第34話 勇者の死の後
その後の事はほとんど覚えて居ない。情けない話だがユキの言葉を聞いた私はそのまま気を失ったらしい。その後ユキとカノンが改めて部屋に入り状況を確認。確かにベッドの上で眠るように亡くなっていたとのことで医者を呼んだ。
医師の診療によれば死因は「老衰」に近いもので毒や病気では無く寿命が尽きたとするのが一番しっくりくるとの事だった。
蘇生は難しいかと聞いたがそもそもこの世界の回復術には蘇生魔術は無い。急に家族が亡くなって辛いのは分かるがきちんと見送ってあげるようにと諭されてしまった…というのがカノンとユキの談。
医師が帰ったあと、私は目を覚ましカノンとユキから状況を聞いたのだった。
その後、私もコウを確認。確かに生きていないのを理解して葬儀の手配を進める。とはいえこの世界の葬儀は簡素なもので、教会から神父を呼んで魂を天に還す。あとはそのまま共同墓地に埋めておしまいである。
私があまりに事務的に作業を進めるものだからカノンとユキが心配してどちらかは常に私につきっきりであった。
そうして葬儀も終わり、その後私は仕事にも行かず家事もせず、1日中ぼーっとする日が続いたそうだ。
何日経ったのだろう。夕食にユキが作ったスープを飲む。食欲が無いと断ったが、何か胃に入れないとという事で無理矢理にでも飲むようにと皿を渡された。スープは特別なものではなく、野菜と肉を煮込んで調味料で味を整えたごく一般的なものだった。コウの数少ない得意料理でもあった。一口飲んだ瞬間、これまでコウと過ごしてきた日々が蘇り止めどなく涙が溢れてきた。
「うあああぁぁぁああああっ…、うわああぁぁぁっ!」
そこで初めて声を出して泣いたらしい。
そうだ、とからしい、とかそんな言い方になるのはこの数週間の記憶が本当に抜け落ちているからだ。
抜け殻のように生きていたそんなある日。、いつものようにぼーっとしていると、ふと隣にカノンが座っている事に気付いた。
「ねえカノン。」
「ん、どうした?」
「お仕事は?」
「私とアリナは休職中。私の方は元々論文提出さえすれば良い成果報酬型の職場だし、アリナはコウを診てくれたお医者さんがアリナの職場の人だったから、落ち着くまで無理しなくて良いっていってくれてるよ。」
「どうして?」
「こんな状態のアリナを置いていけないでしょ。」
「いつから?」
「…コウが死んでから、ずっと。」
「どのくらい?」
「大体40日くらいかな?」
「そう…そっか、40日か。そんなに経ったんだ。迷惑かけちゃったね。」
「ユキも私も迷惑だなんて思ってないよ。ただアリナと一緒に居たかっただけ。」
「…ありがとう。なんかまだぼーっとしてるんだけどね。最近の私って何してたっけ?」
「…思い出に浸ってたのかな?」
「そんな感じだった?」
「うん。わりとずっと。」
「なんかさ、あれからずっと私が私じゃ無いような感じで。自分を上から見てるような感覚って言えばいいのかな?」
「うん、わかる気がする。」
「だけど今は久しぶりに自分の体に帰ってきたような感じがするんだ。」
「おかえりなさい。」
「え?」
「ずっと心がここに居なかったけど、さっき帰ってきたんでしょ?だから、おかえりなさい。」
「ああ、そういう事か。…ただいま。」
「何か食べられる?」
「…うん。お腹空いた。」
「それなら良かった。待ってて、すぐ準備するから。」
そういうとカノンはキッチンへ移動。ものの数分でパンと芋のポタージュをお盆に乗せてやってきた。
「これは?」
「いつアリサがお腹空いてもいいように準備しておいた。どやどや?」
軽い感じで言っているが、この40日間ずっとこうして準備してくれていたのだろう。それを文句の一つも言わずに準備してくれる気遣いが、優しい味と共に染み込んでくる。私の目から涙が滲む。
「あれ?変な味した?」
「ちがう…。カノンの優しさが嬉しくて…。」
「マジか。照れるわ。」
ゆっくり時間をかけてご飯を食べた。食べ終わったあと、カノンが淹れてくれたお茶を飲みながら部屋を見渡すと、コウが居なくなる前と変わっていなかった。ただし、コウの席にだけ小さな花が飾ってある。
「さすがにユキも私も現実味が無くてね。急過ぎたし、何より前日まで全然元気だったから。まだ彼の私物を処分しようとは思えないよ。」
「…そうよね。」
「ただ、やっぱりコウが居ないと寂しいね。明るさだけはダントツだったからさ。」
そういうカノンの目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「あ、ごめんね?せっかく久しぶりにお話できたのに辛気臭くなっちゃうね。」
「ううん、平気。カノンも悲しんでくれてて、あいつもあの世で喜んでるわよ。」
「そうかなあ。コウはいつもアリナの事ばっかり目で追ってたから。本当に好きなんだなって思ってたよ。」
「でもカノンの事も家族として好きだったわよ?「俺は一人っ子だけどカノンを見ると妹が出来たみたいな気持ちになる」って言ってたから。」
