第56話 町で別れる
翌朝、朝食を終えると、二人はそれぞれ町へ下りる支度をした。
エルナは売る薬草と必要なものを鞄へ入れ、いつもの外出の支度を整える。
向かいでは、ルークが荷物をまとめていた。
剣と短剣。着替え。小物を入れた袋。小屋へ来た時に持っていたものは、もうすべてまとめられている。
「忘れ物はありませんか」
「たぶん」
「たぶん」
「何か忘れてたら、その時は諦める」
そう言って、ルークは荷物を背負った。
杖も持っている。昨日は急なところ以外ほとんど使わなかったが、町まで歩くなら持っていった方がいいだろう。
エルナは薬草の入った荷を持ち、小屋の戸を閉めた。
山道を下り始めてしばらくしても、ルークの歩みはほとんど遅れなかった。
昨日と同じように、左足をかばう癖はわずかに残っている。けれど、歩幅を合わせるためにエルナが意識して速度を落とすほどではない。
前に町へ下りた時とは違った。
あの時は、一歩ごとに足元と歩き方を見ていた。休ませる場所を探し、痛みが出ていないかを確かめていた。
今日は、時々横を見るだけで済む。
道が少し開けたところで、ルークが足を止めた。
「少し休もう」
エルナも止まる。
「痛いですか」
「いや。痛くなる前に休んどく」
ルークは道脇の岩へ腰を下ろした。
「学習しましたね」
「前に散々言われたからな」
「治療です」
「わかってる」
エルナも荷を下ろす。
ルークは水を飲み、左足を軽く動かした。顔をしかめる様子はない。
「街へ戻ったら、また仕事をするんですか」
エルナが聞くと、ルークは水筒の蓋を閉めた。
「脚を見てからだな。戻って何ともなければ、ギルドには顔出すつもり」
「護衛ですか」
「護衛も討伐も。たまに指名が来ることもある」
「指名もあるんですね」
「たまにな」
大したことではないように言う。
「何を受けるかは、その時に出てる依頼見てから決めるよ。怪我明けで無理なのは選ばない」
「それなら安心です」
ルークが少し笑う。
「山で倒れるのは、もう勘弁だしな」
「そうしてください」
少し休んでから、二人はまた歩き始めた。それ以降、町まで足を止める必要はなかった。
町へ着くと、二人は大通りへ出たところで立ち止まった。
「俺は先に荷物置いて、治療院行ってくる」
「私はギルドへ行きます」
「じゃあ、用事が終わったら宿の前で」
「はい」
それだけ決めて、別れた。
ルークが一人で治療院へ向かう背中を、エルナは少しだけ見送る。
歩き方に危なさはない。
それを確認してから、ギルドへ向かった。
扉を開けると、いつものざわめきが迎えた。依頼を探す冒険者が何人かいて、受付では帳面を広げた職員が仕事をしている。
エルナが受付へ向かうと、ちょうど前にいた採取人が薬草を引き取ってもらっているところだった。
「今日はこれだけですか」
「ああ。いつもの場所に行ったんだが、前ほど残ってなくてな」
「最近、同じことを言う人が何人かいるんですよ」
「雨が少ないからじゃないか?」
「かもしれませんね」
採取人は受け取った代金をしまい、首を傾げながら受付を離れた。
入れ替わるように、エルナが持ってきた薬草を出す。
受付係が種類ごとに分け、状態と量を確かめていった。
「今日はこれで全部ですか」
「はい」
「では、これくらいですね」
提示された額に問題はなかった。
代金を受け取ってから、エルナは聞く。
「今の人みたいな話、多いんですか」
「多いってほどじゃないですけど、何人かは。いつもの場所で前ほど見つからないって」
「そうですか」
「この暑さですしね。雨も少ないから、そのせいじゃないかとは言われてますけど」
エルナは頷いた。
昨日見た、岩際の乾いた土を思い出す。
あの場所だけではないらしい。
受付を離れ、壁際の掲示板へ向かった。
採取。荷運び。配達。簡単な修繕。
