夕焼けの飛行船 9
「着いたみたいだね」
「楽しみですね!」
ドアノブに手を掛ける。
……まるで氷のように冷たい。
ここにはきっとあの頃の時間が詰まっているんだ。
ずっと放っておいてごめん、東海林。今着いたよ。
君が見ていた景色を探しに来た。
光が徐々に大きくなる。
古いせいでなかなか開かない扉に四苦八苦していると
野口が手を貸してくれた。
間もなくして鮮やかな光と青い空が目の前に開かれた。
所々床のタイルが剥がれていたが
それ以外は人が歩いても問題ない丈夫さだった。
落下防止のフェンス以外は何もない屋上。
地上に居たときよりも風が清々しい。
「あ! 田辺さん、あそこ!」
野口の指差す先には遠い街の上に広がる夕焼けがあった。
「凄いですよあの雲。光が反射して天国みたいです」
野口の長い髪が風に揺れる。
僕はフェンスまで近づき、野口の隣に立った。
「本当だ。東海林の奴、ここには連れて来てくれなかった」
「きっと取って置きだったんですよ」
野口が目を輝かせながら呟いた。
「取って置きか……」
それなら尚更……。
そう言いかけてやめる。
僕らは流れる金色の雲をしばらく無言で眺めた。
「田辺さんは私とじゃなくて、東海林さんと来たかったんじゃないですか?」
「いや、そんなことないよ。野口さんが居なかったらこの場所すら忘れてた」
「そういえば東海林さんは今何をしてらっしゃるんですか?」
「先月結婚したそうだよ」
「ああ……」
野口はリアクションに困った様子を見せながら軽く頷いた。
「もう帰ろうか」
「あ! 田辺さん、あれ!」
振り返るとそこには一艘の飛行船が優雅に浮遊していた。
夕日に照らされた飛行船の輪郭は、光の線で縁取られているようだった。
「飛行船? 珍しいな」
「結構大きいですよ……憧れたんですよね、昔」
少し前まではいつも目にしていた飛行船、今はてんで見なくなった。
そうだ、東海林が昔……あの雨の日に言っていた。
これを僕に見せたかったんだ。




