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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第6章 広がる世界
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第91話 井戸のそばで


 敷布の裏に、細い草が一本ついていた。


 エルナはそれを取り、広げた布の上へ毛布を重ねた。端を揃えて巻くと、隣でもルークが荷物をまとめている。


「腰、大丈夫?」


「寝台とは違いますね」


「昨日、座ってた分もありそうだな」


「ルークは歩いていましたけど」


「俺も、寝台の方が好きだよ」


 彼が笑い、丸めた布へ紐を回す。エルナも自分の分を結び、鞄へ括りつけた。


 火のあったところでは、グレンが灰を確かめていた。フィンは馬の脚を見ている。荷台のそばでは、ニーナが点検具を筒へ当て、蓋の近くの輪を少し動かしていた。


 朝の食事に使った器を拭き、木箱へ戻す。バルドが鞄を荷台へ上げると、エルナも後ろへ回った。


 薬入れを手前へ向けて収める。ニーナがケースを置けるところを空け、肩紐の端を中へ入れた。


「今日は、昼に村へ寄れる」


 馬のそばから、フィンが言った。


「井戸のある店だろ?」


 グレンが尋ねる。


「ああ。前に通った時は、飯も出してた」


「そこで馬を休ませよう」


 グレンが御者席へ上がる。ニーナも道具を収め、荷台へ乗った。


 エルナが段へ足を掛けると、ルークがそばから手を添えてくれる。上がって腰を下ろすまで待ち、それから右脇へ回った。


 昨夜、同じ板に並べた二つの器を思い出した。


 自分の分には、温もりが長く残っていた。ルークも触れて、違うと言ってくれた。


 今日も、どこかで確かめてみたい。


 エルナが顔を上げると、ルークがこちらを見ていた。


「何か忘れた?」


「いいえ」


「じゃあ、出られるね」


「はい」


 馬が一歩進む。エルナは荷台へ手を添え、動き始めた車輪の音を聞いた。


     *


 林が途切れると、道の脇に畑が見えた。


 低い柵の向こうに葉が並び、その先にいくつかの屋根がある。畑を区切る細い道から、桶を持った人が出てきた。


 日が高くなり、荷台の板も朝より温かかった。


 フィンが前方で手を上げる。


「右だ。あの店」


 街道に面した建物の前に、長い腰掛けが出ていた。屋根の端から布が張られ、その下に卓が二つある。建物の脇には木があり、荷車を寄せられるだけの場所が空いていた。


 グレンが馬の歩みを緩める。


 店の戸が開き、袖をまくった男が顔を出した。手には、布が一枚ある。


「飯かい?」


「ああ。六人分、頼めるか。馬にも水をやりたい」


「六人ね。少し待ってくれ。井戸はそっちだ」


 男が建物の脇を指した。


 木の向こうに、石で囲まれた井戸がある。そのそばには、畑へ続く道が見えた。


「馬の桶なら、壁のところに二つあるよ」


「助かる。ラーデンから来たんだが、ここで少し休ませてもらう」


「どうぞ。セレドまで?」


「ああ」


 グレンが答え、荷馬車を木陰へ寄せる。店主は六人の顔を一度見てから、戸を開けたまま中へ戻っていった。


 車輪が止まると、ニーナが先に下りた。荷台の木箱と縄を確かめている。


 エルナも地面へ下り、ゆっくり腰を伸ばした。グレンとフィンは馬を荷馬車から外している。バルドは壁際の桶を取り、ルークと井戸へ向かった。


 エルナも、空いた水袋を持って続いた。


 井戸の縄には、途中に結び目があった。


 濡れている部分より上で、色の違う縄が継がれている。ルークが手を掛け、桶を下ろすと、結び目も井戸の縁を越えていった。


 そばにいた女性が、自分の桶を抱え直した。


