第32話 諦めるとは違うけど
午後から降り出した雨は、夕方には上がっていた。診療所を出て濡れた道を歩き家に向かう。途中、市場で肉と野菜、果物を買って行く。
市街の中央通りから少し外れ、住宅街へ。そのはずれにある小さな一軒家が私達の家だ。
鍵を開けて入るとまだ誰も帰ってきてなかった。荷物を置いて夕食を作り始める。暫くするとコウとユキが帰ってくる。
「おかえりなさい。雨大丈夫だった?」
「ただいま。いや、全然ダメ。下着までびしょ濡れだわ。」
「ご飯もうちょっとで出来るから、先にお風呂入っちゃいなさいよ。ユキも一緒に。風邪ひくわよ。」
「そうする。ユキ、行こうぜ。」
バタバタと風呂場に向かう2人。私はキッチンに戻って調理の続きをする。出来上がった夕食を並べているとカノンが帰ってきた。
「ただいまー。いい匂い!」
「手を洗ってきなさい。」
「はーい。」
…なんか私、みんなのお母さんみたいじゃない?
風呂上がりのコウとユキも食卓につきみんなで夕食を食べる。
「今日はどうだった?」
「俺たちは普段通りだ。特に異常も無し。アリナは?」
「私もまあ普段通りね。カノンは進展あった?」
「残念ながら。もう目ぼしい本は大体目を通したから、あとは違う分野の本も片っ端から確認するしかないって状況。」
カノンは苦々しい表情で首を振った。
王国を出てそろそろ3年。数ヶ月かけて魔導国家に到着した私達はまず生活基盤を整えるところから始めた。王国を出た時にはあれだけあったお金が底を尽きそうだったのである。せっかくの旅だし余りガチガチに節制してもね、がモットーの女に財布の紐を握らせていた私達も悪いんだけど。
とりあえず最後のお金で家を借りた。カノンが魔導書を読み漁って帰還する術を探す傍ら、私達はお金を稼がないとという事で職探しを始めた。本腰を入れて帰還方法を探すなら短くて数ヶ月、下手をすると年単位で時間がかかりそうだと言われたからだ。さすがにそれだけの期間ニートをするわけにもいかぬ。
この世界には異世界の定番、冒険者ギルドなる物がない。あれば私達は「はわわっ!魔力が高すぎますぅ!」「これだけ魔力が高いなら最初からS級だなガハハッ!」
「なんで奴らだ…。」のガバガバ昇格コンボで楽勝だったはずなのに。
無いものに縋っても仕方が無かったのでコウとユキはその剣の腕前を売り込んで街の門番として雇ってもらえないか交渉。怪しい2人組とはいえ腕は確かな事を示せた2人は若い新入りと一緒という条件で雇用してもらい、新入りという事で決して高くは無いが毎日お金を稼いで来ている。
私は、少し悩んだもののやはり回復術しか能がないのでそれを売り込む事にした。ここは魔導国家だけあって私達が召喚された王国よりも街に魔法が溢れている。魔力がある人間は2割ほどだが、それを生業にしている人は街に溢れている。私は求人のある診療所を探してそこに自分を売り込んだ。魔導国家の回復術のレベルについていけるかという一抹の不安はあったものの認めてもらう事ができ、無事に手に職をつける事ができた。最初は助手という形であったが今では1人の医師扱い、アリナ先生と呼ばれてシフト勤務に組み込まれている。
カノンは最初こそプーの立場で街の図書館やら古書店、魔導具店に入り浸っていたがそれでは埒が明かないとしてこの国の魔術協会の門を叩いた。大丈夫なのかと心配もしたが「魔術オタクの集まり」との事で人の足を引っ張るより自分の研究に没頭するような人ばかりで人間関係は特に問題ないらしい。いまは協会で魔術の研究をしつつ元の世界に帰る方法を探しているといった具合だ。
………。
「みんな、ちょっといいかな?」
夕食後のティータイム。カノンが神妙な顔で切り出した。
「どうしたの?」
「あのさ。正直そろそろ腹を括る時が来てるかなって思ってるんだけど…。」
