第30話: 不死身
ムシャフ王国の上空は、未だに鈍色の雲に覆われたままだ。
太陽の光など、どこにも存在しない。
ただ、青白い光がぼんやりと漂っているだけで…
何一つ、温めることはできない。
廃墟の中央に、四つの影が佇んでいた。
呼吸音はない。
気配はない。
そして――
魔力の波動すら、存在しない。
そして一瞬のうちに、
彼らの姿が掻き消えた。
「――ッ!!」
不知火明原が即座に反応する。
体を捻り、
炎を纏った剣が、右方向へと閃光を描く。
ガキィンッ!!
一体のアンデッドが眼前に現れ、
巨大な斧で明原の剣を受け止めた。
衝撃は凄まじい。
だが、その体からは生き物の温もりも呼吸も感じられない。
完全なる虚無。
「行くよ!!」
ライオラ・ライゼンの声が響く。
彼女の体が風のように躍り出る。
指先から雷光が迸り、地面を撃つ。
ザガァッ!!
一体のアンデッドが弾き飛ばされる。
だが――
すぐに立ち上がる。
目立った傷など、見当たらない。
「…なにこれ…?」
ライオラの表情が凍る。
一方その頃。
ガルドロスが両手を地面に叩きつける。
大地が隆起し、
敵を飲み込む。
ガシャアアッ!!
岩の塊の中に閉じ込められたかに見えたが、
次の瞬間、
岩に亀裂が走り、
そして――
アンデッドが再び姿を現す。
無傷で。
「…壊れねぇ…のか…?」
ガルドロスが低く唸る。
その間にも、
ズワがなんとか体を起こそうとしていた。
体は震え、限界に近い。
「…私だって…まだ…」
手にした剣を握りしめる。
だが、一歩踏み出すよりも早く、
一体のアンデッドが彼女の目前に出現した。
「――ッ!!」
斧が振り上げられる。
だがその瞬間――
バリッ!!
横から雷光が炸裂する。
アンデッドは弾き飛ばされ、遠くへ消える。
「無理すんなって!!」
ライオラの声。
ズワは肩で息をしながら、
「…ありがと…」
戦闘は、瞬く間に混乱の極みへと落ちていく。
明原が、二体を相手にしていた。
動きは速く、
正確無比。
一閃一閃が、
無駄なく敵を捉える。
ついに一体の体が真っ二つに裂かれ、
地面に倒れる。
だが――
バラバラになった肉片が、
自らの意思で動き、
再び一つの体へと繋がっていく。
時間が、一秒だけ止まったように感じた。
「…まだ、立つのか…」
明原の瞳が、鋭さを増す。
別の場所では、
ライオラがさらなる力を解き放つ。
灰色の空が轟音と共に震え、
ズガガガガッ!!
極太の雷が、一体のアンデッドを直撃する。
体は木端微塵に砕け、
炎に包まれる。
だが――
ゆっくりと、
また一つの形を成し、立ち上がる。
「…こんなの…ありえない…」
ライオラの声が震える。
ガルドロスが歯軋りする。
「死なないんなら…」
再び地面を拳で殴りつけ、
今度はより深く、より強固に地中へと封じ込める。
ドゴォンッ!!
だが、厚い岩盤さえもが…
簡単に裂け、
奴は再び這い出てくる。
「…こっちが先に、力尽きるだけだ…」
重圧が、四人の肩にのしかかる。
ズワが、残った力を振り絞って横から奇襲をかける。
剣がアンデッドの胴体を貫いた。
だが、敵は何も感じていない様子で、
ただ体を捻る。
バシッ!!
逆に殴り飛ばされ、
ズワが地面に激突する。
「…ぐっ…!!」
明原が瞬時に動く。
踏み出した足元から炎が噴き上がり、
ボウッ!!
