めた。


レーゴルは遠くの彼方を睨む。


地平線の向こうに、


ムシャフ王国の姿が見える。


小さく、


遠い。


だがはっきりと視界に入っていた。


レーゴルは口の端を歪めて笑う。


「……俺は城壁なんて大嫌いだ」


次の瞬間——


ドオオオン!


彼は握りこぶしで地面を力強く叩きつけた。


亀裂の波が四方八方へと走り、


周囲の木々は木っ端みじんに砕け、


小さな丘さえも崩れ落ちていく。


背後の不死者たちが一斉に雄叫びを上げ、


その声は空全体を震わせた。


ムシャフ王国では、


何人もの兵士が慌てて振り返る。


「……今のは何だ?!」


「地震か?!」


ガルドロスは依然として動かないままだった。


だが……


彼の瞳がわずかに細まる。


何かが近づいているのを感じ取ったのだ。


正面からでもなく、


不死者たちの方向からでもない。


それは……


地下からだった。


ドクン。


地面が微かに脈打つように震える。


ドクン。


再び同じ振動が伝わる。


ガルドロスはゆっくりと視線を下げ、


城壁の石畳を見つめる。


そこには細い亀裂が生まれていた。


彼の瞳が一気に鋭さを増す。


「……地下だ」


側にいた兵士は戸惑った表情を浮かべる。


「……師匠殿?」


彼の言葉が終わらないうちに——


バリバリッ!


城壁の外側に大きな亀裂が走り、


地面が沈み込み始め、


土ぼこりが舞い上がった。


人々は慌てて後ずさる。


次の瞬間、


ドオオオンッ!


地面が爆発するように吹き上がり、


黒い土煙が空高く舞い上がる。


悲鳴があちらこちらから上がる。


そして……


何かが地下から姿を現した。


巨大な手だ。


腐り果て、


黒ずみ、


錆びついた鎖に覆われている。


その指がゆっくりと地面を掴み始める。


兵士たちの顔から血の気が引いていく。


「……あ、あれは……」


「……まさか怪物か?!」


ガルドロスは瞬きもせずにその姿を見据えていた。


やがて彼はゆっくりと武器を持ち上げる。


岩の師匠が持つ、巨大な石の斧だ。


そしてこの夜、初めて——


岩のように重厚な力が、城壁全体を包み込み始めた。

「次回更新: 6月 11日 21:00」

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