「もう少し下だよ」


「前は、この辺りで届かなかったか?」


 井戸へ来たフィンが尋ねた。女性は彼の顔を見て、少し考える。


「いつ通った?」


「しばらく前。商人の馬車についてた」


「それなら、今はもっと下。縄、足したんだ」


 エルナは、井戸の中へ目を向けた。光の届くところから下は暗く、水面はすぐには見えない。


 ルークが縄を緩める。少しして、小さな水音がした。


「このくらい?」


「ああ。そこで」


 彼が桶を引き上げると、バルドが受け取った。馬用の桶へ移し、片方を持ち上げる。


「こっち、運んでくる」


 バルドが木陰へ戻り、フィンももう一つの桶を取った。


 ルークは、井戸の桶をもう一度下ろした。エルナは戻ってきた縄を、足元で絡まないようにまとめていく。


「前より、だいぶ下がったんですね」


 エルナが言うと、女性は井戸へ顔を向けた。


「そうなんだよ。届かなくなった時は、桶の方が外れたのかと思った」


 彼女はそう言い、持っていた桶を持ち直す。


 水が縁の近くまで入っていた。両手で運ぶにも、重そうだった。


「そちら、持ちましょうか」


「そこまでだから、大丈夫。畑へ持っていくんだ」


 女性が顎で道を示す。すぐ向こうに、柵の一部が外れた畑があった。


 ルークが桶を引き上げる。エルナは縁へ手を添え、揺れが落ち着くのを待った。指へ水が触れる。


 冷たかった。


 小屋の水場で汲む時と似た冷たさが、指先から伝わってくる。エルナは桶を支え、ルークが残りの水を運ぶ器へ分けるのを手伝った。


 女性は畑の脇へ桶を置いていた。水を少しずつ根元へ回し、それから倒れた柵のところへ戻る。


 エルナは、そちらへ目を向けた。


 土が大きく掘り返されていた。葉が根元から倒れ、細い根が日に出ている。柵の下の杭も、一本、斜めに抜けかけていた。


 フィンが畑の端へしゃがむ。


「猪か」


「ああ。夜のうちに入られた。見に出たら、まだそこにいたよ」


 女性が折れた板を持ち上げる。


「追ったら出ていったけど、朝になったら、この有様さ」


 バルドが空の桶を壁際へ戻し、こちらへ来た。


「これ、どこへ運ぶ?」


 畑の脇に重ねてある板を指す。


「その杭の横へ。あとで、下へ渡したいんだ」


「じゃあ、ここだな」


 彼が板を抱えて運ぶ。女性は一度礼を言い、杭を立て直すために土を寄せた。


 ルークが板の端を持つ。


「ここ、押さえておくよ」


「頼む。縄は、その袋にある」


 エルナは袋から縄を取り、杭の周りを踏み固めている女性へ渡した。ルークが板を当て直し、端を押さえる。


 荷馬車の方を見ると、グレンが馬の背へ手を滑らせていた。ニーナは荷台のそばで点検具を使っている。ここからでも二人と荷が見えた。


 エルナは畑へ顔を戻した。


 掘り返されたところの向こうには、豆の株が畝に沿って並んでいた。


 丸みのある葉の一枚に、小さな斑点があった。


 近くの葉にも、似た点が見える。別の株では葉の一部が茶色に変わり、その下には、乾いて縮れた葉が垂れていた。植わっている株の大きさにも差がある。


 エルナは畑の外から屈んだ。土には、さっき回した水が残っている。


「こちらも、猪に触られたんですか」


 女性が顔を上げる。


「そっちは入られてないよ」


 彼女は手の土を払い、エルナの見ている葉へ目を向けた。


「ああ。それね」


 指で葉の端を持ち上げる。


 裏側にも、小さな斑があった。


「初めは、暑さで弱ってるのかと思ってたんだよ」


「最初は、どんな様子だったんですか」


「小さい点が、葉の表に少し出るくらい。それが裏にも広がって、葉の色まで変わってきてね」


 彼女が持ち上げた葉の先は、茶色く乾いていた。その下には、もう枯れた葉がある。


