夕焼けの飛行船
こんな日は屋上へ行こう。
……高校二年の僕はその日憂鬱な気分だった。
僕を嫌う一人の体育教師にあらぬ疑いを掛けられ、
その疑いが晴れても謝罪が一切なかったのだ。
放課後、家に帰るのがなんとなく嫌だった僕は学校の屋上へ向かった。
生徒がいない廊下では足音がいつもよりも遠くまで響く。
不思議な感覚だ。この空間だけ、なにか違和感がある。
屋上の扉に着くまで誰ともすれ違わなかった。
鍵はまだかかっておらず、僕は冷たいドアノブにそっと手を掛けた。
ガチャンと鈍い音がして、錆びた扉がゆっくりと開く。
外から風が吹き抜けてきて、僕は目を覆った。
屋上へ足を踏み出し、扉を閉めると大きく伸びをする。
突き抜けるような空は学校という鉄塊から抜け出した僕に翼をくれた。
ふと自分以外にもう一人、女子生徒が居ることに気付く。
その子は手ぶらでフェンスの向こう側を見つめていた。
知らない生徒だったので僕は特に意識することなく、
反対側のフェンスに寄りかかった。
屋上は爽快だ。
近くの自衛隊基地からヘリが爆音を立てて飛び去る。
僕はただ首を真上に向けて空を眺めていた。
耳をすますと陸上部の掛け声がエンドレスに聞こえてくる。
気持ちが落ち着いた頃になんとなく先ほどの女子生徒の方を眺めた。
生徒の姿はなく、一瞬もう帰ったのかと思ったのだが
よく見るとまだそこに姿があることに気付く。
それはフェンスの向こう側だった。
何やってんだろう、危ないな……。
最初はそんなことを考えていたのだが、徐々に僕は事の重大さに気が付いた。
あの高いフェンスを乗り越える理由なんて一つだけだ。
僕は思わずその場で声にならない声をあげた。
膝が小刻みに震えたが、なんとか走って女子生徒のすぐそばまで近づく。
「何してんですか!」
言葉遣いが微妙におかしくなった。
生徒はこちらを振り返ったが何も答えない。
「危ないって! 考え直しなよ!」
次に浮かんだワードは「人生は辛いこともあるけれど」だった。
しかしその言葉を口にする前に、生徒がそれを遮った。
「大丈夫、自殺とかじゃないからさ。すぐ戻るよ」
そのしっかりした口調に僕は安心した。
この人はもう大丈夫だという確信があったのだ。
「何してたの?」
「いや、別に何ってわけでもないんだけどね」
そう言って生徒は空を指差した。
「こういう日はフェンスの外に出たくなっちゃう」
彼女の瞳はどこまでも透き通っていた。
半袖のシャツが風に揺れ、その素肌がチラチラ目に入ると
僕は自然に目をそらした。




