第65話 次に会う場所
翌朝。
朝食を終えると、ルークは使った器を拭いて棚へ戻した。エルナは残った食材を片づける。昨日直した棚は、朝になっても真っ直ぐなままだった。
ルークが鞄を閉じる。
「そろそろ行く」
「はい」
剣を腰へ下げ、荷を背負う。そのまま扉へ向かうのかと思ったが、ルークは一度止まった。
「エルナ、次に町へ下りるのいつ?」
エルナは少し考えた。昨日まとめた薬草がある。あと数日乾かせば、売れるものが増える。油もそろそろ買っておきたい。
「四日後には下ります」
「四日後」
「はい」
ルークが何か考えるように頷いた。
「じゃあ、その日。昼頃にギルドで会わない?」
エルナが顔を上げる。
「仕事ですか」
「うん。何か一緒に受けたい」
「もう決めてるんですか」
「いや」
ルークはあっさり答えた。
「エルナと見てから決めようと思ってる」
エルナは少し黙った。
仕事があるから、一緒に行くのではないらしい。先に会う日を決めて、その日に二人で仕事を探す。
「いいですよ」
「じゃあ四日後」
「はい」
「昼頃な」
「わかってます」
「念のため」
「四日で忘れません」
「それもそうか」
ルークが笑い、扉を開ける。朝の空気が小屋へ入ってきた。
「じゃあ、また」
「はい。また」
ルークが山道を下り始める。エルナは扉を閉め、机へ戻った。
四日後に売る薬草がどれくらいになるか、もう一度数えた。
*
四日後。
エルナは昼前に町へ着いた。
髪は布で包み、その上からフードを被っている。左腕には腕輪。町へ下りる時の、いつもの姿だった。
先に薬草を売って代金を受け取り、時刻を確かめてからギルドの中を見回す。
掲示板の前に、ルークがいた。すでに何枚かの依頼書へ目を通している。
「こんにちは」
声をかけると、ルークが振り返った。
「こんにちは」
「もう来てたんですね」
「少し前に。朝の乗合で来た」
「間に合ったんですね」
「ああ。今日はちゃんと出た」
エルナは隣へ立ち、掲示板を見る。
「何かありました?」
「いくつか。でもまだ取ってない」
「待ってたんですか」
「一緒に見るって言っただろ」
「そうでしたね」
二人で依頼書を見ていく。近隣の村への荷運び。商人の護衛。畑の柵の補修。小型の魔獣が出たという報告も一枚ある。
その中で、エルナは一枚の紙に目を止めた。
町の北側にある採取地についての依頼だった。
薬師や冒険者が普段利用している場所で、ここしばらく薬草の採取量が落ちている。普段そこへ採取に入る者たちから、集まりが悪いという報告が続いているらしい。
採り尽くされたのか。それとも、生育そのものが悪いのか。
周囲の状態を確認し、採取できるものがあれば必要量だけ持ち帰る。そう書かれていた。
「これ」
エルナが指す。
ルークも依頼書を読む。
「エルナ向きだな」
「見てみたいです」
「じゃあこれにする?」
エルナは顔を向けた。
「ルークは?」
「一緒にやるって約束しただろ」
迷いのない返事だった。
「なら、これにします」
「ああ」
依頼書を外し、受付へ持っていく。
受付係は二人の冒険者証を確認すると、簡単な地図を取り出した。
「この辺りです。普段から採取に使われてる場所なんですけど、最近、入った人から同じような話が続いてまして」
「誰かが採りすぎた可能性は?」
エルナが聞く。
「あります。ただ、採取する人たちには若い株を残すよう言ってますし、一か所だけじゃないんですよ」
受付係が地図の上を指でなぞる。
「ここから、この辺りまで。全体に採れる量が少ないそうです」
「獣は?」
ルークが尋ねた。
「見たって話はあります。鹿とか、小さい獣ですね。畑の方でも増えてるって聞きますし」
「魔獣は?」
「今のところ、この辺りでは確認されてません」
危険があれば無理をしないこと。薬草の状態と、周囲で気づいたことをそのまま報告すること。
それだけ確認して、二人はギルドを出た。
*
採取地までは、町から歩いてそれほどかからなかった。
街道を外れ、緩い斜面を上る。以前なら夏でも草がもっと深かったらしいが、今は土が見えている場所が多い。
エルナは道を外れ、低い草の間へしゃがんだ。一本の薬草を指先で持ち上げる。葉は小さく、縁が少し茶色くなっていた。
「これ?」
後ろからルークが聞く。
「はい。でも採りません」
「悪くなってる?」
「まだ若いです。それに、状態もよくない」
茎を折らないように戻す。
少し離れたところにも同じ種類があった。そちらも小さい。
「少ないな」
「はい」
「採られた跡は?」
「あります。でも、それだけじゃないと思います」
根元を見る。新しく伸びたはずの株が、十分に育っていない。土も乾いている。
さらに先へ進むと、葉の先を食べられた跡がいくつか見つかった。
「こっち」
少し離れた場所からルークが呼ぶ。
エルナが近づくと、柔らかい土の上に足跡が残っていた。
「獣ですか」
「ああ。何度か通ってる」
「大きいですか」
「そこまでじゃない。鹿か、そのくらいかな」