「色が変わった葉から、だんだん枯れていく。水を回しても、止まらないのがあるんだ」


 女性は葉から手を離し、少し向こうの列を指した。


「あっちは、まだましなんだけど」


 言われて見ると、少し向こうの葉は色が濃かった。地面へ広がり、茎もしっかりしている。


「同じ頃に種をまいたんだよ。あっちは大きくなってるのに、こっちはなかなか育たない」


 エルナは、手前の株へ目を戻した。


 葉の下に、細い莢が垂れていた。膨らみはまだ小さく、先の方が黒ずんでいる。そこだけ、潰れたように窪んでいた。


「その莢も?」


「ああ。中の豆が育ちきる前に、莢が腐り始めてる。まだ小さい株が腐って、抜いたのもあるよ」


 女性は莢には触れず、柵のところへ戻った。


「前にも、こうなったことは?」


「暑さで端が枯れることはあった。でも、こんなに斑が増えて、莢まで傷むのは見なかったな」


 彼女は答え、杭へ回した縄を引いた。板を押さえ直し、緩みを確かめる。


「この前、市で会った農家も、似たことを言ってた。向こうの村でも、葉が変だって」


 エルナはもう一度、斑のある葉を見る。


「何かの病気なんでしょうか」


「かもしれない。あんた、わかる?」


「薬草は扱いますが、畑の病気は詳しくなくて」


「そうか」


 女性は頷き、縄の端を結んだ。


「猪なら、柵を直せるんだけどね」


 そう言いながら、板へ手を当てる。ルークが押さえていたところから手を離すと、板はそのまま収まっていた。


「ここは、もう大丈夫そうだよ」


「助かった。あとは、こっちをやる」


 女性は次の杭を指した。バルドが残りの板を近くへ寄せる。


 畑の脇には、まだ水の入った桶があった。女性はそれを取り、元気な葉の並ぶところへ運んでいく。


 エルナは立ち上がり、女性が水を運んでいる列と、斑のある葉とを見比べた。


 すぐ隣で育っているのに、何が違うのだろう。


 小屋の山では、以前なら採れたところに薬草が少なくなっていた。ここでは、種をまき、水を回して世話をしている畑で、葉が傷み、まだ細い莢まで腐り始めている。


 元気に見える列の葉にも、初めの小さな斑は出ているのだろうか。ここから眺めただけでは、そこまでは分からなかった。


 もう少し近くで、葉を見比べておきたかった。


「ありがとう。飯、もうすぐだろ」


 女性がこちらへ声をかける。


 店の戸から、鍋を置く音が聞こえていた。店主が顔を出す。


「待たせたね。手を洗ったら、こっちへ」


 グレンたちも、卓のそばへ戻ってきた。エルナは女性へ挨拶し、ルークと井戸へ向かった。


 彼の手には、縄を引いたところへ土がついていた。


 水を少し受けて洗う。エルナも手を洗い、空いた水袋を取った。


「今、入れておこうか」


 ルークが言った。


「はい」


 桶から水を受ける。水袋の口を閉じ、井戸の桶へ手を添えた。


 まだ、指先へ冷たさが届く。


 ルークも自分の水袋を閉め、こちらへ目を向けた。それから少し声を落とす。


「この水でも、できるかな」


 エルナは彼を見る。


「昨日の?」


「うん。温かいのは残っただろ。冷たいのも、同じなのかなって」


 エルナも気になっていた。桶へ触れた時から、この冷たさを少し残せないだろうかと思っていた。


「試してみたいです」


「じゃあ、器を取ってくる」


 ルークが荷馬車へ戻り、木箱から二つ出してきた。昨夜使った、同じ形の器だった。


 エルナは同じくらいずつ水を分ける。二人で卓の端へ運び、木陰になっている同じ板の上へ並べた。


 グレンたちは別の卓へ腰を下ろしている。ニーナの席からは、荷台が見えていた。


 エルナは器へ指を添えた。


 この冷たさを、ここへ残す。


 熱を動かそうとは思わなかった。


 指の下に、昨夜と似た小さな手応えがあった。


 彼女が顔を上げると、ルークもこちらを見ている。


