第33話 勇者の死
あれから数日。なんとなくギクシャクしながら過ごした。そんな環境だと仕事中も意識が散漫になる。
「…先生!アリナ先生!」
は、ヤバいヤバい。
「ごめんなさい、ぼーっとしてました!次の患者さんですか?」
「…いえ、今日はもう時間なので診療所を閉めましょうという話です。」
「あ、ああ。もうそんな時間か。わかりました。片付けますね。」
同僚の回復術師から声をかけられ今日の仕事が終わっていた事に気付く。
「最近ずっとそんな感じですね。どうかしましたか?」
「えっと、同居人と今後についての話が拗れているというか…。」
「同居人さんとの今後?ああ、結婚ですね。アリナ先生もいい歳だからそろそろ身を固めたいって事ですな。」
「うーん、むしろ逆で結婚しようって言われてるんですけど私としては今のままでいいかなって感じなんですよね。」
「それは勿体無い。20歳前後で結婚して、子供を産むのも立派な仕事ですよ。」
この世界にはパワハラだのセクハラだのと言った概念が無いのでこういう発言は当たり前に飛び出す。というかこの程度の発言は嫌がらせですらないという認識だ。
というこのオッサン、私を20歳そこそこだと思ってるんだよな。この国の人からみると日本人は若く見えるという事もあるが、どうも魔力を使っていると少なからずアンチエイジングの効果があるようで私達は4人とも歳の割には老いてないような気はする。スキンケア用品とか全然使ってないけど、お肌もさほど荒れてない。
「まあそれは分かるんですけどねー。」
職場を出て外に出る。市場で適当に食材を買って家に帰る。
「アリナ、おかえり。ご飯はもうちょっと待っててね。」
家に帰るとカノンが夕食を作っていた。我が家の家事は当番制で今日はカノンが晩御飯係だ。
「手伝うわ。」
とはいえ私は料理が趣味なので暇があればこうして手伝ったりする。このあたりは柔軟なのだ。家事ってのはガチガチに分担するより適度に補いつつ助け合うのが共同生活の秘訣だ。
「ありがと。」
夕食を作っているとコウとユキが帰ってきた。ユキは私達が夕食を作っているのを見て食器の用意をしてくれる。
カノンは仕事を探して家事をしてくれるタイプで、ユキは誰かが動いていれば気付くタイプ。コウは正直言わないと気付かないタイプ…言えば動くだけマシだけど、正直結婚するならユキの方がストレスたまらないタイプなんだよなぁ。
「ああ、そうか。」
「なに?」
「私、今の生活が気に入ってるのよ。」
「うん、私もだよ。」
「だからカノンとユキも結婚しないさいよ。」
「ぶっ!」
「何言ってるだ!」
ユキが吹き出してカノンが変なツッコミを入れる。
「ご飯食べながら話しましょう。」
出来上がった料理を食卓に並べみんなで席につく。
「いただきます。」
カノンが作ったスープと私が作った野菜炒め、それと買い置きのパンが今日のメニューだ。
「それでさっきの発言はどういう意味だ?」
ユキが聞いてくる。
「そのままの意味なんだけどね。私はコウと結婚するはイヤなわけじゃないけど、今の生活が終わっちゃうのには未練がある事に気付いたの。だから私とコウが結婚するのと一緒にカノンとユキも結婚して、これまで通り一緒に暮らしましょうよって提案。」
「コウはそれでいいの?」
「ん?まあ良いんじゃないかな、みんなで過ごすの楽しいし。」
「良いのかよ。…じゃあユキ、結婚しようか?」
「えっ!?カノンはそれで良いのか?」
「うん。私はユキの事好きだし。どうする?」
「…ちょっと待ってもらって良いか?」
「え?あ、うん。わかった…。」
あれ?ユキなら二つ返事でOKすると思ったのに。というかカノンも軽いノリでプロポーズしたな!?自分がけしかけておいてなんだけどこの展開は読めなかったわー。
ユキがカノンへの返事を保留した事で、なんだか微妙な空気になったまま食事は終わった。
「フラれちゃった。」
夜、寝る前にカノンが残念そうに呟いた。
「急な話だったからユキも混乱したんじゃないの?まあ急な話をしたのは私なんだけど。あれは明日あたり指輪を買いに行って、明後日改めてユキからカノンに告白する流れよ。」
「そうかな?そうだったら嬉しいんだけどな…。」
「どうみてもユキもカノンのこと好きで間違いないから、安心しなさい。」
というか本人から聞いてるからな!