「カノンッ!?」
コウが立ち上がる。
「夕食の時にも言ったでしょ。目ぼしい本は大体確認したって。…本当は何ヶ月も前から何も進展が無いんだ。この国に来た時や、魔術協会で研究レポートを見せて貰った時なんかは王国時代には気付きもしなかった事があったりして「もしかしたら」って思ってたんだけどね。」
「…諦めるのか?」
「100%諦めるというよりは、いつか帰れたらいいなって感じに気持ちをシフトしつつこの世界で生きて行く事を受け入れるっていうか。」
「…私達としては、カノンが一番帰りたがってたと思うんだけど。」
「そりゃ帰りたいよ。でもさ、気付いたら私ももうじき30歳だし、みんなはとっくには30代で。このままダラダラと引き延ばしてもただ年をとっていくだけだよ。
かといって今からまた別の国に旅に出るのも現実的じゃないかなって。」
「でも、まだ諦めるには早くないか?」
「じゃああと何年頑張る?10年?その頃にはタイムリミットだよ?」
「タイムリミット?」
ハテナを浮かべる男2人。私はああそういうことかとピンと来た。言いづらそうなカノンに変わって言葉を繋ぐ。
「2人は女の人って何歳まで子供が産めると思う?」
「…あっ。」
「つまりカノンは私達が結婚して子供を産んで…そういう幸せの形を望むならそろそろ限界が来るよって言ってるのよ。」
「…まあそういう事だね。」
「でも私は別に子供欲しいって思っては…。」
「思ってない?本当に?考えた事がないだけじゃ無い?」
カノンが畳み掛けてきた。
「なんとなく、アリナはこのまま日本に帰ったらコウから離れていく気がしてたんだけど。別にコウが嫌いって事じゃなくて、十数年行方不明になっていたとしても腐っても芸能人のコウとただの高卒無職の自分を比較して釣り合わないとか考えて。違う?」
違わない。何この子、鋭いこわい。
「でもさ、この世界で生きて行く覚悟を決めたとしたら違わない?そういう事を考えるためにも、今日は話をしたかったんだ。」
そういうとカノンは自室…1人1部屋なんて贅沢は言えないので女子の寝室に引っ込んだ。残された私達は顔を見合わせる。
「…だってさ。」
「意外だな。カノンが最初に言い出すとは思わなかった。」
「あの子は状況判断が早いのよ。…まあさっきの話を考えるとそれでも今回は遅い方じゃない?」
「それよりアリナ、さっきのカノンの話って何だよ!?日本に帰ったら別れるつもりだったって…そんな事考えてたのかよ!?」
「あれはあの子の推測でしょ?」
当たってたけど。
「じゃあ別れるつもりはないんだな?」
「だから、その答えは日本に帰ってからでしょ?」
「なんでそうやって誤魔化そうとするんだよ。じゃああれは無しだ。アリナ、今すぐ俺と結婚してくれ!」
「どうしてそうなるのよ。ユキもここにいるし、ムードもへったくれもないプロポーズじゃない。」
「いや、これはアリナが悪いと思うぞ?」
「………。」
「コウが日本に帰ろうとしていた原動力はアリナだ。アリナが日本に帰る事を諦めていなかったからコウも諦めなかった。だがアリナが帰りたい理由のうち、多くを占めるのはカノンがそれを望んでいるからだろう?そのカノンが覚悟を決めたなら、アリナの気持ちも変わってくる…とすればコウが頑張る理由も無くなるんだ。」
「もちろん俺もだがな。だけど急にあんな事を言われても覚悟も心の整理も出来ていない。…今日は解散して、明日か明後日か、3日後か。みんなそれぞれどうしたいか決めてからまた話そう。」
ユキはそういうと全員のマグカップを持ってキッチンに引っ込んだ。自然、リビングには私とコウが残される。
「アリナ、俺…。」
「ごめん、私も混乱してる。…ユキが言ったでしょ。お互い少し頭を冷やしてきちんと考えましょう。」
自室に入るとカノンが床で正座していた。
「なにそれ?」
