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第14話:存在してはならない子供

日の村には、依然として夜の帳が降りていた。


辺りはしんと静まり返り、

木造の小さな家の壁を、風が時折そっと撫でる音だけが響いている。


家の中には三人の人物が同じ部屋にいた。

だが、誰一人として心から安らいではいない。


小さな畳の上に、一人の赤ん坊が横たわっている。


ノア。


その瞳がゆっくりと開かれた。


深紅。

漆黒。

底知れぬ深み。


まるで、人間の赤ん坊が持つには、あまりにも不相応な何かが宿っているかのようだ。


部屋の隅では、リオラ・ライゼンが凍りついたように立ち尽くしていた。


その視線は鋭く、一点に定められている。


そしてその隣では、不知火明原が微動だにせず佇んでいた。


誰も言葉を発さない。

まるで時間そのものが停止したかのような、数秒間。


だが次の瞬間――


ノアが瞬きをした。


瞳は元の穏やかな色へと戻り、

小さくあくびをする。


「…あー」


そして、いつもの無邪気な赤ん坊へと戻った。


沈黙。

だが、部屋の空気は完全に変わっていた。


ようやくリオラが口を開く。

その声は限りなく低い。


「…あれは、人間の目じゃない」


明原は答えなかった。


だが今回ばかりは――

彼も即座に否定することはできなかった。




時が経ち、

再び灯りがともされた。


仄暗い明かりが部屋を照らす中、

リオラは腕を組み、真剣な面持ちで立っている。


「明原」


いつもよりも、幾分冷ややかな声音。


「確かめなければならないことがある」


明原がゆっくりと顔を上げる。


「何を確かめるって?」


リオラの視線は、依然としてノアに注がれている。


「この子が本当に…ただの赤ん坊なのかどうか、を」


明原はすぐさま眉をひそめた。


「そんなこと、する必要はない」


「ある」


リオラの答えは速く、そして毅然としている。


彼女は一歩、踏み出す。


「もしこの子が、今回の全ての元凶だとしたら――」


「元凶なわけがない」


明原が言葉を遮った。


声は荒らげていない。

だが、その言葉には揺るぎない確信が込められている。


リオラは彼を見つめた。

数秒の間、視線が絡み合う。


「なら、説明してみせろ」


明原は言葉に詰まった。


彼には、説明できるだけの答えがなかったのだ。


その事実が、場の空気を一層重くする。


ようやくリオラが、深く息を吐いた。


「分かった」


彼女はゆっくりと手を挙げる。


指先には、小さな電光がチラチラと瞬いている。


規模は極めて小さく、危害を加えるほどのものではない。

だが、その性質を試すには十分だ。


明原の全身に、瞬時に緊張が走る。


「リオラ…」


「安心しろ」


電光はゆっくりとノアへと近づいていく。


ノアはそれを見つめ、

まるで幼い子供が光るおもちゃを見るように、視線だけで追いかけている。


だが――

電光があと少しで触れるかというその瞬間。


ノアが、微笑んだ。


それはただ無邪気な笑みではない。


何かを…“理解した上での”、何かが含まれていた。


リオラは即座に手を引っ込めた。


目を細め、低い声で呟く。


「…今の、見たか?」


明原は黙っていた。


だがその沈黙こそが、最も確かな答えだった。




日の丸村に朝が訪れた。


村はいつものように活気を取り戻しつつある。


だが彼らにとっては――

もはや何もかもが、以前とは同じには感じられない。


明原はノアを、いつもよりもずっと強く抱きしめていた。


リオラがその隣を歩く。

全身を神経研ぎ澄まし、警戒態勢を解かない。


村のどの一角も、まるで何者かの視線にさらされているように感じられる。


時は昼へと移ろい、


その時だった――


バキッ!!


