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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第4章 隣にいる人
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第50話 選ぶ理由


 朝から、暑かった。


 窓を開けていても、入ってくる風はぬるい。まだ日が高くなる前なのに、小屋の中には薄く熱がこもっていた。


 エルナは朝食を片づけると、机の上へ仕事道具を並べた。


 鞄。採取用のナイフ。紐。布。水筒。小さな金具がいくつか。


 今日は仕事へ行く予定ではない。それでも、使うものは時々確かめておく。傷んでいるものがあれば直し、足りないものがあれば次に町へ下りた時に買う。


「エルナ」


 寝台から呼ばれて、顔を上げた。


「はい」


「今日は、少し外に出ても平気か?」


 ルークが窓の方を見ている。


 傷は少しずつ治っていた。まだ左脚へ普通に体重をかけることはできないが、座っていられる時間はずいぶん伸びている。


「座っているだけなら」


「じゃあ、そうする」


 エルナは椅子と、左脚を乗せるための低い箱を扉の外へ出した。


 戻って肩を貸す。


 ルークも、もう移動には慣れていた。右脚と腕で身体を支え、必要なところだけエルナを頼る。数歩をゆっくり進み、外へ出た。


「暑いな」


 椅子へ腰を下ろしたルークが言った。


「今日は特に」


 左脚を箱へ乗せる。


 近くの木々から伸びた影が、扉の前まで落ちていた。それでも、空気そのものが温かい。


 エルナも道具を持って外へ出た。布を広げ、その上へ一つずつ並べる。


 しばらく、ルークは何も言わなかった。


 山の斜面を見る。木々を見る。小屋へ続く細い道を見る。


 遠くで鳥が鳴いた。


「静かだな」


「はい」


「前に言ってたの、こういうことか」


 エルナは手を止める。


「何がですか」


「静かなところが好きって」


 少し前に、そんな話をした。


 覚えていたらしい。


「たぶん、そうです」


「ほかにも?」


 少し考える。


「人が少ないとか」


「そこも大事なんだな」


「大事です」


 エルナはまた手元へ視線を戻した。


 鞄の中身を一度すべて出す。


 次の仕事で使うものだけを入れ直し、しばらく使わなさそうなものは戻していく。


 横から見ていたルークが言った。


「仕事で中身、結構変えるんだな」


「はい。使わないものまで入れると重いので」


「なるほど」


 それだけ言って、ルークはまた黙った。


 エルナは水筒を手に取った。


 蓋へ結んでいる紐が少し緩んでいる。ほどいて結び直していると、ルークの視線がそこへ落ちた。


「その結び方、初めて見た」


 エルナも自分の手元を見る。


「家族に教わりました」


「へえ」


「変ですか」


「いや。ちゃんと留まってる」


 ルークが自分の指を組み、別の形を作って見せる。


「俺はこういう方が見慣れてる」


「違いますね」


「ああ。傭兵やってた頃、荷をまとめる時によく使ってた」


 エルナの手が止まった。


「傭兵だったんですか」


「ああ。十六くらいから、しばらく」


 思っていなかった答えだった。


 けれど、ルーク自身は特別なことを話したような顔をしていない。


「今は冒険者なんですよね」


「ああ。今の方が性に合ってる」


「そうなんですか」


「自分で決められることが多いからな」


 ルークは山の方へ目を向けた。


「依頼を受けるかも、誰と組むかも。受ける前なら、嫌な仕事は断れる」


「……そうなんですね」


「ああ」


 エルナは紐を結び終えた。


 ロザリーに教わった形のまま。


 ルークのやり方とは違う。


 どちらでも、きちんと留まる。


 水筒を鞄へ戻した。


 元傭兵。


 どこの戦場にいたのか。どうして傭兵になったのか。なぜやめたのか。


 聞こうと思えば聞ける。


 けれど、今話したのはそこまでだった。


 エルナも、それ以上は聞かなかった。


 道具の確認を続けていると、ルークが並べられたものを見る。


「前に、採取の仕事が好きだって言ってたな」


「はい」


「討伐は、あまり取らない?」


「必要なら受けます」


 エルナは使わない金具を一つ、横へ避けた。


「でも、戦わずに済むなら、その方がいいです」


「怖いから?」


「危ないので」


「それはそうだ」


「倒すことが仕事じゃない時もありますし」


「護衛とか?」


「はい。何も起きなければ、それが一番です」


 ルークは一度頷いた。


「そういう考え方なんだな」


「危ないことは、少ない方がいいので」


 エルナは道具を鞄へ戻していく。


 紐をまとめる。


 布を畳む。


 金具をしまう。


 その間、ルークは黙って山を見ていた。


 風が通る。


 葉が擦れる。


 鳥の声が一度だけ遠くから聞こえた。


 会話は途切れたままだった。


 けれど、どちらも次の話を探さなかった。


 しばらく、そのまま時間が過ぎた。


 やがて風が止まった。


 日陰にいても、暑さが残る。


「今年、長いな。この暑さ」


 ルークが空を見ながら言った。


「町はもっと暑かったです」


「山の上でこれなら、そうだろうな」


 エルナは水を飲んだ。


 ルークにも渡す。


 受け取ったルークが少し飲み、返してくる。


 また風が吹いた。


 葉が揺れた。


 しばらくして、ルークが左脚の位置を変えた。


 一度。


 少しして、もう一度。


 エルナがそちらを見ると、ルークも自分の脚へ視線を落としていた。


「そろそろ戻る」


「痛みます?」


「痛いってほどじゃない。重くなってきた」


「わかりました」


 エルナは道具を脇へ寄せ、立ち上がった。


 肩を貸す。


 ルークも右脚で身体を支えながら立ち、ゆっくり小屋へ戻った。


 寝台へ腰を下ろし、左脚を上げる。


「外出ただけなのにな」


「少しずつですね」


「ああ」


 不満そうでもなかった。


 エルナは椅子と箱を中へ戻し、途中だった道具の点検を再開した。


 午後には、すべて片づいた。


 使わないものは棚へ。


 次に使うものは鞄へ。


 水筒の紐も、いつもの結び方のまましっかり結び直した。


 鞄をいつもの場所へ置く。


「明日、仕事?」


 寝台からルークが聞いた。


「まだ決めてません」


「町には行く?」


「今のところは、行かないつもりです」


「そっか」


 エルナは棚の戸を閉めた。


 それで会話は終わったと思った。


 少しして、また声がする。


「決めたら教えて」


 エルナは振り返った。


「どうしてですか」


 ルークは寝台へ身体を預けたまま、こちらを見ている。


「何するのか気になるから」


「……そうですか」


「ああ」


 それだけだった。


 エルナは鞄へ視線を戻した。


 外では風が木々を揺らしている。


 しばらくして、小屋の中はまた静かになった。




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