第46話 見ている人
翌朝。
ルークの傷は、少しずつだがよくなっていた。
太腿に新しい出血はない。足首の腫れも、昨日よりわずかに引いている。
エルナが布を巻き直していると、ルークが自分の左脚を見た。
「朝飯、椅子で食っていいか?」
エルナは手を止める。
「朝食の間だけなら」
「ああ」
「一人で立たないでください」
「わかった」
返事は早かった。
布を片づけ、水を替える。
その間、ルークは寝台の上で待っていた。
昨日は、自分だけで椅子まで移っていた。
今日は先に聞いた。
エルナはルークのそばへ行き、肩を貸した。
「左脚には体重をかけないでください」
「わかってる」
右脚と腕で身体を支えながら、ゆっくり立ち上がる。
寝台から食卓までは数歩しかない。
それでも、椅子へ座る頃には少し息が深くなっていた。
左脚を、昨日使った低い箱の上へ乗せる。
「痛みは?」
「平気」
「無理そうなら戻ります」
「ああ」
朝食を食べる間、ルークはそれ以上動こうとしなかった。
食べ終えると、自分からエルナを見る。
「戻るの、頼む」
「はい」
また肩を貸す。
昨日、一度言ったことは覚えている。
少なくともルークは、同じことを何度も注意しなければならない人ではないらしい。
*
食器を片づけたあと、エルナは窓際へしゃがみ込んだ。
窓枠の端に、細い隙間ができている。
住み始めた頃にも一度補修した場所だったが、乾燥したせいか、木がわずかに縮んでいた。
今すぐ困るほどではない。
けれど、放っておけば少しずつ広がる。
エルナは小さな木箱を持ってきた。
中には釘や木片、紐、それから補修に使う細かな道具が入っている。
ちょうどよさそうな木片を一本選び、窓枠へ当てた。
少しだけ大きい。
端を削る。
「それも自分でやるのか?」
寝台から声がした。
エルナは木片を持ったまま振り返る。
「はい」
「前にも直した?」
「一度」
ルークが窓を見る。
それから、小屋の中をゆっくり見回した。
壁には、新しい板を継いだところがある。
戸も一部だけ色が違う。
床も、傷んでいた場所だけ板を替えてある。
「この小屋、最初からこんな感じだったわけじゃないんだな」
「もっと古かったです」
「自分で直したのか?」
「できるところだけです」
「結構やるな」
「住めないと困るので」
ルークが少し笑った。
「それはそうだけど」
エルナは木片へ視線を戻した。
削った端をもう一度合わせる。
今度はちょうどいい。
固定するために木箱を探っていると、ルークが言った。
「釘なら分けるぞ」
エルナは振り返った。
「寝たままで?」
「それくらいならできる」
木箱の中には、まだ使えるものと、曲がったものが混じっている。
選り分けるだけなら、ほとんど身体を動かさなくていい。
エルナはしばらく考え、木箱ごと寝台のそばへ持っていった。
「真っ直ぐなものだけ、こっちにお願いします」
「長さは?」
「このくらいで」
一本見本を渡す。
「わかった」
それ以上の説明はいらなかった。
エルナは窓際へ戻る。
背後から、ときどき釘同士が触れる小さな音がした。
*
「これなら使える?」
しばらくして、ルークが一本差し出した。
エルナは受け取る。
「はい」
「じゃあ同じくらいのはこっちだな」
「そうです」
ルークはまた木箱へ手を入れた。
エルナは釘を窓枠へ当てる。
軽く打ち込む。
木片がずれないことを確かめてから、最後まで打った。
「できたか?」
「はい」
「前より隙間ないな」
「そのために直したので」
「そりゃそうか」
当たり前のことを言った、とでも思ったのか、ルークが笑った。
エルナは木屑を集める。
その途中で、寝台のそばへ置いた木箱を見る。
使える釘と使えない釘が、きちんと分けられていた。
「終わってますね」
「ああ」
「ありがとうございます」
「これくらいならな」
エルナは箱を持ち上げた。
するとルークが、直したばかりの窓へもう一度目を向ける。
「そこまで直して住んでるってことは、ここ気に入ってるのか?」
エルナは少しだけ止まった。
窓を見る。
それから、小屋の中を見た。
古い食卓。
少し傾いた棚。
自分で直した壁。
必要なものだけを少しずつ増やしてきた場所。
「はい」
「どこが?」
少し考える。
「静かなところです」
「ああ」
「町にも遠すぎません。水も近いので」
「暮らすには便利か」
「はい」
そこで一度言葉を切った。
ルークは続きを待っているようだった。
けれど、急かさない。
エルナは少しだけ迷ってから言った。
「それに、自分でここに住むと決めましたから」
ルークが一度瞬いた。
「そっか」
ルークはそれ以上何も言わなかった。
エルナも、続きを話さなかった。
*
昼を過ぎると、陽射しがさらに強くなった。
窓を少し開けても、入ってくる風はぬるい。
エルナは洗った布を取り込み、食料の残りを確認する。
水。
野菜。
干した肉。
パン。
壁際に置いた薪にも目を向ける。
今日の分は足りる。
明日も、たぶん大丈夫。
「今日は出ないのか?」
ルークが聞いた。
「何がですか」
「昨日は外に出てただろ」
「今日は必要ないので」
「そっか」
ルークはそれ以上聞かなかった。
エルナは棚を閉じる。
少しして、背後からまた声がした。
「さっきの窓、他にも同じところある?」
エルナは振り返った。
「どうしてですか」
「一か所縮んでるなら、他もあるかと思って」
言われて、別の窓枠を見る。
確かめてみる。
ほんの少しだけ隙間がある。
「……ありますね」
「やっぱり」
ルークが笑う。
エルナは隙間とルークを交互に見た。
「よく見てますね」
「目についただけだ」
「そうですか」
「ああ」
それ以上でも、それ以下でもないような返事だった。
エルナはもう一度窓枠を見る。
こちらは急いで直さなくてもよさそうだった。
今日はそのままにしておく。
*
夕方。
ルークの傷を確認する。
朝に椅子へ移ったあとも、新しい出血はなかった。
足首の腫れも悪化していない。
「今日は痛み、増えてませんか」
「いや。朝とあんまり変わらない」
「なら、明日も今日くらいにしてください」
「増やすのは?」
「駄目です」
「即答だな」
「まだ治ってないので」
「はい」
素直な返事に、エルナは顔を上げた。
ルークが少し笑っている。
「何ですか」
「いや。わかった」
「ならいいです」
布を巻き終える。
ルークはもう、勝手に立とうとはしなかった。
*
夜。
小屋の中が静かになる。
エルナは床へ毛布を広げ、いつものようにナイフを手の届くところへ置いた。
腕輪はつけたまま。
髪を包む布も外さない。
今日、ルークはいくつか聞いた。
窓のこと。
小屋のこと。
ここが気に入っているか。
どれも、答えられないことではなかった。
だから答えた。
何も聞かれない方が楽だと思っていた。
けれど。
少しくらいなら、思っていたほど嫌ではないらしい。
エルナは明かりを落とした。
暗くなった小屋の中で、少しして寝台から声がする。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
返事は、もう遅れなかった。




