夕焼けの飛行船 6
……
「田辺さん、この後暇ですか?」
「え?」
話の途中、野口がそう言った。
「私も行ってみたいです。学校の屋上に」
「入れてもらえるかな」
「行ってみないとわかりませんよ。ダメですか?」
野口は不安そうに僕を見つめた。
「……ダメだな。まだ仕事があるし」
僕がそう言うと野口は残念そうに瞳に影を落としたが、
すぐに笑顔を作り直した。
「そうですよね! 田辺さん忙しいのに、邪魔しちゃってすみません」
野口がゆっくり腰を上げる。空になったテーブルのカフェモカを見て、
自分が長い時間昔話をしていたことに今更気が付いた。
「ごめん、長話しちゃって」
「いえ、良いんです。楽しかったですよ。また続きを聞かせてください」
野口は小さく手を振って店の外へ消えていった。
コーヒーカップを片付けている店員の横を通って、新しい客が隣に座る。
僕は立ち上がってレジへ向かい、会計を済ませた。
ふっとコーヒーの香りが僕の中を抜けていく。
足が動いた。何故かわからないが僕は走っていた。
走って野口の姿を探す。
どうしてなのかはわからないが、
今離してしまうともう二度と戻って来ないような気がした。
積み重ねてきた日々が僕の背中をポンと叩く。
「野口さん!」
駅へと続く歩道橋の上に彼女を見つけた。
驚いた表情の野口が足早に階段を下りてくる。
「どうしたんですか?」
「これから学校に、行こう。なんだか急に僕も行きたくなった」
野口は少しはにかみながら小さく頷いた。
横を通り過ぎる人々がどうしようもなく無機質でメランコリックで、
でもその中心にいる野口だけは淡く優しい夕日の色に染まっていた。