地面に亀裂が走った。


音は前回よりも遥かに大きく、鋭い。


村の井戸の近くだ。


一度に五本もの亀裂が、地割れとなって広がった。


村人たちがパニックになる。


「逃げろ!」


地の底から化物たちが這い出てくる。


体は以前よりも大きく、

より暗く、禍々しい姿をしている。


もはや、ただのゴブリンとは言い難い。


だが共通している点は一つ――

魔力の気配が、完全に欠落していることだ。


リオラが即座に前へと躍り出る。


今回は躊躇いはない。


彼女の手に、雷光が形を成す。


バリッ!!


一閃、一匹の化物が木端微塵に砕け散った。


だが残りの二体が、同時に襲いかかってくる。


その動きには――

明らかな“狙い”があった。


それを見た明原は、すぐに理解した。


「…奴ら、闇雲に襲ってるんじゃない…」


彼の視線が鋭さを増す。


化物たちの標的は――

一点に定められている。


ノア、だ。


明原は瞬時に動いた。


ノアの前に立ちはだかり、

その身を挺して守る構えを取る。


その瞬間、初めて――


彼の体から、熱気を帯びたオーラが滲み出た。


薄い膜のようなものだが、その威圧感は紛れもなく本物だ。


一体の化物が飛びかかる。


明原は身をかわし、


そして――


ドンッ!!


渾身の一撃。


化物は弾丸のように吹き飛ばされ、地面に激突した。


だが、すぐには消滅しない。


「…力が、上がってる…」


明原が低く呟く。


リオラが声を上げる。


「明原!」


「ああ!」


「奴らは村を襲ってるんじゃ――」


「――ノアを狙ってるんだ」


一秒の沈黙。


だが、それだけで十分だった。


戦いは呆気なく終結した。


リオラの雷光が、残る敵を一閃する。


化物たちは跡形もなく砕け、

黒い灰となって風に消えていく。


やはり今回も――

魔力の痕跡も、生命の痕跡も、何一つとして残らなかった。




遥か西の彼方。


鬱蒼とした大森林の中、

そこにはエルヴァリセス・エルフ王国が存在していた。


この地では、魔力がまるで空気のように満ち溢れ、あらゆる生命を潤している。


だが、その日――

世界の調和に、明らかなる異変が生じていた。


高い塔の上、一人のエルフの女性が佇んでいた。


エリンドラ・シルファエル。


彼女がゆっくりと瞳を開く。


「…世界の流れが、乱されている」


その背後では、若いエルフの少女が胸元に手を当てていた。


エアエル・アシア・シルファエル。


「私にも…感じられます…」


彼女は西の空を仰ぎ見る。


「…でも、これは魔力じゃない」


沈黙が流れる。


エリンドラは厳しい面持ちで目を細めた。


「…この世界にあってはならない、何かだ」




日の丸村。


夕暮れ時。


風は穏やかに吹いているが、

心の中まで晴れることはない。


明原は家の外に立ち、

ノアを抱いていた。


その腕の力は、以前よりも更に強まっている。


隣に立つリオラが、静かに言った。


「…奴らは、この子を目指して来てるんだ」


明原はもはや否定しなかった。


否定することなど、もうできはしないのだ。


全ての事実が、目の前に晒されている。


彼は腕の中のノアを見下ろす。


たった一人の赤ん坊。


だがそれは、巨大なる何かの中心に他ならない。


明原はゆっくりと、深く息を吸い込んだ。


「…もう、ここには居られないな」


リオラが彼の方を向く。


「また、旅に出るのか?」


明原はゆっくりと首を横に振った。


「違う」


彼の瞳に、再び炎が宿る。


鋭く、

深く、

かつての“あの頃”の面影が蘇る。


「俺がここを離れても…奴らは必ず追いかけてくる」


彼の視線は、西の彼方へと向けられる。


全ての元凶が存在するであろう、その方向へ。


「今度こそ――」


声は低い。

だが、その一言一言には鉄のような決意が込められている。


「俺の方から、奴らに会いに行く」


リオラは彼の横顔を見つめた。


そしてようやく、

彼女はその姿をはっきりと見た。


“炎の師範”


完全に消えたわけではなかった、その伝説が。


今まさに

再び、燃え上がろうとしているのだ。

「次回更新: 4月 17日 20:20」

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