「……少し、ありました」


「じゃあ、置いとこう」


 ルークが隣の椅子を引いた。


「俺の、こっちね」


「わかりました」


 エルナも手を離し、腰を下ろした。


 店主がパンの皿を運んでくる。その後ろには、野菜と豆を煮た器が並んでいた。薄く切った干し肉も入っている。


「器の方、熱いから気をつけて」


「ありがとうございます」


 エルナは匙を取り、湯気の立つ料理へ入れた。


 根菜は柔らかかった。豆を一つ、匙で押すと、簡単に崩れる。口へ運ぶと塩味が広がり、空いていた腹へ温かいものが入った。


 ルークも食べ始めている。バルドはパンをちぎり、皿の端についた汁を拭った。


 向こうの卓で、フィンが店主へ声をかける。


「この辺で、獣の話は増えてる?」


「畑へ入られた話なら、よく聞くね。あんたたちも、そっちを見てきたんだろ」


「ああ。柵の下が、抜けてた」


「直しても、別の畑へ回るからな」


 店主は空いた皿を寄せた。それから、グレンへ顔を向ける。


「ところで、ラーデンから来たって言ったね」


「ああ」


「あの火事は、本当なのかい」


 エルナの匙が、少しだけ止まった。


 店主は気づかず、布で卓の端を拭いている。


「ここを通った行商人が話してたんだよ。街の外で、大きな獣が火を撒いたって」


「火事はあった。今も、壊れたところを直している」


「そうか。話が大きくなってるのかと思った」


 店主は布を折り直した。


「魔女が助けたっていうのも?」


 グレンが一度頷いた。


「大きな火が止まって、その後は皆で消した」


「雪っていうものが降ったんだってね。白くて、冷たい。俺は聞いたこともなかったけど」


「俺も、初めて見た」


 バルドが口を挟んだ。


「手に落ちたら、水になったぞ」


「見たのかい」


「ああ」


 店主はバルドの顔を見て、それから空へ目を向けた。布の張られていないところには、明るい空が広がっている。


「白銀の長い髪をした、若い魔女だったそうだ。雪の魔女って、呼ばれてるらしいな」


 その呼び名が、卓の向こうから聞こえた。


 エルナは器へ目を落とす。


 髪は布の中にある。フードの縁から店主を見ると、彼はグレンへ話を続けていた。


「皆、助かったのかい」


「亡くなった人はいない。ただ、焼けた家や畑はある」


「そうか……」


 店主は短く息を吐き、皿を持ち上げた。


「人が助かったのは、よかった」


 グレンが頷く。


 店主は中へ戻り、すぐに水の入った器を持って出てきた。向こうの卓へ置き、また仕事へ戻っていく。


 エルナは匙を動かした。


 ラーデンで聞いた名前が、もうここへ来ていた。


 自分たちより先に。


 ルークがこちらへ顔を向ける。何も聞かず、パンの皿を少し寄せてくれた。


 エルナは一切れ取り、礼を言った。


 パンを汁へ浸す。まだ根菜が残っていたので、匙で寄せて、もう一口食べた。


 店主が空いた器を取りに来る。


「この豆は、あちらの畑からですか」


 エルナが尋ねると、彼も畑の方を見た。


「ああ。傷んでいないものを、ここでも買ってる。粒が小さくても、煮るには困らないからね」


「ほかのものは?」


「足りない分は、セレドへの便で頼む。前ほど安くはないけどな」


 店主は器を重ね、空いた皿も持って中へ戻った。


 エルナは残りを口へ運ぶ。葉の傷んだ豆の畝にも、元気な列があった。女性はそこへ水を運んでいた。


 器を空にして、匙を置く。


 ルークはもう食べ終わり、卓の端へ目を向けていた。


「どうなったかな」


 声を落として言う。


 エルナも並んだ二つの器を見る。


 日が動いていたが、どちらも木陰に残っている。表面の水も、同じくらいだった。


 エルナはまず、ルークの分へ手を添えた。それから自分の分へ触れる。


