↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第4章 隣にいる人
51/128

第51話 家のまわり


 朝、傷を確認すると、太腿の赤みは昨日より薄くなっていた。新しい出血もない。足首の腫れも、まだ残ってはいるものの、最初の頃と比べればずいぶん引いている。


 エルナが布を巻き直し終えると、ルークが自分の左脚を見た。


「今日は、町へ行くのか?」


「行きません。今日は家の周りを見ます」


「昨日の返事か」


「はい」


 エルナは使った布を片づけた。


「家の周りって、何を見るんだ?」


「壁とか、屋根の下とか。壊れてるところがないか見ます。気になるところがあれば、その時に」


「それなら、俺も行けるか?」


 エルナはルークの脚を見る。


 昨日は扉の前まで出た。長く座っていたせいで途中から脚が重くなったものの、傷が悪くなることはなかった。


「少しだけなら」


「じゃあ、行ってみたい」


 返事はすぐだった。


 ルークは寝台の端へ座り、右脚を床につけた。左足もゆっくり下ろし、床へ触れたところで一度止まる。


 ほんの少しだけ力をかけたらしい。


「……まだ、こっちは無理だな」


「痛みます?」


「少し。前よりはましだけど、支えには使わない方がよさそうだ」


 そう判断すると、すぐに左脚から力を抜いた。


 ルークが室内を見回す。


「何か、杖代わりになるものあるか?」


「探してきます」


 エルナは外へ出た。


 薪にするため集めていた枝の中から、太さと長さの合いそうなものを探す。一つ目は細い。二つ目は曲がりすぎている。三つ目を地面へ立ててみると、ちょうどよさそうだった。


 小屋へ戻り、ルークへ渡す。


「どうですか」


「たぶん大丈夫」


 ルークは枝を床へつき、持つ位置を少し変えた。長さを確かめてから、先端へゆっくり力をかける。


 滑らないことを確かめると、右脚と枝を使って立ち上がった。


 左脚はほとんど使わない。


 エルナは反対側へ立った。


「必要なら肩を使ってください」


「ああ」


 それだけ確認して、扉を開けた。


 昨日は、扉の前に置いた椅子までだった。


 今日は、そこを越える。


 枝の先が地面へつく。右脚を出し、左足は身体を動かす時にほんの少し地面へ触れるだけ。エルナは隣を歩いた。


 急がず、小屋の横へ回る。


 歩いた距離は短い。それでも、数日間ほとんど寝台の上で過ごしていたルークにとっては、昨日までよりずっと遠かった。


 エルナはまず、軒下を見上げた。


 板が浮いているところはない。屋根の端にも、昨日までなかった歪みは見えない。


 そのまま壁沿いに歩き、継ぎ直した板へ手を当てる。ぐらつきはなかった。


「毎回そこまで見るのか?」


「毎回じゃないです」


 エルナは今度は足元を見る。


「気づいた時だけです」


「じゃあ、今日は一通り?」


「そんな感じです」


 壁際を少し進んだところで、エルナは足を止めた。


 浅い溝の端に、屋根から落ちたらしい枯れ葉と土が少し溜まっている。


「あ」


「何かあった?」


「これです」


 エルナはしゃがみ込み、近くに落ちていた細い枝を拾った。枯れ葉を外へかき出していく。


 大した量ではない。


「それも見るのか」


「今見つけたので」


「詰まるとまずい?」


「雨が降った時に、水が壁の近くに残ると傷むので」


「それで詰まる前に取るんだな」


「詰まってからだと面倒です」


「なるほど」


 エルナはもう少し先まで溝を見る。そちらには何も溜まっていなかった。


 最後の枯れ葉を外へ出し、立ち上がる。


「終わりです」


「もう?」


「今日はこれだけなので」


 ルークは一度、小屋の周りを見た。それから、自分の右脚へ目を落とし、枝を持ち直す。


「……戻る」


「はい」


 返事をすると、ルークがこちらを見る。


「悪い。肩、借りる」


「どうぞ」


 エルナは一歩近づいた。


 ルークの左腕が肩へ回る。


 最初に山から連れて帰った時とは違う。今は右脚と枝で自分の身体のほとんどを支えているため、エルナへ預けられる重さはずっと少なかった。