「私はコウを一度たりともお兄ちゃんだとは思えなかったんだけど。」
「片想いかよ。」
「なんでだろうね。どっちかっていうと弟感すらあった気がするよ。」
「分かる。言動が幼いのよ。」
「ユキは大人な感じなのにね。」
「でも正反対な2人だからなんだかんだ上手く噛み合ってたんじゃない?私とカノンもそんな感じじゃん。」
「私とアリナってそんなに正反対かな?」
カノンは少し考えるが、すぐに私の視線に気付く。
「おい待てよ、ケンカ売ってんなら買うぞ?この巨乳が!?」
「フフ、冗談よ。」
「まあ冗談を言うくらい気力が戻ってきた事に免じて一度だけ矛を収めてやろう。」
そんな感じで思い出話をしつつちょっと冗談を交えつつ…をしているとユキが仕事から帰ってくる。
カノンはささっとユキの分も夕食を用意した。アリナもまだ食べる?と聞かれたのでポタージュのおかわりをお願いした。
「それじゃあ頂きます。」
「頂きます。…アリナが元気になって良かった。」
「まだ本調子じゃ無いし、コウのことを考えると胸が詰まるけどね。」
「それは当たり前だ。俺たちだって平気なわけじゃ無い。ただそれでも、俺とカノンはお互いがいるけれどアリナは1人になってしまったわけだからな。心配もするだろう。」
「それもそうね…新婚さん2人のおじゃま虫にもなりたくないし、もうちょっとしたら出ていくから安心して。」
私の宣言を聞いて微妙な表情をするユキとカノン。私を心配してくれているのだろう。早く立ち直らないとな。
夕食を食べ終わるとユキがさっとキッチンに向かった。手際よくフルーツの皮を剥くと皿に乗せて私とカノンの前に置く。
「そういえばカノンは夕食は食べないの?」
「パンとかポタージュみたいなのはちょっと…。最近は専らフルーツだね。」
そう言ってユキが剥いたフルーツをフォークで刺し口に運ぶカノン。
「まさか、またお肉がダメになったの!?」
以前、魔族国との戦いで精神的に消耗し過ぎたカノンは食事をほとんど取ることが出来なくなった。その時はクソまずい特性栄養ドリンクを1日1杯飲むとでギリギリで命を繋いでいた。
そんな期間が数年に渡りカノンは一時期骨と皮だけのガリガリ状態だったのだ。
魔力枯渇からのソウルクラッシュを起こし、私の術でなんとか回復したもののその後遺症として「罪悪感」を感じる事が出来なくなったカノン。それが言い方も作用して今は普通に食事を摂る事ができるようになり、それでも痩せすぎではあるがなんとか健康体に戻ってきては居たはずだ。
「もしかしてソウルクラッシュの後遺症が悪化したりしてるの?」
「そういうことじゃ無くて…。」
「もう私、カノンが弱っていくのは見たく無いわよ。」
狼狽える私を落ち着かせるようにカノンは手で制する。
「うん、心配してくれてありがとう。…ユキ、伝えていいよね?」
ユキが頷く。
「ねえアリナ、怒らないで聞いて欲しいんだけど…。」
「何?怒るような事なの?」
「うーん、ちょっと怒るかも。じゃあ言い方変える…怒ってもいいから私の話を聞いてくれる?」
急に真剣な表情になるカノン。私も姿勢を正して聞きの姿勢になる。
「あのね、私がご飯を食べられなくなったのは精神的なものじゃなくてね。…いわゆる悪阻ってヤツなんだ。」
は?
つわり?
「つわりってご飯食べてたら急に「ウッ」ってなって「アナタまさか…」ってなるあのつわり?」
「そう、その悪阻。」
「アナタまさか…。」
「うん、そのまさか。」
「マジかよ!?父親は誰だよ!?」
おずおずと手を挙げるユキとそんな彼を指すカノン。当たり前か。
「それでさ、相談なんだけど…。アリナもこの子のお母さんになってくれないかな?」
はぁ?
「…代理出産みたいな?」
「そうじゃ無くて、出産は私がするから私とアリナとユキの3人で育てるわけにはいかないかな?」
「どういう事?え、なんでそういう話になるの?」
「カノン、結論から話すからアリナも混乱するんだ。順を追って話そう。」
ユキが順序立ててきちんと説明してくれる。
カノンの妊娠はコウが寝込んで寝室交換して居た期間で間違いないようだ。長年くっつきそうでくっつかなかなった2人がついに結ばれてそのまま愛を確かめ合う…までは良かった。とはえいユキは常識人、当然避妊しなければと言うとカノンは「大丈夫!」と胸を張って答えたそうだ。それを聞いてユキはカノンがきちんと私に『避妊』の術を使ってもらったと認識していたが、カノンは「出来ても大丈夫」の意味で言っていたと。
そんな内にコウの事でバタバタして、さすがにそれからは控えていたがその段階でしっかりヒットしていたらしい。私を見守りながらもカノンはちょっとした体調不良かと思っていたらしいが悪阻の症状と来るべきものが来なかった事で妊娠を確信したとのことだ。
「お前らは何で一番大事なところでコミュニケーションエラーを起こしてるんだよ…。」