 指を戻し、もう一度確かめた。


「こちらの方が、冷たいです」


 ルークも両方へ触れた。


「……うん。汲んだ時みたいだ」


 彼の器も、熱くなっているわけではない。ただ、初めの冷たさは薄くなっていた。


 エルナの分には、その時の冷たさがまだ残っている。


 井戸から引き上げた桶を支えた時の感触と、よく似ていた。


「温かい方だけじゃ、なさそうだね」


 ルークが言った。


「はい」


 エルナは自分の器を見た。


 昨夜は温もりが残った。今日は、冷たさが残っている。


 どちらも、その時にあったものだ。


「今の温度を、残しているんでしょうか」


「そうかもしれない」


 ルークは答え、自分の器を持ち直した。


「触ってた時、もっと冷たくなる感じはなかった?」


「ありませんでした」


 エルナも手を離す。


 熱を移す時の流れは、今度も感じなかった。何かを少し押さえたような、あの手応えだけだった。


 ニーナが席を立ち、荷馬車へ向かう。フィンも馬のそばへ戻っていった。


 エルナは器を卓へ置いたまま、水袋の紐を確かめた。ルークは使った皿を重ね、店主へ渡している。


 グレンが支払いを済ませる間に、バルドが買い足した食料を受け取った。紙で包んだパンと、干し肉の包みがある。


 エルナも立ち上がり、鞄を肩へ掛けた。水袋を卓へ置き、自分の器を取る。


 先ほどより、冷たさが少し薄くなっていた。


 彼女が指を添え直すと、ルークもこちらを見た。


「戻ってきた?」


「少し」


「昨日のも、そうだったな」


 エルナは頷き、水を飲んだ。


 まだ冷たかった。口の中から喉へ下り、食後の温かさを少し和らげる。


 ルークも自分の分を飲み、空いた器を受け取った。店主に声をかけて洗い、布で拭いてから重ねる。


 エルナが水袋へ手を当てると、彼が見た。


「そっちも残せたら、道で飲む時によさそう」


「……そうですね」


 今の二つとは、入れ物も量も違う。


 それでも、次に気になるものができた。


 エルナが水袋を鞄へ収めると、ルークは小さく笑い、木箱へ器を戻しに行った。


 その背中を見ながら、エルナも荷馬車へ向かった。


 ニーナが点検具をケースへ収める。フィンは馬の具を直し、グレンが手綱を取っていた。


 バルドが食料の包みを荷台へ置く。


「こっちで邪魔にならないか?」


「ええ。箱の脇なら大丈夫」


 ニーナが答え、エルナも鞄を板の下へ戻した。足元へ肩紐が出ていないことを確かめる。


 ルークの手を借りて荷台へ上がると、畑が見えた。


 女性は次の杭のそばへしゃがんでいた。こちらに気づいて手を上げ、また縄へ顔を戻す。


 エルナも小さく手を上げた。


 井戸へ来た人が、桶を下ろしている。継ぎ足された縄の結び目が、石の縁を越えた。


「気をつけてな」


 店主が戸口から声をかけた。


 グレンが礼を言い、馬を進ませる。


 荷馬車が街道へ戻ると、ルークも右脇を歩き始めた。フィンは前へ出て、バルドは後ろへ回る。


 エルナは畑を振り返った。


 掘り返されたところの向こうに、変色した葉が並んでいた。猪の入っていない場所にも、枯れた葉がある。


 まだ細いまま黒ずんだ、豆の莢も目に残っていた。


 小屋の水場。山の薬草。ラーデンの店で小さくなったパン。


 それらに、今日見た畑と、近くの村でも似た話があるという女性の言葉が重なる。


 ここでも、変わっている。


 セレドで話を聞けるなら、あの魔獣が現れた山だけでなく、ほかの土地の水や畑のことも尋ねたい。


 車輪が小さな石を越えた。


 エルナは縁へ手を添え、前を見る。荷台の向こうへ、まだ知らない道が続いていた。




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