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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第4章 隣にいる人
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第55話 山を歩く


 翌朝、エルナが目を覚ますと、ルークはもう起きていた。


 自分で床から起き上がり、毛布まで畳み終えている。


 昨夜、床で眠ったことで傷や足首が悪化した様子もなかった。


「起きられましたね」


「問題なかった」


「痛みは?」


「ない」


 エルナは一度、ルークの左脚を見る。


 歩き方にも、昨日までと変わったところはなかった。


「ならよかったです」


 朝食を終えると、エルナは棚から籠を出した。


 採取用の小さなナイフと布袋を入れていると、向かいから声がした。


「今日は仕事?」


「薬草を見に行きます」


「町に持ってく分?」


「はい。あと少しあれば、まとめて売れるので」


 ルークが立ち上がる。


「俺も行っていい?」


 エルナは一度、その左脚を見る。


「遠くは行きませんけど」


「ならちょうどいい」


「痛くなったら戻りますよ」


「わかってる」


 返事に迷いはなかった。


 エルナはしばらく考えてから頷く。


「じゃあ、行きましょう」


     *


 二人で外へ出る支度を整える。


 ルークは剣と短剣を身につけ、扉の横に置いてあった杖を持った。


 山道へ出る。


 最初のうち、エルナは何度か後ろを確認した。


 けれど、少し歩いて気づく。


 自分は、それほど速度を落としていなかった。


 ルークは少しだけ左脚を庇っているものの、遅れることなくついてくる。杖も急な場所で支えにする程度で、平らなところではほとんど使っていない。


 それより目についたのは、視線だった。


 足元を見る。


 道の先を見る。


 斜面の上。木々の間。藪の向こう。


 何かを探しているというより、歩きながら自然に周囲を見ている。


「何かいますか」


 エルナが聞くと、ルークがこちらを見た。


「いや?」


「さっきから、よく見てるので」


「ああ」


 ルークは前へ視線を戻す。


「癖だな」


「傭兵の?」


「それもある。今も仕事じゃ似たようなもんだし」


「そうですか」


「エルナは見ない?」


「見ますよ」


「だよな」


 それだけ言って、また歩く。


 エルナも前を向いた。


 自分が見るものとは、少し違うのかもしれない。


 しばらく進んだところで、ルークが道の端へ目を向けた。


 エルナも足を止める。


 柔らかい土に、蹄の跡が残っていた。


「鹿ですかね」


「たぶん」


 ルークが少し屈んで見る。


「新しくはなさそうだな」


「昨日今日のものではないと思います」


「ならいいか」


 それだけ確認して、二人はまた歩き出した。


 目当ての斜面は、木々が重なって日陰になりやすい場所にある。


 エルナは道を外れ、土の柔らかい場所を避けながら斜面へ入った。


「この辺?」


「もう少し先です」


 途中で足を止める。


 低い草の間に、目当ての薬草が生えていた。


 エルナはしゃがみ、葉へ触れる。


 まだ小さい。


 そのまま立ち上がる。


「採らないの?」


「まだ早いです」


 少し進む。


 今度は大きさは十分だったが、葉の先が茶色く傷んでいた。


 これも採らない。


 ルークが横から覗く。


「それも駄目?」


「売るには状態が悪いです」


「結構見るんだな」


「薬なので」


 さらに斜面を進むと、ようやく状態のいい株があった。


 エルナは必要なところだけを切り取る。根は残す。


 隣の株は採らない。


 少し離れた場所へ移って、また状態を見る。


 何度か繰り返しているうちに、ルークが言った。


「見つけたら全部採るわけじゃないんだな」


「全部採ったら、次がなくなります」


「確かに」


「売れないものまで取っても意味がないですし」


「それもそうか」