少し先にも、似た跡がある。ルークはしゃがんだまま周囲を見た。
「食べるもの探して下りてきてるのかもな」
「かもしれません」
エルナは断定しなかった。
暑さ。乾いた土。少ない水。増えている獣。
全部が同じ理由で起きているとは限らない。
斜面をさらに進む。
日差しの強い場所では薬草の育ちが悪かった。一方、岩陰になっている場所では、いくらか状態のいい株が残っている。
エルナはその中から、十分育っているものだけを選んだ。
「これは採るんだな」
「はい」
「こっちは?」
ルークが隣の株を指す。
「残します」
「何が違う?」
「まだ小さいので」
「見た目はそんなに変わらないけど」
「違います」
「わかった」
ルークは素直に手を引いた。
エルナは必要な分だけを籠へ入れる。
以前なら、こうして誰かと採取地へ入っても、どこまで教えるかを考えたかもしれない。
今は、ルークに見られていても気にならなかった。
「エルナ」
「はい」
「こっちにもある」
呼ばれた方へ行く。
岩の陰に、状態のいい株がまとまっていた。
「これなら採れます」
「少しは役に立った?」
「少し」
「少しか」
「見つけただけなので」
「厳しいな」
ルークが笑う。
エルナも少しだけ口元を緩め、しゃがんだ。
*
必要量を集めるまで、それほど時間はかからなかった。ただし、採れた場所には偏りがあった。
日当たりの強い場所ほど育ちが悪く、比較的湿り気の残っている場所にはまだ株が残っている。獣に食べられた跡も、一か所だけではなかった。
町へ戻る道で、ルークが聞いた。
「どう思う?」
「採られすぎだけではないと思います」
「やっぱり?」
「若いものも育ってませんでした。乾いてる場所ほど状態が悪かったです」
「獣も何度か入ってる」
「はい」
エルナは少し考える。
「どれか一つが原因とは、まだ言えませんけど」
「そのまま報告だな」
「そうですね」
しばらく歩いたところで、エルナはふと思い出した。
「ルークの街の近くでも、薬草は減ってるんですか」
「薬草?」
「似た依頼、あります?」
ルークは少し考えた。
「ある。薬草だけじゃないけどな。採取物が少ないってやつは、最近いくつか見た」
「木の実とか?」
「ああ。それに水場の確認もまだ出てる」
エルナは前を見る。この町でも同じだった。少しずつ、別々のところへ出ている。
「そっちのギルドなら、もっと広い範囲の情報がありますか」
「あると思う」
「ここより大きいんですよね」
「ああ。周りの村からも人来るし、護衛とか長距離の仕事も多いから、別の地域の話も入りやすい」
エルナは少し黙った。
ルークが普段いる街。
これまでは、町から歩いて一日ほど離れた場所というくらいだった。ルークが帰っていく場所。仕事を受ける場所。その程度の認識だった。
「じゃあ、一回来る?」
隣から言われた。
エルナが顔を向ける。
「ルークの街に?」
「ああ」
ルークは前を向いたまま続ける。
「ギルドも見られるし、市場もこっちより大きい。仕事も多い」
一度、言葉を切った。
「俺も案内したいし」
エルナはルークを見る。
ルークもこちらを見た。
冗談を言っている顔ではなかった。
「この前のパン屋も、その街ですか」
「ああ」
「孤児院も?」
「あるよ」
「ルークが住んでるところも?」
「ああ」
当然の答えだった。
けれど、その街にあるものを一つずつ思い浮かべると、今までより少しだけ輪郭が見えた。
パン屋。孤児院。ルークが仕事を受けるギルド。ルークが暮らしている場所。
自分の知らないところで、ルークがずっと生きてきた街。
「来るなら案内する」
ルークが言う。
それ以上は続けなかった。
エルナは少し考えてから答えた。
「考えておきます」
「うん」
それだけだった。
*
ギルドへ戻り、採取した薬草を渡す。
エルナが植物の状態を説明し、ルークが獣の痕跡について補足した。受付係は一つずつ帳面へ書き込んでいく。
「採り尽くしだけじゃなさそうですね」
「たぶん。でも、原因まではわかりません」
「十分です。しばらく採取量を減らすよう伝えてみます」
依頼の完了を確認し、報酬を二人で分ける。
外へ出る頃には、日が傾き始めていた。
「今日は帰りの乗合もあるんですよね」
「ああ。時間は確認した」
「なら大丈夫ですね」
「今日は疑わないんだ」
「確認したなら」
「信用戻った?」
「少し」
「まだ少しか」
ルークが笑う。
町の入口近くまで、一緒に歩いた。そこからエルナは山へ、ルークは乗合の出る場所へ向かう。
「じゃあ、また」
「はい。また」
ルークが手を上げ、歩いていく。
エルナも山へ向かった。
少し進んだところで、今日のことを思い返す。
四日前、仕事が決まっていたわけではないのに、先に会う日を決めた。
今日の仕事も、会う約束をしたあとで二人で選んだ。
そのうえ、今度は自分の暮らす街へ来ないかと言った。
ここまでされて、何もわからないほど鈍くはない。
たぶん、自分が考えていることで合っている。
ただ、ルーク自身の口から聞いたわけではなかった。




