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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第6章 広がる世界
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第83話 白いものの名前

Side:ラーデン記録官


 机の上には、朝から報告書が積み上がっていた。


 焼けた家屋。壊れた柵。畑の被害。負傷者の数。


 記録官は一枚ずつ目を通し、内容を整理していた。


 火事から二日が経っている。


 それでも、被害の全容はまだわかっていなかった。


 最初に届けられた報告では、焼けた家が三軒とされていた。けれど、そのあと届いた別の報告には、四軒と書かれている。


 二枚を見比べる。


 片方は、屋根まで焼け落ちた家を数えているらしい。もう片方には、一部が焼けて住めなくなった家も含まれていた。


 数え方が違う。


 記録官は確認の取れた分だけを記し、残りは調査中として分けた。


 負傷者についても、同じような作業が続いている。


 重傷者が複数。軽傷者はさらに多い。


 幸い、亡くなった者はいなかった。


 ただ、治療が長引きそうな者もいる。住む場所を失った者もいた。


 必要な支援を考えるにも、まずは被害の状況を正確に把握しなければならない。


 記録官は次の紙を手に取った。


 今度は、魔獣についての報告だった。


 巨大な猪に似た姿。


 肩や背から炎が上がっていたこと。


 通常の魔獣とは明らかに異なる外見だったこと。


 倒された魔獣からは、黒い牙を含むいくつかの部位が回収されているという。


 現在は保管され、詳しい調査を待っているらしい。


 記録官はその項目に印をつけた。


 調査結果が届けば、あとで追記すればいい。


「ギルドから追加です」


 声をかけられ、顔を上げる。


 別の職員が、紙の束を抱えて立っていた。


「目撃証言か?」


「はい。昨日集まった分です」


「そこへ置いてくれ」


 職員は机の空いている場所へ紙束を下ろした。


「今朝の分は、まだ確認中ですか?」


「ああ。先に被害の報告をまとめる」


「わかりました」


 職員は頷いたが、そのまま部屋を出ていこうとはしなかった。


「それと、もう一つ」


「何だ?」


「窓口で、空から降ってきた白いものについて聞かれたんです。何だったのか、もうわかっているのかと」


「ああ……」


 記録官は机の端に置いていた一枚を手に取った。


 そこにも、白いものについて書かれていた。


「まだ、はっきりしていない。灰だったという報告もあるが、違うという証言もある」


「では、まだ調査中と伝えておきます」


「そうしてくれ」


 職員が部屋を出ていく。


 記録官は手元の紙を見た。


 空から白いものが降ってきた。


 その記述は、最初に届いた報告にもあった。


 火事の現場だったのだから、燃えた木や草の灰が舞っていたとしても不思議ではない。


 そう考えていた。


 けれど、その後の報告では、灰とは思えない特徴がいくつも挙げられていた。


 記録官は新しく届いた紙束へ手を伸ばした。


 火事の最中、人々がどこにいて、何を見たのか。


 その証言が並んでいた。


 魔獣が倒れた場所。


 延焼した建物。


 消火に加わった者たちの動き。


 同じ出来事について書かれているはずなのに、内容は少しずつ違っている。


 火事の最中だ。


 逃げていた人もいれば、必死に水を運んでいた人もいる。


 見ていた場所が違えば、覚えていることも違うだろう。


 記録官は順に目を通し、共通する内容を拾っていった。


 やがて、何枚もの報告に同じ出来事が書かれていることに気づいた。


 火が急に弱まった。


 周囲の空気が冷たくなった。


 空から、白いものが降ってきた。


 記録官は手を止めた。


 別の紙を読む。


 そこには、白い粒が地面を覆ったと書かれていた。


 さらに別の証言では、手の上に落ちたものが水になったという。


「……水に?」


 小さく呟いた。


 灰が水になるとは考えにくい。


 記録官は、白いものについての証言だけを抜き出した。


 空から降ってきた。


 白く、小さな粒だった。


 地面や屋根を覆った。


 触ると冷たかった。


 やがて消え、水になった。


 それぞれの証言をした者は、別々の場所にいた。


 灰のようだったという者もいる。


 けれど、手に触れて水になったという話は、一人だけではなかった。


 記録官は、すでにまとめていた火事の経過へ目を向けた。


 炎が急に弱まり、その頃に白いものが降り始めた。


 その後、人々の消火活動によって残った火も収まっている。


 白いものが何だったのかは、まだわからない。


 だが、灰だと決めつけて記録するわけにもいかなかった。


 記録官は一度、その項目を脇へ置いた。


 まずは、ほかの報告を片づけなければならない。


     *


 昼を過ぎた頃、記録官は再び白いものについての報告を手に取った。


 急ぎの被害報告は、ひとまず整理できている。


 残っているのは、火事の経過と、まだ確認の取れていない事柄だった。


 白いものについては、正体不明の降下物として記録することもできる。


 それでも、何か似た現象がなかったか、少し調べておきたかった。


 記録官は席を立った。


 部屋の奥には、古い帳面を収めた棚がある。


 土地や川の様子を記したもの。


 雨量や作物の収穫をまとめたもの。


 古い集落の記録。


 長い年月の間に書き写されたものも多く、何冊かは表紙の文字さえ読み取りにくくなっていた。


 記録官は気候について書かれた帳面を探し、机へ運んだ。


 最初に開いたものには、川の水量についての記録があった。


 雨が多かった年。


 乾燥が長引き、井戸の水が減った年。