見慣れた種類の依頼が並んでいる。
その中に、畑の柵を直す仕事があった。
少し離れたところには、畑の周囲に残った獣の痕跡を確認してほしいという依頼。その隣には、猪の追い払い。
似た種類の紙が、いつもより少し目についた。
エルナは依頼の場所と内容だけ確認し、掲示板を離れた。
用事を済ませて宿へ向かうと、ルークはすでに外にいた。
壁際に立ち、エルナを見つけると片手を上げる。
「早かったですね」
「そっちも」
「どうでした?」
ルークは自分の左足を軽く前へ出した。
「もうほとんど問題ないって。長く歩くなら休みを入れろ、今日は山から下りてきた分で終わりにしろ、って」
「明日は?」
「朝になって腫れも痛みもなければ、戻っていいってさ」
「歩いて戻るんですか」
「朝の乗合に間に合えば使う。なければ歩くかな」
「拠点の街まで行く便があるんですね」
「ああ。毎朝、一便出てる」
歩けば一日。
朝から向かえば、休憩を挟んで夕方には着くと前に聞いた。
「乗れなかったら、途中でちゃんと休んでください」
「分かってるよ」
「腫れたら――」
「治療院にも行く」
先に言われ、エルナは口を閉じた。
ルークが笑う。
「ちゃんと覚えてる」
「ならいいです」
ルークが通りの先へ目を向けた。
「何か食べてく?」
エルナもそちらを見る。
「そうですね」
二人は近くの食堂へ入った。
簡単な煮込みとパンを頼む。
料理が来るまでの間、ルークが卓上の水差しから二人分の水を注いだ。
「エルナは明日、何する?」
「明日ですか」
「うん」
エルナは少し考える。
「急ぎの依頼がなければ、別の採取場所を見て回るかもしれません」
「昨日の薬草?」
「はい。他の場所も少ないのか見ておきたいので」
「そっか」
「ルークは、戻った次の日から仕事ですか」
「脚次第。問題なければギルドには行く。でも、その日に何か受けるかは見てから」
「無理な仕事は選ばないんですよね」
「選ばない」
「ならいいです」
「念押しされるな」
「大事なので」
ルークが少し笑った。
ちょうどそこで、煮込みとパンが運ばれてきた。
ルークがパンをちぎりながら聞く。
「ギルド、何かあった?」
「薬草の持ち込みが、少し減っているみたいです」
「昨日のところだけじゃなかった?」
「そうみたいです。雨が少ないせいかもしれないって」
「そっか」
「あと、畑に入る獣も少し増えてるみたいです」
「獣?」
「猪とか。柵の修理や、追い払いの依頼がいくつか出てました」
ルークは一度、手を止めた。
「獣を見たって話は前にも増えてたな」
「はい」
「畑の方にも出始めたか」
「みたいです」
エルナは煮込みへ匙を戻した。
一口食べて、少しだけ眉を寄せる。
「辛い?」
ルークが気づいた。
「少し」
「これで?」
「これで、です」
「俺の街に、もっと辛いの出す店あるよ」
「それは行かなくていいです」
「じゃあ連れてくなら別の店だな」
エルナは匙を止めた。
「連れていくんですか」
「来ることがあれば」
「街に?」
「仕事とかで。そのうちあるかもしれないだろ」
それだけ言って、ルークはパンを煮込みへ浸した。
「……そうですね」
エルナも食事へ戻った。
食堂を出る頃には、日が高くなっていた。
宿まではすぐだった。
その前で、ルークが足を止める。
「世話になった」
エルナは彼を見る。
傷はほとんど治っている。
杖も、今は手に持っているだけだった。
「……治ってよかったです」
「ああ」
「次は、あんな怪我をしないでください」
「努力する」
ルークが荷物を背負い直す。
「じゃあ、また」
「はい」
ルークは宿へ向かい、エルナは反対へ歩き出した。
町を出て、山へ続く道へ入ると、エルナはいつもの速さで歩き始めた。
今度は、誰の歩調も確かめる必要はなかった。