「うん…ありがと。」
ほらユキが微妙な態度をとるからカノンが不安になっちゃってるじゃない!
私が言いたいことを言ってスッキリしたと思ったら今度はカノンとユキがギクシャクしてしまい、また数日。
「カノン、先日の話だが。」
「あ、はい。」
「この間はいきなりでちゃんとした答えを返せずに済まなかった。俺もカノンが好きだ。だから、これを受け取ってほしい。」
そう言って小さな箱を取り出すユキ。それを開けるとシンプルなリングが入っていた。
「俺からも改めてお願いだ。俺と結婚してくれ。」
「…ありがとう。よろしくお願いします。」
カノンが左手を出すとその薬指にリングを嵌めるユキ。私とコウは自然と拍手していた。
「やったな!ユキも仕事を休んで指輪を買いに行った甲斐があったな。」
「コウは私に指輪をくれないの?」
「アリナはサプライズで渡すよりも自分で選びたいタイプだろ?今度一緒に買いに行こうぜ。」
「…合格。」
ニヤリとサムズアップしたコウ。こうして私達はそれぞれ結婚する事となった。
「しかしこの世界の結婚ってどうやるんだ?」
「あなたそれも知らずにプロポーズしてきたの?呆れた。」
「王族貴族なんかは戸籍がしっかりしてるから挙式披露宴をすると同時に戸籍に追記して夫婦になるんだよね。平民の場合はその辺りが曖昧で周囲に結婚したって伝えて認められたら夫婦って感じ。あとは出来ちゃった婚だね。その場合お互いに「この子の両親は私です。」って言えば夫婦として認知されるからね。
私達の場合はコウとユキの職場に私とアリナが、アリナの職場にコウが顔出して「この人と結婚しました。」って言えばそれでOKかな?」
「カノンの魔術協会は?」
「あそこは個人情報に興味ない人の集まりだから。」
なんだそりゃ。
「だから明日にでも早速挨拶回りしちゃおうか。」
「そうだな。ついに結婚か。なんか緊張するな。」
「じゃあ朝コウとユキの職場に一緒に行こうか。」
「そのあとコウに私の職場に来て貰えばいいのね。」
「ところでカノン、平民は結婚が戸籍に乗らないって事だけど税金はどうするんだ?」
「あ、市民登録はしてあるから人頭税は取られるんだよ。私達4人も登録してあるよ。変なところで目をつけられても嫌だし。
でも夫婦で控除とか婚姻税とかそういうの無いからそれでとりあえず問題無いっぽい。」
「なるほどな。でも誤魔化し放題な気もするな。」
「実際誤魔化し放題だよ。でもマルサは居るからね、この家に住んでる人間を抜き打ちでチェックして、市民登録と合わなければ問答無用で家財含めた財産を全部没収できる法律になってるの。」
「それは怖いな…。」
「うん。結構摘発されるから、大人しく払えるものは払った方がいいよ。そんなに高くもないし。」
「そういうのってこの世界だとどこで習うの…?」
「さあ?私は本で読んだけど。」
カノンの博識に改めて感謝した。
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翌朝。それぞれの職場に結婚の報告に行こうと思っていたのだが…。
「スマン、風邪引いた…。」
「コウは何日か前から咳をしていたし多分熱もあったんだ。」
「何で黙ってるのよ…。」
「なんかこのところ雰囲気良く無くかったから言い出し辛くって。」
「おバカ。治してあげるから手を出して。」
コウの手を取り『治療』の術を使う。
「あれ?熱が下がらない…。」
もう一度使うが、やはりコウの手は熱いままだ。オデコをくっつけてみる。
「おかしいわね。」
「治らないのか?」
「うん…。私の術ならただの風邪くらいなら一発なのに。」