 ルークはしゃがまず、少し離れた場所からエルナの手元を見ていた。


 エルナは次の株へ手を伸ばしかけて、止めた。


 少ない。


 顔を上げる。


 以前来た時は、もう少し広く生えていた。


 斜面を横へ移動する。


 岩際を見る。


 そこにも数株しかない。


 エルナは指先で土へ触れた。


「……乾いてる」


「いつもは違う?」


 ルークが近くまで来る。


「もう少し湿ってます」


「雨が少なかったから?」


「それもあると思います」


 エルナは周囲を見る。


 この場所は、直接強い日が当たりにくい。岩の間から染み出した水が土へ残りやすく、乾いた時期でも比較的薬草が育つ場所だった。


「でも、ここはもう少し残る場所です」


「水が減ってる?」


「わかりません」


 湧き水の流れが細くなっていたことを思い出す。


 同じ理由なのか。


 ただ雨が少ないだけなのか。


 今は判断できない。


 エルナは籠の中を見る。


 予定していた量には届いていなかった。


「今日はこれだけにします」


「足りる?」


「町へ持っていく分なら、家にあるものと合わせれば」


「ならいいか」


「これ以上採る方がよくないです」


 ルークは乾いた土を一度見てから、頷いた。


「わかった」


     *


 帰り道。


 籠を持ち直したところで、ルークが手を出した。


「それ、持つ」


「軽いですよ」


「だから持てる」


 エルナはルークの脚を見る。


「痛くないですか」


「今のところは」


 歩き方にも大きな乱れはない。


 杖もまだ手にしている。


 エルナは籠を差し出した。


「じゃあ、お願いします」


「ああ」


 ルークはそのまま受け取った。


 少し前までなら、何を言われても渡さなかった。


 今は、その必要がない。


 エルナは空いた手で枝を避けながら歩く。


 少し前を行くルークが、道の窪みを避けた。


 そのまま振り返る。


「ここ、滑る」


「知ってます」


「知ってたか」


「いつも通ってるので」


「それもそうだな」


 エルナは窪みを避けて横を通った。


     *


 小屋へ戻ると、ルークは籠を机へ置いた。


 エルナは水を出し、その間に少し休ませる。


 しばらくしてから傷と足首を確認した。


「どう?」


「腫れてません」


「痛みもない」


「歩いてる時も?」


「ああ」


 エルナは手を離した。


「なら、今日くらいなら大丈夫そうですね」


 ルークも自分の脚を見る。


「これなら、明日町まで下りても大丈夫そうだな」


 前に町まで下りた時は、途中で脚が重くなった。


 帰りの上りではさらに時間がかかり、翌朝にも疲れが残っていた。


 今日は違う。


 杖を使う場面も減り、採った薬草の籠まで持って歩いている。


 エルナは少し考える。


「今日の夜まで悪くならなければ、明日でもいいと思います」


「じゃあ、明日にする」


「治療院も寄ってください」


「ああ。街へ戻る前に、もう一度診てもらう」


 今度はエルナが言う前に続いた。


「それならいいです」


 机の上の籠を見る。


 今日採った分と、乾かしてある薬草を合わせれば、町へ持っていける。


「私も行きます」


「薬草?」


「はい。それと、ギルドも見たいので」


「じゃあ一緒に下りるか」


「そうですね」


 明日。


 ルークは町まで下りる。


 そこで脚を診てもらい、問題がなければ、その次は普段暮らしている街へ戻る。


 今度は、小屋へ戻ってくるために山を下りるわけではない。


 エルナは籠から薬草を取り出した。


 売るものと、まだ乾かすものを分けていく。


 夕方までに、町へ持っていく薬草をまとめた。


 向かいでは、ルークも自分の荷物を確認している。


 着替え。


 小物を入れた袋。


 剣と短剣。


 一度、小屋を出るつもりでまとめた荷物だった。


 あの日は、それを持ったまま戻ってきた。


 明日は、たぶん違う。


 エルナは最後の一束を布で包み、籠へ収めた。


 明日は、町へ下りる。




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