アンデッドを遥か彼方へと弾き飛ばす。
明原はズワの前に立ち、
かすかに口元を上げる。
「…死ぬなよ…冒険者…」
ズワは弱々しく笑う。
「…私も…死ぬ気…ない…から…」
明原は再び四体の敵を睨む。
その瞳が変化する。
研ぎ澄まされ、
深く、奥底まで見通すような眼差し。
「…体を攻撃しても…意味がない…」
低く、囁く。
彼は観察していた。
奴らの動き。
攻撃のパターン。
そして――
体の中心部に、
かすかに存在する異物のようなもの。
「…核がある…」
「ライオラ!!」
声が響く。
ライオラが即座に振り返る。
「一体、抑えろ!!」
問答無用。
ライオラの体が電光と化す。
全身に魔力を纏い、
高速で一体の注意を引きつけ、動きを封じる。
明原が前に出る。
剣の炎が変わる。
今までのように燃え盛るのではない。
凝縮され、
重く、
鋭い刃となる。
一閃。
ザシュッ!!
狙いは、正確に胸の中心。
そこで、
何かが砕ける音がした。
黒い破片が散る。
アンデッドの動きが、ピタリと止まる。
そして――
砂のように崩れ落ち、
二度と動くことはなかった。
沈黙。
「…やった…」
ライオラが息を呑む。
「コアだ! 真ん中の核を狙うの!!」
戦況が、一変する。
ガルドロスが即座に理解し、
態勢を変える。
敵が突進してくるのを待ち、
わずかに体をかすめさせ、
その瞬間、
渾身の一撃を中心部へと叩き込む。
バキッ!!
核が砕け、
アンデッドは塵と化す。
「…チクショウ…」
ズワも、残った力で敵の注意を引きつけ、
「…こっち!!」
明原が背後から回り込み、
刃を閃かせる。
残すところ、あと二体。
だが――
その最後の二体が、
突如として変化した。
動きが、さらに速くなり、
攻撃はより苛烈に、より獰猛になる。
「…学習してる…?」
ライオラが小さく呟く。
一体が、彼女の目前へ、
信じられない速度で迫る。
ザリッ!!
服が裂け、肌がかすめる。
ライオラが後ろに飛び退く。
「…チッ!!」
その瞬間、
明原が彼女の前に立ちはだかった。
纏う炎が、今までとは比べ物にならないほど大きく燃え上がる。
初めて、
彼の放つオーラが形を成した。
熱く、
重く、
空気そのものが焼けるような威圧感。
残された二体のアンデッドは、
一瞬だけ動きを止めた。
まるで、
目の前の存在が何なのか、本能で理解したかのように。
明原は無言。
だがその瞳は、
氷のように冷ややかだ。
「…終わらせる」
一歩、踏み出す。
その動きは、もはや肉眼では追えない。
フラッシュ――スラッシュ!!
一閃。
核が砕ける。
最後の一体が背後から襲いかかろうとする。
だが――
ズガァッ!!
ライオラの雷光がそれを打ち据え、動きを封じる。
明原がゆっくりと振り返り、
そして――
全てを終わらせた。
パキッ…
静寂。
四体のアンデッドは、
完全に消滅した。
二度と蘇ることはない。
ただの灰となって、風に舞うだけ。
風が、ゆっくりと吹き抜ける。
誰もが、その場に立ち尽くしていた。
ライオラがその場に座り込む。
「…あれが…ただの、使い魔だったの…?」
ガルドロスが、苦々しく笑う。
「…あんなもんが使い魔だなんて…」
彼は視線を転じ、ムシャフの廃墟を眺める。
「…昨日ここを蹂躙したヤツは…一体、何なんだ…?」
ズワが、ただ俯く。
「…地獄…だよ…」
明原は黙ったまま、
散らばる灰を見つめていた。
だが――
その灰の一片が、
かすかに、動いた。
ゆっくりと。
まるで、
まだ生きているかのように。
明原が瞳を細める。
「…まだ、終わっちゃいない…」
低い声が、雨音に消される。
そして、遥か遠く――
世界のどこかで、
何かが動き始めていた。
新たなる標的を求めて。
戦争は、
まだ始まってもいない。
だがこの世界は、
既に、崩れ始めているのだ。
「次回更新: 5月 3日 20:20」