「性質の悪い風邪かな?」
「どうだろう。…特殊な風土病とかだと効かない事もあるのかしら。いずれにせよ、その熱が下がるまでは仕事どころじゃないわね。大人しく寝てなさい。」
「じゃあ私達の報告もコウが治ってからでいいか。」
「別に2人は先に報告しちゃえば良いじゃ無い。」
「記念日が二つあったらややこしいじゃん?」
「確かに。」
「という事でコウ、さっさと風邪治してね。」
「ああ、わかった。とりあえず今日は寝てるよ。」
そう言ってコウは自室に引っ込んでいった。
「でもアリナの回復術で治らないって心配だね。変な病気だったりしないよね?」
「ただの風邪なら良いんだけど…。」
だが私達の期待も虚しく、その後コウの熱は何日も下がる事はなかった。
「滅茶苦茶高熱ってわけでもなさそうなのよね。この世界には体温計が無いからはっきりとは断言出来ないけど、37〜37.5℃くらいだと思うのよ。」
「とはいえ30過ぎると微熱でも苦しいっていうし。」
「アリナは毎晩看病してるが、伝染らないのか?」
「ええ、私は特に問題無いの。」
「俺としては毎晩アリナと一緒にいられるからラッキーぐらいに思ってるんだけどな。」
「当の本人がこれでいまいち危機感が無いのよね。食欲もあるし…。カノン、コウの魔力の流れは問題無いわよね?」
「うん。特に魔力の流れが乱れて熱が出てるってわけでもなさそう。」
「だとすると本当に何が原因なのかしら。変なもの食べたりしてないわよね?」
「食べてないな。最近はアリナに指輪を買うために買い食いもやめて小遣い貯めてたし。」
「はいはい、じゃあ指輪は期待してるからさっさと風邪を治して頂戴。」
そういうとコウをまた寝かせて私達は各々仕事に向かう。そんな毎日を10日ばかり過ごしただろうか。いい加減不安になってきて町医者に診て貰うかと考え始めたある日。
「今日はなんかすごく調子が良いんだけど!」
「あら本当に?」
「ああ、熱も下がってるんじゃ無いかな。」
「どれどれ…。」
おでこをくっつける。
「うん、確かに平熱に下がってるわね。良かったわ。」
「やっと治ったのか。結局何だったんだろうな?」
「いやあ長期間寝込んで悪かった。家事も俺抜きでローテーションしてたんだろ?今日からガッツリ復帰するから!」
「正直家事はそんなに困ってなかったかな…。」
「残念だな、一番家事スキルが低いコウが寝込んでも全然問題なく回ったんだ。」
「がーん。」
「まあ今日一日は念のため家でゆっくりしてなさいよ。寝てなくてもいいから。…家事はやってくれておいてもいいのよ?」
「そうだな!じゃあ今日は家事をしっかりやって、明日から仕事に復帰するわ。」
「よろしくねー。」
元気になったコウを置いて仕事に向かう。
「コウが元気になって良かったね。」
「本当に、心配ばっかりかけるんだからあの人は。」
「アリナの看病が効いたのかもな。」
「うーん、でも初日は寝苦しいかしらと思ってちゃんと診てたけど普通にケロリとしてたから翌日からは私も隣で寝てたのよね。」
「同衾?」
「ばか。病人とそんなことするわけないでしょ。ユキのベッドでって意味よ。」
「ですよね。」
「カノンって意外とムッツリスケベよね。ユキもそう思うでしょ?」
「………。」
「ユキ?」
「ノーコメント。」
ふと気づけばカノンも顔が若干紅い。…こいつらっ!私がコウの看病でコウとユキの部屋で寝泊まりしていたので必然、ユキは私とカノンの部屋で寝ていたわけだ。つまり、そういう事なのだろう。
「まあコウも治ったし今日から部屋を戻すからね。このままなし崩し的に部屋が交換されたままなのは良くないわ。」
