夕焼けの飛行船 8
……
僕と野口は高校の校門前に居た。かつての僕の母校である。
門は閉まり、人の気配はない。
「部活とかやってると思ったんですけど……」
野口が残念そうにつぶやく。
これでは屋上はおろか、門の奥にすら入れる様子ではない。
しばらく待ったが誰もやって来なかった。
「すいません、私が思い付きであんなこと言ったから……」
「いや、全然そんなことは良いんだ。……帰ろうか?」
野口は無言で頷いた。
僕自身野口に付き合わされて半ば仕方なくここに来たのだと思っていたが、
それは勘違いだったようだ。
門が閉まっていたとき、
心の中をぎゅっと鷲掴みにされるような不安な気分になった。
あの日にはもう戻れないのだと、そんな確信が僕を押さえつけようとしたとき
ふと思い出したことがあった。
「野口さん、ちょっと待って」
僕はかつての記憶を懸命に辿った。
「たしか学校の隣に廃ビルがあって、そこの屋上からも空がよく見えるって聞いた。
行ってみる?」
「はい! でも誰に聞いたんですか?」
「東海林に」
そのビルは幸運なことにまだ残っていた。
不思議な気分だ。
思い出の場所が今は手に届かないところにあって、
とっくに失われるはずだった場所が相変わらず僕の前に佇んでいる。
立ち入り禁止の小さな看板はあるものの、入り口はポカンと口を開けていた。
「ちょっと危ないかな、古いし……。誰か住んでるかも」
「住んでるって……。でも建物自体は意外と丈夫そうですよ」
灰色の強固なコンクリートに覆われたビル。
規則正しい長方形の四方には、薄いヒビが走っていた。
「やっぱりやめよう。危険だし、空を見るだけなんて」
僕の弱気な発言に野口は凛とした表情で言った。
「私こういう性格だから、途中まで来て引き返すのは嫌なんです」
野口からは東海林の面影を感じる瞬間が時折ある。
「わかった、行こう。でも無理はしない方向で」
僕らは慎重にビルへと入った。
中は閑散としており、1階、2階へと続く階段はすぐに見つけることができた。
空き缶や折れた串が落ちていたため、誰かが最近まで出入りしていたようだ。
「もし襲われたら助けてくださいね」
階段を上りながら野口が背中に話しかけてきた。
「縁起でもないことを……僕は仕事人間だから野口さんは先に逃げた方が良い。
その分の時間は稼ぐから」
「そんな頼りない返事はダメですよ……」
階段はずっと続いており、
どこのフロアにも物がなく閑散としていた。
階が上がるにつれて人が居た形跡も薄くなっていく。
辺りが無音になり、僕と野口の足音がエコーのように繰り返し耳に届いた。
「なんか変な感じですね。神秘的じゃないですか?」
「この階段が?」
「いえ、何かこの空間全部。人が居ないところって新鮮ですよ」
どうやら次が最後の階段らしい。
上り切った場所に光が漏れる錆び付いた扉が見えた。