「相談無しであんな話してごめん。」
カノンは深々と頭を下げる。
「…おかげでコウにプロポーズされちゃったじゃない。」
「ええ!?」
「まあユキの提案で一度各自頭を冷やしましょうって。」
私は着替えを取り出す。
「とりあえずお風呂入っちゃいましょう?」
「私も?」
「1人で悶々と考えてたらのぼせちゃうもの。付き合ってよ。」
「…うんっ!」
夕食前にコウとユキが入ったので湯船には湯が張ってある。私は水を温める魔道具に魔力を込め、追い焚きをする。固く絞った布で体を擦り、温まった湯で身体を流したら湯船に浸かる。カノンもさっさと身体を洗って入ってくる。風呂は無駄に大きく2人で入っても余裕がある。
「私さ、カノンほどは日本に未練は無いの。」
「うん。」
「家は兄貴が継いでるだろうし、今さら大学生に戻ってもまともな就職は望めないからね。実は親とも相性が良く無いっていうか…仲が悪いわけじゃないんだけど、まあ日本に帰れないなら仕方ないかなーぐらいの距離感なのよ。
彼氏はいなかったし、友達はいるけどそこまで深い付き合いの子は居ないし。」
「ぼっちだったの?」
「うーん。そもそも1人でいるのが好きなタイプだったの。」
「ぼっちだったんだね。」
「そもそも1人でいるのが、」
「ぼっちだったんだね。」
「うるせえな。そうだよぼっちだよ。」
風呂桶を持ってカノンの頭からお湯をぶっかけた。
「…それでも日本に帰ろうとしてたのは他でも無い、あなたのためよ?」
「知ってた。」
「この10年一緒に過ごしてきて…。最初は毎晩泣いてたあなたが日本に帰るために立ち上がって魔術を覚えて。誰よりも辛い思いをしてるのに誰よりも努力をしていて。そんなあなたが帰りたいなら、絶対帰してあげないとって。」
「うん。ありがとう。」
「それなのに…それなのにさっ。お前が一番に諦めるのとか頭沸いてんじゃねぇのか!?ざけんなよ!?」
そうだ。なんかスッキリしなかったのはこれが原因だ。私はカノンのためにこの10年間頑張ってきたと言ってもいい。なのに急に梯子を外された様な気がしたんだ。
「なんで諦められるの!?帰りたいんでしょ!?私とコウの事なんて二の次でいいんだよっ!帰りたいんだろ!!無理すんなよ!みんなお前が大好きだから、日本に帰してやりたいんだろ!?なのにみんなの想いを裏切るんじゃねぇよ!なぁ!なあ!?」
そのままカノンに掴み掛かる。カノンは反論する事なく私を真っ直ぐ見つめてくる。
「お願いだから、自分にウソついて無理するなよ!それじゃ私が嫌なんだよ!私達のために自分の幸せ諦めんなよぉぉぉ…。」
そのままボロボロと涙が湯船に落ちる。カノンは私の頭を優しく撫でる。
「やめろよ、優しくするなよぉ…甘えたくなっちゃうだろうが…。」
ひっく、ひっく。泣きながら肩で息をする私の頭を撫で続けるカノン。
「うん。ありがとう。アリナの想い、ちゃんと伝わったよ。」
ひっく…。
「でもね。アリナが…みんなが私の事を大好きでいてくれるの同じぐらい、私もみんなが大好きなんだ。だから、このままみんなの幸せを犠牲にして日本に帰る方法を探し続けるのは違うなって思うんだよ。」
カノンは改めて私を見る。
「だから、みんなが幸せになりつつ私の願いも叶えるの。私はもう、死ぬ前に一度家族と大切な友人に会えればそれで良い。それの方法はみんなが幸せになりながらでも探せると思うんだ。
だからさ。私のためって言って自分の気持ちに蓋をするのはやめようよ。」
最後にカノンは私をぎゅっと抱き締めた。
「アリナ、大好き。」
お風呂を出た私はベッドに横になる。自分の気持ちか。私はどうしたいんだろう。
横ではカノンがこちらに背中を向けて寝ていた。多分まだ眠ってないだろうから、話しかけたら応えてくれるだろうけど。今は自分で自分に向き合わないといけないと思った。