「はーい。」
「了解だ。」
そうしてそれぞれの職場に向かった。
仕事が終わり家に帰ると、掃除洗濯が終わり夕食が出来ていた。
「へへ、名誉挽回のために今日は頑張ったぜ。」
「すごいじゃない。」
「ご飯も美味しかったよ。」
「ああ、掃除洗濯ができていた時点で夕飯の味が微妙っていうオチがついているのかと思ったが、そんな事もなかったな。」
「フッフッフ。もっと褒めてくれていいんだぜ?」
「いよっ!家事奉行!」
「これからも毎日よろしく!」
「毎日は勘弁してくださいっ!」
最近は雰囲気悪かったりからのコウの体調不良で夕食時もいまいち盛り上がらなかったが、今日は久しぶりに本当に楽しい時間になった。そんな楽しい夕食を終えると、ユキが仕事に行くと言い出した。
「スマン、今日はこの後朝まで門番をする事になっている。」
「夜勤?珍しいわね。」
「ああ。急に宿直を代わってくれと言われてしまった。いつもお世話になってる隊長が、嫁さんの誕生日を忘れて宿直を入れてしまったそうなんだ。」
「いつも宿直の時って家でご飯を食べないのに。」
「急に決まったから外で食べたら俺の分が無駄になるだろ?だから夕飯だけ食べるって一度帰って来たんだ。…じゃあ行ってくる。」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
3人でユキを見送る。その後は食器を片付けて交代でお風呂に入ったらもう寝る時間だ。
「じゃあ寝ますか。」
「あれ、アリナこっちで寝る?ユキも居ないしコウとイチャイチャしてもいいんだよ。」
カノンの変な気遣いにコウの目が輝く。
「病み上がりの人に変なことさせたく無いわ。それに今日から部屋を戻すって言ったしね。」
露骨にガッカリするコウ。
「そんな態度取らないの。ほら寝るわよ。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。…アリナ、前髪に埃ついてるぞ?」
「やだ、ホント?とってくれる?」
そう言ってコウに近寄ると、不意打ちで唇を重ねられる。
「ごめん、気のせいだったわ。じゃあおやすみー。」
「…ばか。」
「少女漫画のカップルみたいなことしてた…。30代の夫婦が。」
「まだ夫婦じゃなくて恋人同士よ。…ってカノン見てたの!?」
「しっかりと。」
恥ずかしい!部屋に戻っても顔が熱くて中々寝付けなかった。
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翌朝。起きて朝食の準備をしていると、ユキが夜勤から帰ってきた。
「おかえり。おはよ。」
「ただいま。この後また仕事に行くんだ。アリナ、悪いが『眠気覚まし』の術をかけてもらっていいか?」
さすが異世界、勤務インターバルという言葉は無いらしい。ユキに『眠気覚まし』の術をかける。
「コウは?」
「まだ寝てるのかな?寝坊助さんだね。」
「着替えついでに起こしてくる。」
「よろしく、そうしたらみんなで朝ご飯食べましょう。」
「ああ。」
そう言って部屋に入るユキ。私とカノンは朝食の支度を続ける。少しすると血相を変えたユキが部屋から飛び出してきた。
「ユキ!どうしたの?」
「コ、コウが…。」
ただならぬユキの態度に、不安が押し寄せる。私はユキを落ち着かせつつ、自分の心も落ち着かせる。
「ユキ、落ち着いて深呼吸…。」
「何があったの?」
「コウが、コウが…。」
ガタガタ震え、歯をガチガチと鳴らすユキ。だが唾をごくりと飲み込むと絞り出すような声で告げる。
「コウが、死んでいる…。」
私は目の前が真っ暗になった。




