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第28話: 同じ方向

二人の足取りは…もはや以前とは同じではなかった。


疲労のせいでもなければ、

傷のせいでもない。


ただ、彼らは知ってしまったから。


南の森の空気は、一層重く感じられる。


温度は下がり、

一歩ごとに、避けられない何かへと近づいているような感覚が押し寄せる。


不知火明原は、ただ前を見て黙々と歩く。


視線は真っ直ぐ前を向いているが、

心の中は空っぽではなかった。


その隣を

ライオラ・ライゼンがついて行く。


いつもよりも、口数が少ない。


数分が経ち、

ライオラがようやく口を開いた。


「…さっきのが…」


一度言葉を切る。


「…大罪の一人なんだとしたら…」


明原は振り返らない。


「…ムシャフ王国にいるヤツは…」


沈黙。


答えはすぐには来なかった。

だが、告げられた言葉は――


「…もっと、悪質だ」


短く、単純な言葉。

だが、それだけで空気がさらに重くなるのを感じた。


ライオラはそっと拳を握りしめる。


「…私たち二人で…足りるのかな?」


弱音ではない。

ただ、純粋な疑問。


明原がふと足を止め、

ゆっくりとこちらを向く。


「…足りない」


即答だった。

迷いのない、率直な答え。


ライオラが一瞬、言葉を失う。

だが、それより先に――


「…だが、行く」


明原は再び歩き出す。


それは根拠のない楽観ではない。

紛れもない、決断だった。


さらに歩を進め、

ライオラが再び、小さな声で問いかける。


「…もしも…この先、状況が最悪になったら…」


明原は前を向いたまま答える。


「…俺が前に出る」


沈黙。


ライオラは、かすかに笑みを浮かべる。


「…知ってる」


少しだけ歩幅を広げ、彼の隣に並ぶ。


「…だから私は、横にいるの」


二人の足音が、再び一つになった。


そしてとうとう――


木々の密度が薄れ始め、

外の光が差し込み、

地面の感触も変わる。


しっかりとした、人の往来の多い土地へと変わっていく。


彼らは森を抜け出した。


だが、そこに待っていたのは――


平和ではなかった。


足跡。

無数の足跡。


靴の跡。

何かを引きずった跡。


そして――


血痕。


ライオラの全身が硬直する。


「…これは…」


明原が膝をつき、

地面に手を触れる。


まだ、温もりが残っている。


「…新しい」


遠くから、別の足音が近づいてくる。


弱々しく、

慌てたような音。


何人もの人々が姿を現した。


服は汚れ、

顔は青ざめている。


難民たちだ。


その一人が明原とライオラを見るなり、

恐怖に駆られて後ずさる。


「…来るな! 近づくな!」


ライオラが慌てて手を挙げる。


「私たちは危害を加えたりし―」


「アイツらも気配がなかった!!」


叫び声が、言葉を遮った。


場が凍る。


明原がゆっくりと立ち上がる。


「…何があった?」


一人の老人が前に出る。

体中が震えている。


「…ムシャフは…」


息が荒い。


「…もう、なくなった…」


ライオラの表情が曇る。


「…滅んだ…というのですか?」


老人はゆっくりと頷く。


「…闇の中から現れて…」


「…魔力の気配がなくて…」


「…何も感じないまま、蹂躙される…」


彼の瞳は生気を失っている。


「…そして、一体だけ…」


言葉を詰まらせ、

唾を飲み込む。


「…ただ座って…全部を見ているヤツが…いた…」


明原とライオラは、一瞬だけ視線を交わした。


彼らは理解した。


「…まだ、そこにいるのか?」


明原が問う。


老人はゆっくりと首を横に振る。


「…わからない…」


「…だが、一つだけ確かなのは…」


瞳が恐怖に見開かれる。


「…誰も、アイツには逆らえない…」


沈黙。


明原は深く頷き、


「…ありがとう」


それだけ言って、

再び歩き出す。


ライオラは難民たちを一瞥し、

すぐに彼の後を追った。


二人の足取りは、

より速く、

より確かなものになっていた。


――――――――


遥か南の地。


ムシャフ王国。


あるいは、

かつてそう呼ばれた場所の残骸。


建物は崩れ落ち、

大地は亀裂だらけ。


そして空気は――


死んでいる。

生命の気配が、一切ない。


廃墟の中心で、

一人の男が膝をついていた。


巨躯。

無数の傷。


ガルドロス。


「…まだ…」


手で地面を掴み、

食いしばる。


「…終わらせ…ない…」


だが、体は言うことを聞かない。


崩れた建物の上に、

一人の人物が腰掛けていた。


ただ、静かに、

眼前の光景を眺めている。


アケディア。


その瞳は空虚だ。


憎しみもなければ、

喜びもない。


ただ…何もない。


「…つまらん」


一言だけ零す。


空を見上げ、

それから


ゆっくりと、

顔を横に向ける。


遥か遠く。


エルフの王国の方角へ。


アエレル・アーシア・シルファエル。


「…そっちなら…」


アケディアの声は平坦だ。


「…もう少しは…騒がしいかもしれんな」


ゆっくりと立ち上がり、


一歩踏み出した瞬間――


姿は闇に溶けて消えた。


残されたのは、

冷たい静寂だけ。


――――――――


世界の反対側。


エルフの王国。


光に満ちた広大な森。

本来なら穏やかな場所。


だが今日は、

違っていた。


アエレル・アーシアが高いバルコニーに立ち、

瞳を大きく見開いている。


「…来る…」


風が、ぴたりと止む。


「…二体…」


杖を強く握りしめる。


「…違う…」


息が、微かに震えている。


「…それ以上…だ…」


背後に小さな影が近づく。


彼女の弟だ。


「…お姉ちゃん…?」


アエレルは振り返らない。


「…全員召集して…」


声は厳しく、鋭い。


「…戦争が、始まる」


――――――――


再び、二人のもとへ。


明原とライオラは、

小さな丘の上に立っていた。


そして眼下に広がるのは――


ムシャフ王国。


あるいは、

その名残。


破壊された建物。

立ち昇る細い煙。


そして、死の静寂。


ライオラはその光景を見つめ、

声が震える。


「…遅かった…の?」


明原はすぐには答えない。


じっと眺め、

風が髪をなびかせるのに任せ、


そして――


「…まだ、だ」


静かな声。

だが、決して軽くはない。


彼らは知っている。


この先に待つものは、

まだ終わってなどいない。


そして彼らは今、

その扉の真正面に立っているのだ。

「次回更新: 5月 1日 20:20」

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