 一歩進む。枝の先を置く。それから右脚を出す。


 地面が少し傾いている場所では、一度止まってから次に枝を置く位置を決める。足元の悪いところへ無理に踏み込むこともない。


 そういう動きは、前にも見ていた。


 まだ椅子までしか移れなかった頃も、ルークは使える右脚と腕で自分の身体を支え、余計な力を使わずに動いていた。


 昨日、初めて聞いた。


 十六くらいから、傭兵をしていた時期がある。


 その話を知ってから見ると、以前より少しだけ腑に落ちるものがあった。


 エルナはルークの歩調に合わせた。


 小屋へ戻ると、ルークは寝台へ腰を下ろし、小さく息を吐いた。


「思ったより疲れるな」


「昨日より動いたので」


「あれだけで?」


「数日前は、寝台から出るだけでも疲れてたでしょう」


「そう考えたら、進んではいるか」


「はい」


 エルナは左脚を確認した。布に血は滲んでいない。足首も、急に腫れが強くなった様子はなかった。


「悪くはなってなさそうです」


「ならよかった」


 ルークが身体を横たえる。


 エルナは使った枝を拾い、薪を置いている方へ向かいかけた。


 足が止まる。


 少し戻り、枝を扉の横へ立てかけた。倒れないことだけ確かめる。


「それ、薪にしないのか?」


 寝台から声がした。


「また使うでしょう」


 ルークが枝を見る。


「ああ」


     *


 午後になると、ルークは眠った。


 エルナは食料の残りを確認し、洗った布を畳んだ。乾かしていた薬草も状態を見ながら棚へ戻していく。


 その中から、次に町へ下りる時に売ってもいいものをいくつか分け、布の上へ置いた。


 急いで行く必要はない。それでも、持っていくものくらいは先にまとめておける。


 薬草を包んでいる途中で、寝台から衣擦れの音がした。


「……寝てた?」


「寝てました」


 ルークが身体を起こし、窓の外を見る。


「どれくらい」


「結構」


「結構か」


 まだ少し眠そうだった。


 エルナは薬草を包む作業へ戻る。


「それ、売るやつ?」


「はい。次に町へ行く時に」


 ルークの視線が布包みから扉の方へ移る。


 立てかけてある枝を見て、それから自分の左脚へ目を落とした。


「俺は、まだ町までは無理そうだな」


「今日、家の裏までで疲れてました」


「やっぱりそう見える?」


「はい」


「町までは、私でも一時間かからないくらいです」


 ルークは自分の左脚を見る。


「……それは、まだ無理だな」


「もう少しですね」


「もう少し、で済む?」


「それはわかりません」


 ルークは少し考えて、自分の左脚を見る。


「そっか」


 そのまま寝台へ背を預けた。


 エルナは包んだ薬草の端を折る。


 少しして、また声がした。


「俺が町まで行けるようになったら、その時一緒に報告するか?」


 エルナは手を止めた。


 魔獣のこと。


 その少し前に見た、獣の足跡のこと。


 自分にも、ギルドへ伝えておいた方がいいことがある。


「はい。そのつもりです」


「わかった」


 それだけ確認すると、ルークはまた身体を横たえた。


 エルナも薬草へ視線を戻す。


 布の端を結び、棚の脇へ置いた。


     *


 夕方には、いつも通り食事を作った。


 鍋へ野菜を入れる。干した肉を少し。水を足し、火へ掛ける。


 煮えるのを待つ間、ルークは昼間より少し静かだった。具合が悪いわけではない。傷も変わっていない。ただ、今日はいつもより身体を動かしたぶん、疲れが出ているのだろう。


 食べ終える頃には、一度小さく欠伸をした。


「眠いんですか」


「ちょっと」


「今日は動いたので」


「家の裏まで行っただけなのにな」


「昨日は扉の前まででした」


「明日も、今日くらい動けるといいんだけどな」


「傷が悪くなってなければ」


「じゃあ、朝次第か」


「はい」


 ルークは残っていたものを食べた。


 エルナも自分の器へ視線を戻す。


 食事を終えると、器を重ねて立ち上がった。


 扉の横に立てかけた枝を避けて、食器を片づけに向かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。