 続く頁には、強風で屋根が飛ばされた時のことが書かれている。


 見慣れた内容だった。


 別の帳面を開く。


 こちらは、今よりずっと古い土地の記録らしい。


 表紙の角が擦り切れ、頁にはところどころ染みがあった。


 文字の形も、今のものとは少し違っている。


 記録官はゆっくりと読み進めた。


 川の名前。


 すでに使われなくなった集落の名前。


 土地の様子。


 当時の気候についても、短い記述が残されていた。


 その中に、見慣れない言葉があった。


 冬季。


 古い気候記録では、ときおり見かける言葉だった。


 今では考えられないほど、寒さの厳しい時期だったらしい。


 記録官はその下の文字を追った。


 冬季、雪降る。


 朝、道白し。日高くなれば消ゆ。


「……雪」


 声に出してみる。


 記録官はもう一度、その一節を読んだ。


 雪が降った。


 朝には道が白くなり、日が高くなる頃には消えていた。


 たったそれだけの記述だった。


 どんな形をしているのか。


 何からできているのか。


 そうしたことは書かれていない。


 記録官は、机に広げた目撃証言へ目を戻した。


 空から、白いものが降った。


 地面が白くなった。


 やがて消えた。


 似ている。


 記録官はもう少し古い頁を調べたが、雪についての詳しい説明は見つからなかった。


 昔の人々にとっては、珍しいものではなかったのかもしれない。


 雨が降ったという記録にも、雨そのものの説明までは書かれていない。


 降ったことと、それによって何が起きたか。


 残されているのは、そうした事柄だった。


 記録官はもう一度、雪という文字を見る。


 今回降った白いものも、同じものなのだろうか。


 古い記録では、雪は冬季に降ったとされている。


 今のラーデンには、そのような寒い時期はない。


 あの日も、火事が起きるまでは普段と変わらない気候だった。


 けれど、目撃証言には、空気が急に冷たくなったと書かれている。


 白いものが降り始めたのは、その頃だったらしい。


 記録官は古い帳面の横へ紙を置き、雪という言葉を書き留めた。


 その隣に、目撃証言と共通する特徴を記す。


 すべてが一致するわけではない。


 それでも、調べてみる価値はありそうだった。


     *


 記録官が報告書をまとめ終えた頃には、窓から差し込む光が少し傾いていた。


 古い帳面は、まだ机の上に開かれている。


 その隣には、火事の経過についての報告書が置かれていた。


 炎が急に弱まったこと。


 周囲の空気が冷えたこと。


 同じ頃、空から白いものが降ったこと。


 目撃された特徴を記したあと、古い気候記録との共通点を追記した。


 今回確認された白い降下物は、古い記録にある「雪」と呼ばれる現象に類似する可能性がある。


 ただし、同一のものかどうかは不明。


 記録官は最後の一文を読み返した。


 今わかっていることは、そこまでだった。


 詳しく調べるには、もっと多くの資料が必要になるだろう。


 ラーデンに残る記録だけでは、判断できそうにない。


 報告書をまとめ、筆を置いた。


「終わりましたか?」


 顔を上げると、先ほどの職員が立っていた。


「ああ。追加の分もまとめた」


「ありがとうございます。預かりますね」


 職員は書類を受け取り、軽く目を通した。


 その途中で、手が止まる。


「……雪?」


 記録官は顔を上げた。


「白いものについて、古い記録を調べてみたんだ」


「これが、名前なんですか?」


「まだ、そうと決まったわけじゃない」


 記録官は開いたままの帳面を示した。


「昔は、雪というものが降っていたらしい。今回の白いものと、特徴が似ている」


「昔は降っていたんですか?」


「ああ。冬季という、今よりずっと寒かった時期にな」


「へえ……」


 職員は報告書をもう一度見た。


「じゃあ、あの日のも雪だったかもしれないんですね」


「可能性はある。詳しいことは、まだわからないが」


「わかりました」


 職員は頷き、書類を揃えた。


「そういえば、今日も白いものについて聞かれましたよ。朝とは別の人です」


「そうか」


「気になっている人が多いみたいですね」


「あれだけ大勢が見ていたからな」


 記録官はそう答えた。


 職員は書類を抱え、扉へ向かう。


「では、これを届けてきます」


「ああ。頼む」


 扉が閉まった。


 記録官は机の上を片づけ始めた。


 古い帳面を閉じ、元の棚へ戻す。


 それから次の報告書を手に取った。


 壊れた水路についてのものだった。


 場所を確かめようと地図を広げた時、廊下から声が聞こえてきた。


「あの、さっきの白いものの話なんですけど」


 先ほどの職員だった。


 どうやら、また誰かに尋ねられているらしい。


「何かわかったんですか?」


「いえ、まだはっきりとは。ただ、昔の記録に似たものがあったそうなんです」


「昔の?」


「ええ。雪というものです」


「……雪?」


「ずっと昔には、空から降っていたらしいですよ。白くて、地面を覆うものだそうです」


「それが、あの日の?」


「そうかもしれない、というところまでです。まだ詳しく調べている途中なので」


「雪、ねえ……」


 その声が、少し遠ざかった。


 記録官は地図へ目を戻す。


 火事で壊れた水路は、街の外れにあるらしい。


 近くの家屋にも被害が出ている。


 修理を急ぐ必要がある場所だった。


 記録官は地図の上へ印をつけた。


 窓の外では、荷車の通る音がしている。


 重いものを下ろす音。


 人を呼ぶ声。


 街では、今日も片づけが続いているのだろう。


 記録官は次の報告書へ手を伸ばした。


 明日になれば、また新しいものが届くはずだった。




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